第26話
結局、綾島はビッグカツカレーをメインに、カニクリームコロッケとたこ焼きをサブで注文した。
よく食べる女性である。
テーブルにてんこ盛りになった料理に、思わず坂巻は尋ねる。
「綾島、大丈夫か、その量食べられるか」
「もちろん。……坂巻様はよく食べる女の子は嫌いですの?」
「いや、そんなことはない」
彼は即答した。
「たくさん食べて幸せになれるなら、それはむしろ好感が持てる」
「そうですの、エヘヘ……」
綾島は器用にも、恥ずかしがりながらカツカレーをモグモグと食べる。
「おいしい」
「それはよかった」
「坂巻様はどうですの?」
「おお、このカルボナーラ、美味いな。確かにこれは平打ち麺がいい感じだ」
「それはよかったですわ。ふふ」
微笑んだ後、ふと綾島はつぶやく。
「この時間が、永遠に続けばいいな」
坂巻は、普段の鈍感ぶりがなかったかのように、これをしかと聞いた。
「永遠に、か」
綾島との時間に限らず、「永遠」はどこにもない。
かつて誰よりも強かった師匠の作馬は、闘病の果てに、流転する時の中で帰らぬ人となり、犬飼海妃もまた病に侵され、いまこの時も病状と戦っている。
世界はいつだって流動を続けている。
……しかし、いや、だからこそ坂巻も永遠を求める気持ちは分かる。
この日常の瞬間を切り取って、それがいつまでも繰り返されてくれれば、それはそれで幸せなのだろう。
それを否定する気にはなれなかった。
なにより、自分と過ごす時間が永遠であることを望む女子の前で、「世界は常に流動しているんだ」などと暴力的な正論を吐くことはできなかった。
彼は端的に答える。
「そうだったら、いいな」
その言葉は、煙のように虚空へと消えた。
食事を終えた二人。しかしまだ綾島の門限には時間がある。
普通の女子高校生なら帰る時間だが、彼女いわく、事務所の仕事があるため、かなり門限は緩めになっているとのこと。
まあ、事務所自体、限りなく六条門グループの一員に近い関係であるので、不思議ではない。
「どこに行こうか。確かこのモールの近くに、ゲーセンとバッティングセンターがあるな」
言うと、彼女は即答した。
「バッセンですわバッセン!」
「……バッティングセンターか。まあいいけど」
少しだけ迷いを見せる彼に、彼女は再び胸を張って自慢げになる。
またも、普段はあまり目立たない大きな胸が、その存在感を否応なく主張する。
一瞬注目しすぐ目を逸らす坂巻と、それを見てニヤニヤ笑うお嬢様。
しかし綾島は深入りすることなく続ける。
「わたくしのバッティングはメジャーリーガーもびっくりですわよ、せひご覧あそばせ!」
どうやら彼女は、坂巻がかっこよくガンガン打つことを期待しているのではなく、自分が見事な打撃をする姿を彼に見てほしいようだった。
かなり珍しい志向ではあるが、彼にとっては好都合であったし、戦いでも座学でもない、彼女の意外な特技を見てみたいという思いもあった。
「そうだね、バッセンに行こうか」
「ふふふ、カキンカキンと打って差し上げますわ!」
綾島はフンスと鼻の音が聞こえそうな勢いで、スキップで存在感のある胸を、おそらくはわざと揺らしながら、上機嫌にバッティングセンターの方向へ向かった。
実際、彼女は非常に打撃のセンスがあるようで、硬球による百四十キロのストレートだろうが、変化量最大に設定した変化球だろうが、構わず打ちまくっていた。
凡打も少なく、彼女は野球の道を歩んだほうがいいのではないか、と思えるような打撃ぶりであった。
「ご覧くださいませ坂巻様、もうガンガン打ってますわよ!」
「そうだな……見かけによらないもんだな」
あまりに常人離れしたセンス。
否、おそらく彼女は日頃からこのバッセンに通い、バッティングの真髄にアプローチを試みていたのであろう。
しかしそうだとしても、天性のセンスがなければ、これほどまでのめった打ちはできまい。
……彼は、それがうらやましかった。
「坂巻様も少し打たれては?」
「……そうだな。俺も試してみるか。言っとくけど、俺の打撃センスは全くないぞ」
勝負師としての戦闘においては、坂巻自身にはピンとこないが、もっぱら強いと評判である。
しかし天は二物を与えず。戦闘の才覚にもかかわらず、彼は一般的なスポーツでは綾島どころか、並の女子にも劣るレベルだった。
それを受けて、綾島は返す。
「体育で拝見する限り、そうだろうとは思っておりました。しかし成功するかどうかより、やってみることが大事といいますわ。それにわたくし自身、坂巻様がたとえあまり打てなくても、その頑張る姿を拝見したいですわ。それが私にとって最高の戦果なのですから」
「まあ、そこまで言うなら」
坂巻は打席に立つ。
「さあ来い」
そこへマシンから百二十キロのストレート!
しかし彼のバットは空を切る!
「むむ」
今度は弱めのスライダー!
当然ながら空振り!
「うう」
チェンジアップ!
緩急以前にボールの軌道を捉えられない!
結局、全て空振りかしょぼいゴロかしょっぱいフライに終わった。
だが、綾島はなぜかご満悦。
「一生懸命な坂巻様、素敵でしたわ。スマホで写真を撮らせていただきました」
「やめてくれ……」
綾島にとってはご褒美のようだが、坂巻からすれば恥の上塗りである。
「せめてネットにアップはしないでくれ。インステュとか」
「しませんわよ。これは私が堪能する分ですから」
どう堪能するのか。
彼は怖くて聞けなかった。
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