第27話
その後、二人は帰路につき、坂巻は綾島の家まで送り届ける。
「あ、あそこが私の家ですの」
見れば、家屋に詳しくない坂巻でもわかるような、おしゃれ感たっぷりの、しかし大きさは普通の二階建ての家があった。
敷地や庭も特段広いということはない。
両親の倹約ぶりがここにも表れているようだった。
「なんというか、やっぱり綾島はきっちりした親御さんに育てられたんだな」
それなのになぜお嬢様言葉を使うのかは、念を押すようだが彼にはよく分からない。
「じゃあ、また明日、学校でな」
きびすを返す彼。
その服の裾を、彼女は少しだけつまむ。
「ん、どうした」
「わたくし……その」
彼女は消え入りそうな声でつぶやく。
「もっとずっと、あなたと一緒にいたいですわ」
あまりにもストレートな、それでいて想いのこもった一言。
何よりも真摯で、切なく、周りの静寂を際立たせさえするその言葉。
……本心を言うなら、坂巻とて彼女ともっと遊びたい。
様々な表情と、いくつもの意外な姿を見せてくれる女の子。
お嬢様かどうかなどささいな問題。今日はいつも以上に素のままの彼女を見ることができた。
しかし、それでも……時間は前にしか進まない。
「また明日があるじゃないか。気持ちは痛いほどわかる。けど、このままいつまでもここで立ち尽くしているわけにはいかない」
家に泊まることも、さすがにできないしな、と彼は返した。
「わたくしは……あなたを……」
言いかけた綾島は、しかしその言葉を打ち消す。
「いえ……そうですわね。また明日、明後日も、会える限りお会いしましょう」
「そうだな。今日はありがとう」
「わたくしこそ。すごく充実した日になりましたわ。いつの日か、毎日こうなればよいですわね」
ごきげんよう。
彼女は一礼すると、家の玄関に向かっていった。
翌日、坂巻が登校すると、犬飼が聞いてきた。
「昨日はお楽しみだったかい?」
坂巻としては、犬飼には「綾島の急用により、事務所を臨時休業にする」という具合に伝えていたはずだが、犬飼はどういうわけか事情をある程度察していたらしい。
「昨日はお楽しみとか、そういうんじゃないぞ」
「でも綾島とデートはしたんだろう?」
全部見透かしているぞ、といわんばかりに尋ねてくる犬飼。
「いったい誰に聞いたんだか」
「僕のネットワークを軽く見てもらっちゃあ困るな」
「それでやることがそういうことか」
彼は軽く呆れた。
「まあ、綾島と一緒に遊んださ」
「僕はそんなことを聞きたいんじゃない。そんなの分かりきっている。問題は恋に発展するか否かだ」
「エェ、なんでそんな」
「坂巻、これは事務所と君自身の将来にかかわる問題だ」
犬飼は仰々しく話を進める。
「もし仲が発展していて、綾島……だけでなくきみのご両親にも公認の仲になって、いずれ結婚したら、きみは本格的に六条門財閥の一員として仲間入りする。そうなれば事務所も、自然とその地位とかあり方にも影響するだろう」
「それは、まあそうだな」
「それに、六条門が一騎討ち廃絶についてどう思っているかは分からないけど、場合によってはきみはその信念を放棄しなければならなくなるかもしれない。……もっとも、綾島がきみの事務所で働くのを、あの人のご両親が認めている以上、そのおそれはずいぶん低いだろうけどね。きみの勇名はきっと綾島のご両親も知っているはず」
「六条門財閥は一騎討ち関連だけの商売人じゃないからな。むしろ一騎討ちが占める比重は、他の財閥グループより低めのはず」
「九十九那須よりも一騎討ち系の売り上げは低いからね。いい商品も作っているみたいだけど、業界的には決して一番手じゃない。……だけどね坂巻」
犬飼は切り返す。
「いずれにしてもきみ自身の私的な人生と、事務所の公的な今後の運命は、綾島と付き合ったり結婚が視野に見えたりすれば、きっと激変するだろうね」
「結婚とか大げさな」
「ありうる。坂巻くんにいまのところその気がなくても、綾島のほうは君にベタ惚れだ」
「そうかなあ」
「この鈍感。……でもって六条門財閥としても、最強の勝負師であるきみを取り込んで、もって一騎討ち代行業や商品開発に活用することも考えるだろう。最終的にどうなるかは分からないけど、多かれ少なかれきみはそういう使い道がある」
犬飼の冷徹な分析に、彼は少しだけ舌を巻いた。
「政略結婚ってわけか」
「本人同士がイイ感じなのを政略結婚とは言わないさ。それにむしろ、戦略的な価値を利用されるのは、どちらかというときみのほうだからね。それに……」
「それに?」
「何度もいうけど、その政略性によって、場合によっては、きみは『一騎討ちの慣習を廃絶する』という当初の志をあきらめなければならないかもしれない。可能性は少ないとしても、ないとは断言できない」
坂巻はその事実の前に、ただ沈黙するしかなかった。
「六条門にとっては一騎討ち関連のビジネスは数ある多角的展開の一つでしかない。もちろんその商売を失っても、六条門自体が揺るぐことはないだろう。だからまず考えなくてもいいかもしれない。しかし、そのおそれは常に気に留めなくてはならない。きみにとってその志は大事なんだろう?」
犬飼は切々と説く。
「未来はどうなるか分からないからね。僕たちはいつも、未来のありうる可能性について常に準備をしなければならない」
「綾島か、一騎討ち業界のことか、というわけか」
「まだ分からない部分は多いけどね。きみによると、まだあの人と付き合ってすらいないんだろう?」
「それは、そう」
「まずは仲が進展してからだね」
「だいたい、そういう仲じゃないからなあ」
「ヒョオー、これは鈍感」
犬飼は冷やかしを入れた。
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