第19話
その後、しばらくゆっくりしつつ積もる話もした三人は、別れを告げた。
「また気軽に来てね。話し相手が少なくて、いつも退屈しているよ」
「うみさんのご迷惑にならなければ、いつでも来ます」
横で綾島がふくれていた気がしたが、坂巻は気に留めなかった。
「……まあ、ちょっとお高いプリンをご馳走になりましたし、海妃様はきっと立派な方なのでしょう」
「食べ物に釣られるとか」
「犬飼ィ!」
いつものケンカである。
「ふふ、にぎやかだね。重ね重ねいうけど、私の財布も、体調も心配ない。まだ激しく動いたり、勝負師として戦ったりするのにはだいぶ体力が足りないけど、まあこの調子なら、当分は生き死にの問題にはならないね。新薬は本当に良かった」
「それは医師の所見ですか、うみさんの勝負師の直感ですか」
「両方だよ。魔力の流れが整って、全身の作用が上手くいっているのを感じる。きっと魔力によらない、臓器とかの動きも良くなっているんだろう。それはお医者さんも言っていたよ」
「それはよかった」
坂巻はニッと笑うと。
「ではそろそろ事務所に戻ります。どうせお客は来ていないでしょうし、まあ、勝負師の活動もぼちぼちやります」
「ああ。今回は本当にありがとう。楽しかったよ」
海妃はそう言うと、上品に手を振った。
綾島より上品だった。
帰りのバスの中で、坂巻の業務用スマホに着信があった。
「はい、坂巻事務所の坂巻です」
「ペロチュッチュ倉原口や!」
かのエスチューバーだった。
「どうされました?」
「坂巻くん、一つ確認や」
倉は軽く咳払いをした。
「最近、ワイ以外で取材とか撮影を許可した動画投稿者はおるか?」
「いえ、全く。事実上、倉さんと専属契約です」
「なるほど。……だとすればこの動画は、無許可撮影ということになるわな」
「どうしたんです?」
倉は少しの沈黙の後、答えた。
「こないだかな、河川敷で坂巻くんとイケてる女子が、ものごっつハイレベルな戦いをしている動画が、流出してるんや」
坂巻は言葉を失った。
幸い倉は予定が入っていなかったようで、すぐに坂巻事務所に駆け付けてくれた。
「まあワイとしては、ほかの連中と動画配信契約を結んでいなければそれでいいんやけども、それはそれとして報告が必要やな。この動画見てや」
そこには、坂巻と光谷が激戦を繰り広げていた動画があった。
「こないだの……」
「心当たりはあるんやな」
「はい。一応、始める前に人の気配を確認したのですが、なんせ戦いの最中にそこまで気を配る余裕はなく……」
「まあそれは分かりますで。相手の女の子、かなり腕が立つ。全国レベルやな。坂巻くんは世界クラスやけど、そうやとしても意識をほかに割く余裕がなかったのはよく分かります」
うんうん、と倉。
「しかも、そもそも無許可での一騎討ち撮影はマナー違反や。この撮影者は、普通なら厳しく糾弾されてしかるべきですなあ」
とはいえ。
「ただ、流出は流出やな。坂巻くんにとっては宣伝の一つにすぎんやろけど、この女の子はネットの物好きに調べられますで。ワイ自身、今回みたいな問題がなければ、この子ともインタビューとか動画撮影とかの打診をしてましたで」
「つまり現状、問題があるから打診はしていないと」
「そうや。この状況でこの子に向かっていったら、迷惑にしかなりまへん。この勝負について、詳しく話を聞かせてもらえへんやろか」
ということで、坂巻は事情を余さず述べた。
「なるほど。この子から挑んだ勝負なんやな」
「はい。致し方なく承諾しました」
「とすれば、この件で坂巻事務所がとがめられるいわれはあらへんな。それに話の限りでは、勝負を受けたのは、形式的には事務所ではなく坂巻くん自身や」
「もっとも、世間的には事務所も関与しているとみるでしょうけども」
「まあ、種類としては自営業やからな。仕方がない」
その言葉に、坂巻は頭をボリボリかいた。
「もっとも、この件で坂巻くんや事務所は何も悪くないねんから、堂々としてたらええ。……しかしこの子ほどの使い手が野に埋もれていたんやな、まったくこれだから世界は面白いんや」
倉は犬飼の出した冷たい茶を、のどを鳴らしつつ豪快に飲んだ。
この話はここでは終わらない。
翌日、坂巻と犬飼が登校すると、光谷が泣きついてきた。
「坂巻くん、頼む、助けてよぉ」
光谷はだいぶ困り顔。ほほも心なしかこけている。
「一騎討ち関連か」
「うん。知らない人が取材を申し込んだり、なんか変な人たちに尾けられたり、もう大変なんだよ」
「その人たちは実害を及ぼしてきたのか?」
「実害……っていうと違うけど、やな感じなんだよ」
坂巻は腕組み。
「道場の門下生とか師範とかは?」
坂巻は作馬の弟子ではあったものの、作馬は特段、道場などというものを構えなかったので、道場がどういうところか知らない。だから聞いてみた。
しかし光谷の返事はあまり芳しくない。
「一応、仲のいい人とか師範代とかが見回りに来てくれるけど、それでも知らない人が身の回りをうろついてる」
「道場とか師範の家にしばらくの間泊めてもらうのは?」
「私はそれでいいけど、お父さんとお母さんが標的になるかもしれない」
言われてみればその通りだった。
「逆に数人の師範代クラスが、光谷さんの家に泊まるのは……いやそれも駄目だな。ご両親が許さないだろう」
八方塞がりである。
「というか光谷さん、強いんだから、自力で追い払うのは……いや、冗談だ、撤回する」
戦闘になれば光谷がその辺の不審者に負けるとは思えないが、戦闘以外の事態に発展すると、なかなかいかんともしがたいだろう。
それに、光谷は強いが人数としては一人。坂巻事務所が複数人で護衛するのとは勝手が違う、というか、一人だと不可能なこともあるのだろう。
「よし、事務所として、もしその気があれば依頼を受けよう。家に、とりあえず俺たち三人が野営できるだけの庭はあるか?」
「あるといえばある。けど、かなり窮屈になると思う」
「そうか、じゃあ綾島だけ、同性だからってことでなんとか泊めてもらって、俺と犬飼は庭でキャンプだな。ちなみに言っておくけど、綾島……は有名だな、犬飼も勝負師の力はあるぞ」
「忘れられがちだけどね」
横で黙って話を聞いていた犬飼が、口を開いた。
「護衛してくれるの?」
「しばらくは仕方がない。俺たちが発端の一つになっているしな」
彼がうなずくと、彼女は微笑む。
「よかった……!」
「綾島は法務の心得もあるから、そっち方面には強いし、犬飼は……相手のうち業界人には、うみさんの伝手をたどって戒めることができるかもしれない」
「坂巻だって作馬さんから受け継いだネットワークがあるだろう」
「まあそうだけども。あと倉さんにも協力願うか」
坂巻の提案に、犬飼はうなずいた。
「いいね。倉さんなら、僕らよりも強力なコネクションを持っているだろうし」
「倉さん?」
「ペロチュッチュ倉原口さん。動画配信者だ」
「ああ、あの有名な。ふざけているようで真っ当な人だよね」
「誰も彼も大半は真っ当だけどな。そうでないと仕事を続けられない」
坂巻はあごをなでる。
「ちなみに動画を流出させたのは倉さんじゃないぞ。あの人はそんな雑で迷惑なことはしない」
「それは分かるよ、話を聞いていれば、なんとなく」
光谷はうなずいた。
「よし、じゃあまずは放課後、事務所で準備をしてから光谷さんの家に行くか」
「あ、一応言っとくけど野営の道具はあるよ。事務所を立ち上げるときに、坂巻が作馬さんの弟子だったころに使っていた道具を持ち込んでる」
依頼によっては使う可能性があると考えたからだ。
「さて、綾島を説得しないとね」
「えっ、なんで?」
「なんでって……はぁー鈍いね」
犬飼は肩をすくめた。
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