第23話

 帰りの電車の中、綾島はなぜかおそるおそる坂巻に問う。

「研究所の結論は、あまり坂巻様のお気に召さないようでしたわね」

「まあ……すぐに解決するような話ではないってことは分かってたさ。綾島は何も悪くない。俺の目標設定が高望みすぎたってだけだろうな」

 坂巻もとつとつと話す。

「サクッと解決できるものだったら、他の誰かがとうの昔に解決しているだろうしな」

「ふがいなくて申し訳ありませんわ」

「いや、だから綾島が謝る話じゃないさ」

 しかしそこへ犬飼。

「やーいやーい、役立たずお嬢様ぁー坂巻の悩みさえ解決できない悪役令嬢ぉー!」

「犬飼ィ!」

 ここぞというタイミングの煽りに、キレる悪役令嬢。

 実際、実家の力を使っても坂巻の課題は解決できなかったのだから、この煽りもやむをえないものではあった。

 とはいえ。

「犬飼、普段の意趣返しに煽るな」

「でも坂巻」

「でもじゃない。今回は仕方がなかったんだ」

 真摯な声。

 犬飼は気圧されたのか、ブツブツ言いながらも煽りをやめる。

「犬っころの煽りも今日は冴えないようですわねえぇえぇ」

「綾島も煽り返すな。いやホント仲悪いな」

 坂巻は眉間を押さえた。

「で、坂巻様、実際やっぱりモニター品は役に立ちそうにないのでしょうか?」

「一般的にはそうだと思う。指輪は、戦い方の切り替えには使えると言ったけど、それが必要な相手ってのが具体的にイメージできない。召喚獣ボールにしても、一騎討ちの慣行からみて使うのはためらわれる。……ただ、なんとなくだけども、一騎討ち以外の戦闘、無法者との戦いはないわけではないだろうな」

 綾島は上品に首をかしげる。

「例えばどういうことですの?」

「まあ、繰り返すになんとなくだけども、俺たちは最終的に業界を閉じさせようとしているから、その過程で一騎討ちではない戦闘をしそうな気がする」

「なるほど」

 綾島は分かったような分からないような表情。

「まあ坂巻様の勘は鋭いですし、そうおっしゃるならそうなのでしょう」

「出た、話が理解できないから逃げの一手を打つお嬢様ぁー」

「犬飼ィ!」

 犬飼も綾島も煽りすぎだ。何とかしないと。

 坂巻の心労は増す一方だった。


 ある日、放課後。

 犬飼は先に事務所へ向かっていると連絡があった。

 そこへ綾島。

「あの、坂巻様」

「どうした」

「消耗品を買いに出かけませんか」

「事務所のか?」

「ええ。わたくしたちからの持ち出しの消耗品が一部、底を尽きかけていますの」

「えっ、そんなに使ったっけ?」

 坂巻は首をかしげる。

 依頼はまだ数件しかこなしていないはず。そこまで消耗品を使うようなことがあっただろうか。

「使ったというより……そう、わたくしたちの持ち出し分がそもそもそんなに多くなかったのですのよ」

「そうか」

 深く詮索することもなく、彼は流した。

「いまから参りましょう。犬っころにはわたくしから連絡しますわ」

「大丈夫か? ケンカにだけはならないでくれよ」

 なお、事務所立ち上げの際にメッセアプリでグループトークを作っているため、綾島は坂巻を介さずとも犬飼と連絡が取れる。

「ふふ……ふふふ……」

 気持ち悪い笑い。

「どうした綾島、なんか気持ち悪いぞ」

「気持ち悪いって……いえ、なんでもありませんわ。ところで若い男女一組で買い出しに出るのに、よそよそしくしては不自然ではありませんこと?」

「そうかあ?」

「そうですわ。ですので、カップルらしく手をつないでいきましょう」

 どういう理屈なのか。

「まあ、綾島がいいならいいけども……」

 差し出された手をつなぐ。

「ふふっ、坂巻様の手は柔らかくて温かいですわ」

 言われて、坂巻も彼女の手の感触を、否応なく感じさせられた。

 ふにふにしていて、気持ちいい。

 温かい。

 つい惚けてしまった彼は、しかし気を取り直す。

「ええと、とりあえず買い出しだ。どこに向かおう?」

「ウェオンモールに行きましょう。オフィス用品を専門的に扱う店がありますわ」

「おお、さすが綾島、そこまで把握していたのか」

「うふふ、ウェオンモールには以前行ったことがありまして、それで見かけたお店ですわ」

 そういえば綾島は、両親の教育方針で、どちらかというと庶民的な生活をしてるのだった。

 そうだとすればお嬢様口調はどこで身につけたのかという疑問もあるが、まあそれは個人の趣味なのだろう。そこを突き詰めても、おそらく坂巻にとって格別の得はない。

「なるほど。俺はよく分からないけど、とにかくそこに行こう」

 彼はそう言うと、荷物をまとめだした。


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