第18話
光谷は治療系の魔術で、顔の傷を治しながらつぶやく。
「負けちゃった。へへっ」
「すまない。顔面しか効率の良い打ち所がなかったんだ」
仮にも女子の顔面に思い切り叩き込んだことに、坂巻はわずかに罪悪感を覚えていた。
「まあまあ。戦いだから仕方がない。そんなこと気にしてたら、普通は負けるからね」
「そうか……」
「落ち込まないの。恨みつらみとかはこもっていないみたいだから、治療の魔術をちょっと続ければ無事に完治するよ」
光谷はニッと笑う。
確かに、彼女の治療魔術は強力なようで、もう傷はだいぶふさがってきていた。
「だけど……、世の中は広いなあ。私、自分の力には自信があったんだけど、それでも負けた。私には分かる、あれは時の運とか勝敗兵家の常とか、そういうんじゃない。坂巻くんが勝つべくして勝った」
坂巻は黙って聞いている。
「きっと坂巻くんは日本最強とか、ひょっとしたら世界最強とか、その辺りの傑物だよ」
いま一つ実感が湧かない彼だが、これほどの戦士がそうだと言うならそうなのだろう。
「事務所の未来は明るいね。というわけでまた遊びに行くよ」
「エェ!」
素っ頓狂な声を上げたのは、黙って見守っていた犬飼。
「邪魔は困るよ、頼むよ」
「アハハ、別に勝負とかはそんなに挑まないからさ」
「少しは挑むんだ……」
「それに私は坂巻くんと、ついでに犬飼くんたちとも友達になりたい」
「う。まあ、それなら」
なんだかんだ言って光谷は造形の極めて整った一軍女子。友達になると言われて犬飼も揺れたようだ。
「決定ね。差し入れは随時持ってくよ。すっかり丸くなった悪役令嬢様にもよろしく、じゃあね!」
風のような女子は「またねー!」と去っていった。
坂巻と犬飼が事務所に帰ると、綾島が待っていた。
「お帰りなさいませ坂巻様」
特に不満な様子は見受けられない。
「勝負はどうでしたの?」
「勝った。しっかり警戒しつつ全力を出して戦えば、負ける相手じゃなかった」
「そうだね。坂巻は最強だからね。……ただ、あそこまでデキる勝負師はめったにいるものじゃないし、最近は、お世辞にも強くはない相手に慣れていたから、きっと余計に僕たち驚いたんだろうね」
「ああ。冷静になれば、少なくともこちらが劣勢になる相手ではなかったみたいだ」
「心のあり方の勉強になったね」
二人は口々に感想戦をする。
「そうですの。……ところで私たちに犬飼海妃様、犬っころのお姉様からメールが来ていますわよ」
「えっ」
「そういえば、最近うみさんの病室に行ってないな」
坂巻はほほをかいた。
「うみさん、体調が少し良くなったみたいですわね。まあわたくしにはこれまでの体調が分かりませんけど」
なお犬っころ呼ばわりは、二人とも、もうその手の「お言葉」には慣れたようで、見事に無視する。
「そうだ、みんな、事務所の活動の報告と、姉さんに綾島を紹介するのを兼ねて、久しぶりに姉さんの病室に行かないかい?」
「いいな、お金は上手く処理しているけど、それだけじゃ味気ないだろうし、久しぶりにかつての『女傑』海妃さんにあいさつにいこう。綾島は……」
少し不安をもって坂巻が聞くが、意外なことに綾島は至って冷静のようだ。
「喜んで。わたくしもうみさんがどういうお方なのか存じ上げません。いや、事績は聞き及んでおりますけれど、どういう人物なのか、まだ一度もお会いしたことがありませんので」
「よし決まった。今日の事務所は臨時休業。療養所まで行くか」
「バスで三十分ぐらいで行けるから、時間はあまり気にしないでいいよ」
「かしこまりましたわ。最後に勝つのはわたくしでしてよ」
何か不穏な言葉を聞いた気がしたが、坂巻は気に留めなかった。
バスに揺られた彼らは、ほどなくして療養所に着いた。
「川小田市にこんな、緑の深いところがあったなんて思いませんでしたわ。ふあぁ」
感想を述べつつも、綾島はあくびしつつグッと伸びをする。
「大丈夫か綾島、疲れてるのか。そういえばあと少しで全国模試があったな、その勉強に根を詰めていたのか」
「しょせん模試は模試、短期的な準備をしても仕方がありませんわ。無勉でもわたくしにならある程度の結果は出せますし」
「えっ、綾島、こないだ事務所で勉強道具を広げてガッツリ」
「犬飼ィ!」
「ひい!」
やはり勉強に打ち込んでいたようだ。
「悪かったよ。だけど努力をすることは決してダサいことではないと思うよ」
犬飼が坂巻の背中に隠れながら、フォローする。
「とはいえ……坂巻様は、少なくともわたくしと行動を共にするようになってからは、努力というか修業をするのを見たことがありませんわ。勉強はしていますけど」
「そういえばそうだな。俺も修業して将来の戦いに備える必要があるかもな」
「まあまあ、まずは姉さんに会いに行こう」
行くよ、と犬飼は建物を指差した。
病室に着くと、犬飼海妃が立って出迎えた。
「やあ、よく来たね。久しぶり」
坂巻のみる限り、いくぶん体調は良さそうだ。点滴もしていないし、顔の血色もマシになっている。なにより立って出迎える体力がある。
「久しぶり、姉さん」
「は、はじめまして、綾島と申しますわ」
綾島は柄にもなく緊張している様子。
「坂巻様の事務所で、経理などいくつかの仕事をさせていただいています。弟さんにも、お、――お世話になっております」
後半は緊張すら吹き飛び、半分ふてくされたような言い方で辞を述べた。
犬飼康比斗に世話になるのは、相当嫌な様子。
「おお、きみがあの。弟が世話になっているようだね。坂巻くんは逸材を拾ったみたいだ」
「フヘヘ」
悪役令嬢のほほが緩む。
「綾島、時々気持ち悪くなるよねっグヘ!」
腹をドスッとやられた犬飼。
「ところでうみさん、割と元気そうですね」
「ああ。新薬を処方されてね」
海妃はVサインを作る。「ぴすぴす」と棒読み。
「これの画期的な点はね、魔力回路や体内の魔力の流れを整える働きも持っているところだ」
「……うん? うみさんの病気には魔術が関係しているんですか?」
聞くと、海妃は答える。
「どうもそうらしい。具体的にどう関わっているかは、まだ研究の途中みたいだけどね」
「つまり誰かに魔術を掛けられた……?」
「その可能性もゼロではないだろうけど、なんとも言えないそうだよ。なんせ未知の部分が多すぎる。私、たいていの魔術は医師どころか自分で解決できるんだけどなあ」
衰えってやつかな、と彼女は自嘲する。
「いまや坂巻くんは業界でも名前が広がりつつあるエースだ。倉さんの動画を視聴する業界人が、徐々に増えてきている。きみの師匠の友人として誇らしいよ」
「ありがとうございます」
「礼は倉さんに言ったほうがいいよ。あの人の業界への貢献には本当に頭が下がる。……ところで不肖の弟は役に立っているかい?」
海妃は犬飼康比斗を見る。
「はい。頼れる相談役として、重宝しています。彼が私の友人で本当に良かったです」
「もっとも事務方としては素人で、役に立たないこともありましたわね。その程度でブレーンを自任するのは、どうもこうも」
「むむむ……」
犬飼康比斗は言い返せないようだった。事実なのでそれもやむをえない。
「まあ仲良くやっていればそれでいいさ。坂巻くんはいずれ世界に名をとどろかせる。それぐらいの実力はある。どうか見捨てないで弟を使ってやってくれ。そしてきみも、自分で稼いだ金で、たまには美味いものでも食べてほしい。こんな死にぞこないに大金を注ぎ込んでいるんだ、その資格は充分にある」
「うみさん、あまり自分を卑下しないでください。私はうみさんに快復してほしくて、お金を流しているんですから」
坂巻は真摯に告げる。
「ふふ、坂巻くんのそういうところがいいね。まあぼちぼち、休み休み、お仕事頑張ってくれよ。無茶だけはいけない」
そう言って、彼女は冷蔵庫からプリンを取り出した。
「ここにちょうど三つ、私が一階の売店で買いだめした『トータルハピネス』のプリンがある。食べるかい」
「ありがとうござ」
「ありがたくいただきますわ!」
綾島が目を輝かせた。
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