第20話

 難渋する綾島と、同業者の悪行に心痛める倉を説得した一行は、光谷の家に行き、事情を説明した。

「というわけで、もしよろしければ、私の坂巻事務所への依頼という形で、お嬢さんをしばらくの間、護衛することをお引き受けできます」

 坂巻が話すと、光谷の両親は。

「まあ、その歳でプロの勝負師をやってらっしゃるのね」

「ビジネスでなら、まずまず信頼できるかな」

 悪くない感触。

「とはいえ」

 坂巻は続ける。

「お嬢さんに付きまとっている連中は、誰かが吊るし上げられなければ付きまといをやめないでしょう。我々としては戦いは不可避と考えます。もちろんお嬢さんを巻き込んだりはしませんけれども」

「なるほど。それもそうだな」

 光谷父がうなずく。

「戦いなら、うちの娘もどうやら強いらしいんだけども、こういう精神的な気持ち悪さには一般人と同じでね」

「そうでしょうとも」

「それに六条門財閥の綾島お嬢さんがついてくれるなら、これほどありがたいことはない」

「わたくしは家の教育方針で、護衛なんてつけていませんけども」

「おい綾島」

 たしなめる坂巻。

「分かっていますわ。これはビジネスですものね」

「本当に分かっているのかなあ。……ともあれ」

 彼は光谷の両親に向き直った。

「ご依頼という形であれば、私たちが責任をもって護衛を務めさせていただきます。依頼料はいくらか割り引く用意もあります」

「なるほど。分かりました、よろしくお願いします」

 言って、光谷の両親は深々と頭を下げた。


 その日から、彼らの戦いならざる戦いが始まった。

 といえば聞こえはいいが、それは護衛が戦闘を盛んに始めたという意味ではない。

 光谷護衛の傍ら、三人のコネを駆使して業界人にこのことを広め、お偉いさん方から無法の者たちに圧力を掛けてもらったのだ。

 そのおかげで、不審者の気配は、彼らの索敵範囲からは、日を追うごとに徐々に減っていった。

 夜、寝る前に庭先で、犬飼が坂巻に話しかける。

「平和になりつつあるね。僕たち、まだ一度も戦ってないけど」

「それでいいんだ。俺だって戦闘はあまり好きじゃない。ないならないに越したことはない」

 坂巻が答える。

 彼は柔軟であるが、本来戦いを歓迎しない信条であることを忘れてはならない。

「そうだけどさ。僕たち、業界のコネばかり使って、自分ではなんかあまり仕事してない気がして。坂巻が全力を出す必要があった戦いが、皮肉にも仕事でもない光谷さんとの一騎討ちだったしさ」

「それは……そうだな」

 坂巻はうなずいた。

「まあ、だからといってギリギリの戦いが多くなったとしても、歓迎できないけどね。それに余裕が多いのは坂巻の実力の証さ。弱いほど余裕がなくなるんだろうからね」

「俺がどの程度かは措いておいて、まあ、余裕があるのはいいことだ」

 坂巻は軽く首肯した。

「そうだね。ただ、例えば倉さんとしては、もっと実力の伯仲した対戦カードが欲しいに違いないね。または、ハンデを付けてとか、力を制限して、とか」

「あの人、常識人だから口では言わないけども、たぶん本心としてはそうだろうと俺も思うよ。俺からみても、例えば作馬さんとうみさんみたいな、達人同士の戦いは見てて楽しかったからな」

「業界に首を突っ込んでいる以上、そういうのを望むのは仕方ないことだよ」

 犬飼は目をこする。

「そろそろ寝るよ。もちろんあとで見張り交代するけど、眠くなってきた」

「無理するな、おやすみ」

 犬飼は「ふあぁ」とあくびをかき、軽く首を回した。


 それから二週間が経ち、不審者の数も、坂巻たちが索敵して捕捉した限りでは、だいぶその数を減らした。

 風化。興味喪失。坂巻たち強力な勝負師の存在を認識。光谷自身の強さを現場で感知。

 原因はいろいろ考えられえるが、ともかく、不審者は徐々に減っていった。

 戦闘はなかったが、最後に大きな敵意がやってくる。


 護衛中の帰り道。

 坂巻のまゆはピクリと動き、小声で仲間たちに呼びかける。

「敵を感知した。俺よりはだいぶ弱い。犬飼は光谷さんを守って、綾島は俺と一緒に敵を掃討するんだ」

「承知しましたわ」

 犬飼と綾島は本来事務スタッフだが、せっかく戦力になるのに、ぜいたくは言っていられない。

 やがて十字路に出ると、男女四人ほど、闇の中から現れた。

 言葉は無い。

「不審者たちに告げる。いまなら引き返しても遅くはない」

 無言。

「勝負師の指輪を着けずに挑む戦いは基本的に免責されない、ただの傷害だ。こちらは正当防衛や正当業務行為の成立する余地がある。繰り返す、刑事事件にしたくなければ失せろ」

 無音。

「やる気か」

 坂巻としては、ギリギリまで戦いに発展したくないと思っていたが、事ここに至れば仕方がない。

 四人が一斉に躍りかかった。

【zelt】

 最速の砲弾魔術で敵を吹き飛ばす。

 と同時に、敵の隙間から立ち回りの経路を見出し、全身に魔力を行き渡らせてそれぞれに一撃を打つ。

「かはっ……!」

 討ち漏らした敵には綾島の打撃。

「させませんわ!」

 乱戦。しかし分があるのは坂巻のほう。

 だが、相手もそこそこ耐久に長けるようで、一人が起き上がり向かってくる。

「犬飼!」

「分かってる!」

 彼は相手に組み付き、腕の骨を極めた。

「ガアァ!」

 不審者の一人が悶絶し転げまわる。

「こっちも仕上げだ、食らえ、【zelt】!」

 渾身の白兵魔術を受けた、最後の一人が崩れ落ちた。


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