第28話
それから数日後。
「やほー、坂巻くん元気?」
いつぞやの光谷が坂巻に声をかけてきた。
「いきなりどうした。俺はあまり元気じゃないな。事務所になかなか案件が来ない」
「光谷さん、あまり坂巻様になれなれしくするものではありませんわ」
偶然同席していた綾島が、なぜかたしなめる。
「ふぇ、なんで?」
「坂巻様は、光谷さんをも圧倒した最強の勝負師。一般人が声をかけるにはおそれ多い存在ですわ」
「いや別に、そんなんじゃねえと思うけど」
坂巻自身が冷静に否定する。
「坂巻くんが誰と話すかは、坂巻くんが決めることだと思うよ。坂巻くんがいいといったら、それはきっといいんだよ」
「ぬぐぐ」
令嬢らしからぬ表情。
ともあれ居心地が悪い。有名な「悪役令嬢」綾島と、生粋の「一軍女子」光谷が坂巻を挟んで話しているのは、かなり注目を浴びる。
中には嫉妬の視線もあるだろう。特に一軍陽キャ男子からの。
それを察したのか察していないのか、光谷は話を切り出す。
「まあこの話は適当でいいや。……ところで綾島、こないだ坂巻くんとウェオンモールで一緒に遊んでいたよね。デート?」
「んぶっ!」
綾島が、おそらく不意討ちだったのだろう、その言葉にむせた。
「そ、そ、それは坂巻様に聞いたほうがいいのでは」
「えーなんで? 綾島も当事者でしょ?」
「で、でもそれは」
狼狽する彼女に代わり、坂巻は答える。
「同じ事務所に勤める人だからな、互いに気晴らしのために遊んだだけだ。男女とはいえ、ただのお出かけにデートだの勘繰るものではないと思うぞ」
模範的な回答。鈍感すぎるという点を除けば。
「ふうん。いい雰囲気だったみたいだけど」
「そもそも光谷さんが直接見たのか?」
「そうだよ。私も友達と一緒に遊んでいたからね。同性の」
最後の言葉に力がこもっていた気もするが、まあ重要ではないだろうと彼は判断した。
犬飼が、おそらくは話をそらすために会話に参加する。
「ちなみに僕は事務所の留守番だったよ。僕も遊びたかったなあホント」
「えー、綾島ひどーい。犬飼くんに留守番させるなんて」
綾島の顔中に怒りが現れたが、何か言う前に坂巻がフォローする。
「いや……お前は自分で留守番を引き受けただろ」
「テヘッ」
「テヘじゃない。……まあ、事務所のあり方は再考する余地はあるけどな。まあそれは後々考えよう」
実は坂巻、犬飼の内心は分かるような気がしている。きっと犬飼は、坂巻と綾島の仲が良くなって、事務所がより六条門財閥の恩恵を得られることを望んでいるのだろう。
犬飼は調子に乗ることも意外と多い性格だが、この辺りの思慮には坂巻も一目置いている。
頼れる参謀役が友人で本当に良かった。
綾島のような専門家も事業には必要だが、信頼できる助言者もまた不可欠なのだろう。
彼は自分のちょっとした幸運に感謝した。
「ところで坂巻くん、『一騎討ち部』には入らないの?」
「一騎討ち部?」
「いやまあ坂巻くんは自分で代行業をやっているから、いまから入る余裕がないのは分かってるけどさ」
「待った、どういう部活?」
意外な話だった。
そういえば入学の時に渡された部活パンフの中に、そんな部活があったような、なかったような、はっきりしないが見たような気もする。
「どうも何も、日々一騎討ちをして、腕前を磨く部活だよ。あちらさんは坂巻くんにすごく注目しているみたいだよ」
「そうなのか」
「特に私との試合の動画を見ているみたいでね、私も盛んに勧誘を受けるんだけど、まあ私は帰宅部で充分みたいな」
「えっ光谷さん帰宅部だったのか」
またも意外な事実……のように思えたが、しかしすぐに彼は納得する。
光谷は魔力体術と、推測だが白兵魔術も教えている道場に属している。これで部活までやるほうが珍しいというもの。
「道場通いとはいえ、帰宅部で一軍女子なのか。光谷さんすごいな」
「えへへー褒めて!」
「わたくしのことも褒めてくださいまし、ほら、おっぱいならわたくしが明らかに勝っていますわ!」
「ハイハイ……」
ともあれ、一騎討ちを部活として行う集団がこの学校にはいるらしい。
しかも自分に注目している。
あまり面倒なことにならなければいいが。
などと、すでに一軍女子の光谷に絡まれて面倒なことになりつつある彼は、しかしこれを機に一騎討ち部の存在を覚えておくことにした。
一騎討ち部との対面の時は、その後すぐ来た。
お馴染みの一軍女子光谷が、ある日の放課後、坂巻たちに告げた。
「伝言! 一騎討ち部の部室に来なさいってさ!」
「エェ……」
集まって事務所に向かおうとしていた坂巻たちは、げんなりした表情で彼女を見る。
「断りたいんだけども」
「これは顧問の安芸山先生からの呼び出しだから、シカトして帰ったら悪印象になるよ!」
「だとしても、こっちはこれから勝負師の仕事に向かおうとしていたんだけどねえ。その辺、配慮してほしいなあって」
犬飼が弱った顔で返す。
もっとも、学校側はそれほど大きくは配慮していない。
基本的に坂巻たちは、学業において優秀であり、少なくともそういった面においては、居残りなど放課後の時間を食う必要がないのだ。
綾島や犬飼は言うに及ばず、坂巻も最近は綾島らの勉強指導が功を奏し、生来の飲み込みの早さが学業でも開花しつつある。この調子なら、補習や小テスト追試もほとんどしなくて済むだろうし、現にこの頃はあまりそういったことがなくなっている。
だが、坂巻の思うに、だからといって一騎討ち部の呼び出しに快く応じる道理はない。
道理はないが、しかし顧問の教師から呼び出されたとあっては、愚痴りつつも行かざるをえないのだろう。
「ちなみに坂巻くんの活躍を安芸山先生に伝えたのは私だよ。ぜひ一騎討ち部には耳に入れておいてほしいなって。あの部活も人材獲得に苦戦しているみたいだからね」
「光谷さんが原因か……というか光谷さんが一騎討ち部に入ればいいのに……」
「それは無理だよ。私は暁光道場の所属だからね」
「ハァー」
犬飼が盛大にため息をつく。
「でしたら、光谷さんにも同行していただかないと筋が通りませんわ」
いままで黙って聞いていた綾島が、牽制のつもりで言ったのだろうが、逆効果だった。
「もちろん。坂巻くんと一度戦った私がいたほうが、何かと話がスムースだろうからね。私も行くよっ!」
さらに追い込まれてしまった。
「……わかった。犬飼、事務所の電話転送は機能しているよな?」
「ああ。昨日の帰りに確かに設定したから、何か電話があったら坂巻のスマホに着信が来る」
「よし。なら仕方がない」
坂巻は覚悟を決めた。
「いっちょ一騎討ち部とやらに行ってみるか。部活の勝負師がどのぐらいのものか、偵察や交流で測ってみるのも悪くない。まあ最悪試合する羽目になるかもしれないけどな」
「その調子だよ!」
「言っとくけど、光谷さんのせいだからな。それは忘れないでくれ」
釘を刺しつつ、彼らは荷物をまとめた。
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