第21話

 その後、彼らは警察にこのことを届け、ちょっとしたニュースになった。

 警察は、事件が起きたことを踏まえ、勝負師の経験のある者が巡回することを彼らに約した。

 警察はその性質上、起きていない事件に対応することはなかなかできないが、事件があったという事実を突きつけられては、対処するしかない。

 このことは勝負師業界にも広く知れ渡り、坂巻は少しの名声を手にした。

 不審者はついにいなくなり、目的を達した坂巻事務所は光谷の家を引き払った。

「本当に、今回はありがとうございました」

 光谷母が深々と頭を下げる。

「一時はどうなるかと……本当に」

「私たちは仕事として護衛をお引き受けしました。どうかお顔を上げてください」

 なんだかんだ言って、坂巻事務所もこの一件で名が広まった。

 損はしていないしビジネスの好機をものにした。

 むしろ坂巻のほうが頭を下げたいくらいだ。

「……もっとも、お嬢さんはかなり強いです。私たちに頼らず、不審者を積極的に迎え撃って殲滅戦を挑むことも不可能ではありませんでした。法律やら行政手続は、そういうプロもいることですし」

「僕からも言います。少しは娘さんを信頼してもいいと思います。……とはいえ気が気でなくなったのも分かります。僕たちの事務所も、もしそういう不審者が湧いてくれば、少なからず普段のままではいられないでしょうし」

「つまり、今後も不安があったときは坂巻事務所を頼ってくださいまし。精いっぱい頑張りますわ」

 三者が口々に言った。

「そうですね。また今度何かあったら、ご助力をお願いします」

「承知しました。長居もなんですし、私たちは事務所へ戻ります。光谷さんも今後も気をつけてな」

「もちろんだよ。トンクストンクス」

 両者は礼を言い合いつつ、別れを告げた。


 それから数日後。高校の昼休み。

 坂巻は魔術の専門書を真剣に読んでいた。

「ふーっ」

 しかしどうも捗らない。

「どうしたんだ坂巻」

「犬飼。いや、先日の光谷さんの件で思ったんだけども」

 なんとか相手を戦いに突入することなく、穏便に……というより、暴力の衝突を回避して敵にお帰り願える魔術はないか。

 坂巻はそれを探していたのだった。

「難しいね」

「そうなんだよ」

 基本的に白兵魔術は戦いになったときのために発展しており、一般魔術は基本的には戦闘と関係ない用途のために進化してきた。

 つまりその中間、戦いを遠ざけるための魔術はいまだ開拓されていない。

 さらにいうなら。

「自分で魔術を作る……のは現場の勝負師には無理だね。学者とか研究者の領分になる」

 この世界の魔術というのは、現業の魔術師が自ら開発することはなかなか難しいものである。

 魔術の術式はどれも、高度に複雑であり、「魔術を使って」仕事を処理するタイプの人間が新しい魔術を発明するのは、少なくとも魔術の発展した現在においては、厳しいものがある。

 学者や研究者の中ですら、なかなか有益で新しい術式は作られず、世にも出てこない状況である。

「なにかいい案はないか」

「一つ思ったんだけどさ」

 犬飼が隣の教室のほうを指差す。

「綾島に協力をお願いするのはどうかな」

「六条門財閥か」

「その通り」

 六条門財閥は、魔術関連の商売も主力業種として行っているため、研究員や研究のためのリソースも抱えているはず。

 大学ではないから学者はいないと思われるが、応用研究を修めた優秀な研究員のチームがあることは期待できる。

「それに、魔術の開発以外の方法で問題を解決することも、できそうな気がする」

「まあ、『六条門ウォーロック』は大企業だからな。技術研究だけでなく、作戦を考えるような部署もあるだろうな」

「その通りだよ。何か糸口になるようなものはあるはず」

 犬飼は軽く笑う。

「放課後、綾島に相談だね」

「ああ。なんとかなればいいな」

 困ったら財閥。安直ではあるが、しかし坂巻は現場現業の人間であり、実際、自力での解決策は見込めない。やむをえない話である。

「綾島本人は財閥とのつなぎ役扱いを嫌がるかもしれないけれど、まあ仕方がない」

「坂巻のお願いなら喜んで聞き入れると思うよ。財閥側で可能なら」

「えっなぜ?」

「ハーッ鈍いな、ニブチンだな」

 犬飼が盛大に呆れ返っていた。


 放課後、坂巻は綾島に話を切り出した。

「ということで、六条門財閥の組織の中に、そういうところがあれば、親父さんとかを通じてアポを取りたいんだけど、お願いしてもいいかな」

 おそるおそるだったが、意外なことに綾島は。

「構いませんわよ。ふふ、坂巻様らしいお考えですわね」

 快諾だった。

「いいのか?」

「もちろん。そもそも事務所の土地建物が六条門の所有下にあって、構成員にも綾島家の者がいる時点で、坂巻事務所は半ば六条門グループの内部のようなものですわ。内部で協力し合うことに、なにか問題ありまして?」

 全くもって正論だった。

「ありがとう。いずれにしても助かる」

「とはいえ……六条門ウォーロック本体というよりは、その別働隊の『六条門タクティクスリサーチ研究所』に行ったほうがよさそうですわね」

「そこに答えがあるのか?」

 坂巻は素朴な問いを発する。

「勝負師の戦術関連ならあると思いますわ。仮になかったとしても、答えがどこにあるのか詳細に把握しているはずです。そういう組織ですわ」

「なるほど」

「それに、坂巻様の将来のためにも、六条門のことを色々知るのは有益だと思いますわ」

 ほほを赤らめつつ綾島が言う。

「確かに、六条門グループとは長い付き合いになりそうだからな」

「うふふ、そうでしょうとも」

「なんだかなあ、噛み合ってないなあ」

 犬飼が、率直な感想。

「で、アポはいま取れるのか、急な話で済まないけども」

「なにせお父様が総帥ですから、お願いすればたぶん。それに何度も申しますけど、坂巻事務所は実質、六条門グループの一部。外からアポを取るのとはだいぶ違うと思いますわ」

「なるほど。心強いな」

 坂巻は深くうなずいた。

「じゃあ、そうだな、取次ぎをよろしく頼むよ」

「承知しましたわ!」

 綾島は満面の笑みで答えた。


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