第22話

 突然のアポ取りにもかかわらず、六条門タクティクスリサーチ研究所はこれを快諾した。総帥の力とは恐るべしである。

 バスと電車に揺られ、目的地へと向かう一行。

「それにしても、戦いに至らない魔術ですか」

 綾島が坂巻に話しかける。

「いったいどういうものを想定しておられますの、脅しとかそういう感じですの?」

「脅し……脅しか」

 彼は腕組みする。

「できれば脅しも使うことなく穏便に過ごしたいけども、まあ戦いを避けるなら、脅しも仕方がない」

「坂巻様」

 綾島は真剣な表情で続ける。

「雑魚には脅しの魔術を使える使い手の真価が理解できないでしょうし、それを理解できるほどの相手は高い実力を持っていて、脅しが通じないと思いますわ。とすれば、脅しはいったい誰に向かって使うんですの?」

 率直な問い。言い分はもっともだった。

「むむ、その辺を含めて研究所に相談をしたいんだけども」

「構造上、無理なものは無理ですわ。わたくしはなるべく坂巻様の意を汲みたいと思っておりますけど、それでも困難なことにはバシッと言わなければなりませんわ」

「勝負師としてか?」

「ええ。この経験を根拠に」

 むむ、と坂巻はうなった。

「それでも……それでも俺は解決策を求めたい」

 綾島のまゆが少し動いた。

「理屈で考えればそうかもしれない。だけど専門家である研究所がその答えを返したわけじゃない。研究所は仮に不可能を可能にする組織ではないとしても、現場の俺たちよりはずっと、戦術研究においては専門性がある。そこに俺は賭けたい」

「むむ」

「俺たちが不可能に思えることでも、専門家は答えを持っているかもしれない。それを探ってみるのは決して無駄ではない、と、俺は考えるけどな」

 綾島は少しの沈黙の後、にへらと笑った。

「他人を頼ろうとする坂巻様を、初めてみましたわ」

「いつも綾島と犬飼に頼っているじゃないか。こないだの光谷さんの護衛だって、戦力の数がそろわなかったら困難があったはずだ」

「ふふ、もっとわたくしに頼ってくださいまし。あなたのためなら、財閥とのつなぎ役も喜んでして差し上げますわ」

 彼女は品よく微笑んだ。


 研究所に到着すると、さっそく応接室に案内された。

 準備が整ったところで、所長とされる初老の男性が告げる。

「坂巻様のご要望を完全に満たす『魔術』は未だありません」

「むむ……そうですか……」

 バッサリと切って捨てる回答。

 しかしこれだけでは終わらなかった。

「もっとも、それに近い魔道具は二つあります」

 魔道具。魔術に類似する力を封じた道具である。

「おお、どういったものですか」

「まずはこの指輪です」

 所長はそう言うと、物を見せる。

「この指輪……ですか」

「はい。この指輪は、デメリットもありますが、魔術の威力を三倍以上に増幅する効力を持ちます」

「つまり、この指輪をつけて白兵魔術を放てば」

「そうです。実態というか素の状態より何倍にも強まった白兵魔術が撃てます」

「それを相手に直接撃つのではなく、どこか被害の出ないところに撃って脅しとすると」

「その通りです」

 所長はうなずく。

「しかしデメリットがあります。この指輪は魔力体術を阻害する副作用があり、約九割のパフォーマンス低下が推測されます。魔力体術が、単純計算で十分の一にまで弱まってしまいます」

 所長は「ですから実用的ではありません」と続ける。

「しかし、それなら万一戦闘に入った場合は指輪を外せばいいのでは」

「その暇があればいいですが、相手が目の前にいて、一瞬の時間をも争う戦闘のときに、果たしてそんな余裕があるでしょうか」

 所長の言葉に、坂巻は思わず言葉に詰まる。

「まあ……一騎討ちなら始まる前に外せばいいですけども、そもそも一騎討ちの合意までした相手が、その合意を破って引き下がるとも思えませんし」

「それに、相手がこのタネを知っていたら効きませんし、そもそも優秀な勝負師は感応も鋭いはずですから気づかれます」

「それはまあ、そうですね」

 坂巻は同意する。

「むむ……他にはありますか」

「この球ですね」

 所長は謎の球を見せる。野球の硬球ぐらいの大きさである。

「これが……何か魔力と術式が詰まっていますね」

「これは、持ち主が注いだ魔力で、獣のようなものを生み出す魔道具です」

 ゲーム的な言い方をすれば、召喚獣や名作ゲーム「ミニっとモンスター」が近い。

 所長は端的に説明した。

「それはそれは。現実はゲームの世界を実現するところまで来ているんですね」

「まあいまのは軽く受け流してくだされば」

「で、その召喚獣は、呼び出した人間の支配に服するんですか?」

「はい。そもそもそれを形作る魔力が、呼び出した人間のものですので、完全に支配に服します。反逆は理論上も、また実験の結果からみても、ありえません」

 ほう、と坂巻。

「とすれば、例えばこれを相手を脅すために使うこともできると」

「はい、お見込みのとおりです。召喚獣は戦うこともできますが、『戦わないこと』、もっぱら示威に徹することも、当然ですができます」

 ニヤリと所長が笑った。冷静で堅物そうな人物だが、興に乗ったのだろう。

「しかし、これ、自分が相手より二回りぐらい強くないと、召喚獣もなめられて終わりですね。そして一騎討ちの場合も、相手が職業的な代行者だった場合は退けませんし、召喚獣を戦闘に参加させるのは限りなく慣習法的に黒に近いと思います」

 召喚獣を勝負師本人と別個の戦力として扱うか、本人の一部として扱うかといった解釈問題はあるにせよ、一見してニ対一、複数対一に見えることは事実であり、業界ルール的にかなり危ないには違いない。

 そして。

「それから、仮に黒判定をするなら、その時点で召喚獣による脅しはほとんど意味がないことになります。……まあ、そもそも一騎討ちではなく、無法の襲撃を想定するなら、脅しとしては充分ではありますが」

「坂巻様は一騎討ちを主な生業になさっている以上、そこで使えないならあまり意味がないと」

 と、お嬢様。

「残念ながら……それに無法の襲撃自体、事例はそんなに多くないですから」

 最近は光谷の例もあったが、あのようなものはきわめて稀な例外であり、あれが日常的に行われていると考えるのは、大いに難しいといえよう。

「ひとまず、役に立つかどうかは分かりませんが、この二種類の魔道具は差し上げます」

 言って、所長はパッケージングされた魔道具を差し出した。

 指輪は一個、召喚獣の球は数個セットになっている。

「モニターを兼ねて、ということですか」

「お話が早いですね。六条門ウォーロックからちょうどモニター依頼が来ていまして。報告は弊研究所にしていただければ構いませんので」

 意外なところで商売っ気を出す研究所である。

「指輪は、脅しというか戦術的な使い方はできそうですね、白兵魔術メインに戦うとか。私の場合は魔力体術が十分の一になっても、顧みるに、とりあえず一撃でやられることはまずないでしょうし」

「それはすごい。戦術どころかすぐにやられるとして、誰もモニターをやりたがらなかったところですので」

「召喚獣の球は……まあ違法な攻撃に対しては使えますから、そのときに使わせていただきます。ただ、それはかなりのレアケースであることはお含み置きください」

「もちろんです。一騎討ちに使いがたいことまで含めてモニタリングですので。……ということで、六条門グループのため、ぜひともモニターをお願いいたします」

 所長は深く頭を下げた。


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