第17話

 放課後、秘策が思いつかないまま事務所に向かおうとすると。

「坂巻様!」

 綾島がやってきた。

「昼休みに坂巻様のものでもない、尋常でない魔力を一瞬だけ感じたのですけど、大丈夫ですの?」

「ああ、それは」

 坂巻は事情を話した。

「なるほど。それはぜひとも勝たねばなりませんわね」

「事務所の評判に関わるからな」

「倉さんに捕捉されたら、動画になりますからね。……いやそうじゃなくて」

 綾島は不満げに言う。

「坂巻様は、光谷さんに興味がおありですの?」

「ないといえば嘘になるな。身近にあんな強そうなのがいたとは思わなかったから」

「ふうん」

 あ、ジェラシーだ、と犬飼がボソリ。

「身近に経理と税務ができて、勝負師の心得もあるスペシャルな女の子がいても、ですの?」

「それとこれは別だろ」

 それを聞くなり、綾島はおそらく全力で自分の魔力を引き出した。

「おお、どうした」

「私だってこれぐらいはできますわ、ほめて!」

「はいはいえらいえらい。で?」

「もうニブチンは罪ですわ! 知らない!」

 綾島はすねた。


 やがて三人は事務所に着いた。

「光谷さん、あの調子だと事務所に来るかもしれないね。皮肉にも宣伝は倉さんが盛んに行っているから」

「困るな。まあ相手に敵意はなさそうだから、思ったほど事務所の評判ダウンにはならないだろうけど。倉さんに捕捉されない限り」

「全部今日の出来事で、そう簡単に学校の外の倉さんが知ることになるとは思えないからね」

 とりあえず、はいアイス、と犬飼が冷蔵庫から取り出した。

「浮気者の坂巻様なんか知らない。ムグムグ」

 すねながらチューブアイスをほおばるという器用なことをする綾島。

「作戦を練る……にしても事前情報が少なすぎる、ってのはさっき話した通りだな」

「未知の相手で、相手にはこちらの戦闘スタイルが知られている。やっぱりこちらも奇襲で対抗するしかないんじゃないかな」

「そうなるな。違いない」

 坂巻は思わずうなずく。

「一瞬で勝負を決めるつもりで。始まって数秒が分かれ目になる……んだが、それで光谷さんが納得するかな?」

「ああ。あの人、そういう決闘がしたいんじゃなくて、力試しがしたい感じだったからね。そうなるともう正攻法をぶっつけ本番でやるしかないね」

「幸い、相手に害意はない。万一負けても、仕事上の痛手にはならないはず」

「交換条件も、たぶん設けないか、設けたとしてもそういう感じのものではないと思うね」

 犬飼はへらっと笑う。

「気楽にいこうよ」

「犬飼……まあ怖がるような戦いではないけど、それにしてもあの強敵を前に落ち着きすぎだろう」

「知らないなあ」

 二人が男子トークでキャッキャしている横で、綾島が「ぬぐぐ」と爆発寸前の表情をしていた。


 やがて来客があった。

「この魔力の感触……」

「やっほー、光谷さんだよ。来ちゃった」

 一人で来たであろう彼女は、エヘヘ、と悪魔の笑みをする。

「暇そうだな」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。閑古鳥じゃん、この事務所」

「小口の客をたくさん集める、みたいな営業の仕方じゃないからな。仕方ない」

 彼は肩をすくめる。

「動画収益もあるし、黙ってても金は入ってくる」

「サボり癖よくないぞ」

「そっちこそ、道場を休んでいるのでは?」

「先生には他流試合の名目で休みをもらったよ。心配ご無用。さあ試合しよう」

 ふふふ、仲間仲間。彼女はニヤニヤ。

 やはりその目的だったようだ。閑古鳥にだらけていた坂巻の身体に、徐々に適度な緊張が戻ってくる。


 綾島を留守番として、坂巻、犬飼、光谷は、かつて坂巻と不良たちが戦った河川敷へと来た。

 この程度で六条門財閥の私有地を借りるわけにはいかない。なんせ一応、仕事ではなくプライベートの試合なのだから。

 幸いにもこの河川敷は一部の勝負師にとって絶好の穴場であり、通行人や営造物への「事故」が起こりにくい。

 坂巻は正直なところ、自分も、そしておそらく光谷も白兵魔術を次々ぶっ放すであろうことに、多少の不安を抱いていた。

 しかしそれも杞憂であろう。周囲に人影はないし、誰か来ても、めったにないほどの激しい戦闘を感じれば遠回りしてくれるだろう。

「光谷さん、くれぐれも事故は起こさないでくれ。事務所の面目が立たない」

「わかってるよ。一流の勝負師は事故にも気をつけるものだって、道場の先生が言ってたし」

 そういえば作馬からも同様の教えを受けた覚えがある。

 懐かしいなあ。

 坂巻の表情がわずかに変わったことを、きっと光谷は捉えたのだろう。

「どしたの?」

「いや、なんでもない。そういえば交換条件は?」

「ないよ! 坂巻くんから何かを奪う気はないよ。その代わりそっちもなしでお願い」

「当然だ。立会人と開始の号令はとりあえず犬飼で。安心してくれ、イカサマをさせるほど俺はしみったれた勝負師じゃない。犬飼、公正に頼む」

「もちろんだよ」

 犬飼は深くうなずいた。

「では、用意。……三、二、一、始め!」

 両者、凄まじい量の魔力を引き出した。


 速攻で坂巻は詠唱。

【zelt】

 彼の会得した白兵魔術の中では最速。そしてその中では一番習熟している投射魔術。

 綾島にも用いた奇襲戦法である。

 だが。

「甘い!」

 紙一重で光谷は避けると、一気に至近距離へと接近する。

 繰り出されるのは渾身の突き。

 回避できないと悟った坂巻は、魔力を集中させた掌で受け止める。

 ズズン、と周囲に衝撃が走る。

「おお、これはまた」

 安全な距離から犬飼がつぶやく。

 二人の影が何度も交差し、格闘の気迫と乱打と受け流しが、次々と、猛火のごとく回り巡る。

「くらえ!」

「させるか!」

 大きな一撃同士がぶつかり合うと、両者は半ば吹き飛ばされ、半ばは自分から飛び下がり距離を取る。

 にらみ合い。

 静かな戦場に、互いの読みが幻となって幾重にも激闘を演じ、その熱が空気までもを変質させ、互いの肌にピリピリと刺さる。

【baristus】

【protonice】

 光谷の放った巨大な魔力の槍を、坂巻は装甲魔術を展開しつつ、痛手を負わない範囲で最短の経路にて距離を詰める。

「はあぁ!」

 この一撃に全てを懸けた。

 ありったけの魔力を込めた拳を顔面に叩き込み、かくして光谷の勝負師の指輪は砕け散った。


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