第16話
仕事がない。
「こんなんで事務所、やってけるのかなあ?」
坂巻は犬飼とともに学校で昼食をとっていたところ、犬飼がぼそりとつぶやいた。
「一般に周知するような広告の仕方も必要かもしれない」
「具体的にどうすんだい?」
犬飼の問いに彼は答える。
「例えば、そうCSR、社会貢献とか」
「へえ、脳筋の坂巻にしては考えたね」
「うるせえ」
「でもどうするの? 植樹とか寄付とか、そういう大がかりなことをする余裕はないよ」
問いかけに、しかし坂巻は事もなげに返す。
「何もそんなことまでしなくてもいい。ボランティア、ゴミ拾いとか草取りとか、炊き出しとか、そういうところから始めればいい。もちろん事務所のことが分かるように、何らかの工夫は必要だけどな」
「へえ。脳筋の」
「うるせえ。自分が考えつかなかったからって負け惜しみを言うなよ」
「これはこれは、またまた、フフ、うりうり」
犬飼はあいまいに茶化した。
どうやらこの発案については、犬飼は考えもしていなかったらしい。
「ブレーンが聞いてあきれる」
「悪かったよ。あてはあるのかい?」
「こないだ、事務所の近所で偶然チラシを配っていた人がいたから、もらってきた」
坂巻は見せる。チラシには「川小田ボランティア会・春暁橙光」なる文字があった。
「怪しいって顔をしてるな。安心しろ。割とガッツリ調べたところ、どこも怪しい点はなかった。反社とも宗教とも、悪徳商法や営利とも無関係だ。実績もある」
「ブレーンの仕事まで奪って、ほんと脳筋は脳筋だね。困った」
犬飼は軽く肩をすくめた。
「また負け惜し――」
そのとき、教室にある女子が入ってきた。
「あ、いた、坂巻くん、と犬飼くん!」
とてとてと近寄る。
クラスの一軍陽キャ女子。その証に、手に持っているスマホは最新型で、きらきらデコられている。
うっすら化粧。ポニーテール。ちょっとギャルが入っているその女子、光谷は。
「さっき勝負師動画見たよ! えーとペロ……なんとかさんのチャンネルで!」
意外だった。こういう人間は勝負師のひりついた動画など見ない、と坂巻は思っていた。
これは好機。
「光谷さん、ありがとう。近所とか親戚とかにも教えてあげてもらえると、もっとありがたい」
「坂巻、ここはさすがにそういう場面じゃないよね」
犬飼が頭を抱える。
「私、こういうのに興味があって、いろいろ見てるんだ。いいよね、こう、勝負の世界って」
坂巻は個人的にこの言葉が引っ掛かったが、まあ坂巻が戦いの気配に敏感すぎるだけであろう。
不戦主義は、最後に達成できればいい。それまでは寛容と忍耐だ。きっと。
そう坂巻が思っていると。
「実は私も、近所の道場……みたいなところで修業しているんだ!」
「え……空手とかそういう意味か?」
思わず坂巻は聞き返す。
「いや、魔力体術と魔術だよ。意外だった?」
意外だった。
「ちなみに一瞬だけ開くね」
「えっ何を」
「はい、これが私の実力!」
その瞬間、坂巻の感覚が、光谷の真の実力を捉えた。
かなりの魔力量。鍛えられた魔力回路。そういえば細かい所作も、たゆまぬ鍛錬の積み重ねを感じさせる。
まるで頭をビンで殴られたような驚き。
「これは……!」
「へへ、どう?」
なぜこれほどの勝負師の存在に、いままで気づかなかったのか。
理由は二つある、と彼は瞬時に考えた。
一つは光谷を特別警戒していなかったこと。もう一つは、おそらくだが、彼女は体内の魔力をうまく制御して、隠密の状態を保っていたということ。
「ちょっと恥ずかしいな。どう、空いている日に試合でもしてみないかな、私は坂巻くんの腕前にすごく興味があるんだ」
断らなければ。
絶対に断らなければ。
不戦主義どころか全身が危険を感じている。
そこで不意に声がした。
「ねえ光谷、他の動画も見ようよ」
一軍女子の仲間である。
「あ、うん、そうする!」
彼女は「じゃまた! 考えといてね!」と明るく告げて、去っていった。
犬飼がニコニコしながら坂巻に呼びかける。
「さあて落ち着こうか。面白くなってきたね、作戦を練ろう」
「犬飼……お前落ち着きすぎだろう。なんで?」
友人の人並み外れて安定した様子を見て、坂巻も冷静さを取り戻しつつあった。
「まあ俺も驚いたのは確かだけど、これはどうも勝ち目がありそうだぞ」
「おっ坂巻、いいね」
「魔力量とか魔力回路の様子とか、少なくとも容易に把握できる要素では、俺のほうが光谷さんより、そうだな、一回りは上だ」
犬飼も徐々にニコニコが深くなる。
「そういえばそうだね。光谷さんの伏兵ぶりに驚いて吟味を忘れていたけど、確かにそういうすぐ分かる要素は、坂巻のほうが上だ」
「お前大して驚いてないだろ。……ともかく、問題はパッと探った程度では論じられない部分だな。とりあえずいままで隠密の魔力制御で、俺たちの警戒の目をかいくぐってきたって点では、きっとそっち方面の技術はあるんだろう」
「そうだね。ストレートに認識阻害魔術を使わなかったのは、きっと魔術についてはその域には達していないからだろうね」
さきほどからやたら余裕をかましている犬飼は、坂巻の言葉にただうなずく。
なんだかモヤモヤする。彼は思った。
「とはいえ一般魔術と白兵魔術は分けて考えたほうが無難だ。あの鍛錬ぶりなら、きっと白兵魔術も使うだろう。魔力回路にもそういう『白兵痕』があったな、確か」
「まあ白兵魔術、使うだけだったら勝元さんも使っていたからね。あの地主の」
「ありゃあ例外だ。あの人はおそらく、たまたま白兵魔術を会得しただけの雑魚だからな」
「違いないや」
二人はケラケラと笑う。
「で、光谷さんだな。俺としては信条的に余計な戦いはしたくないし、負けて事務所の評判が下がるのも避けたいんだけども」
「余計な戦いはともかく、勝ち負けだけなら事前の情報収集である程度負けるおそれは避けられるんだけどね」
「完全に俺たちの視界から埋もれていた相手の情報収集は厳しいな。一方で光谷さんは俺らの動画を見ている。……道場、道場に通っているんだよな。それが特定できれば同輩たちから話を……」
「無理だろうね。仲間の情報を簡単に渡してくれるとは思えない」
犬飼は首を振る。
「相手は動画で事前研究、こちらは情報収集の余地がない、偏った戦いになるな」
「まあ僕たちなら、いずれそういう一騎討ちも仕事として処理することになっただろうとは思うけどね。……ところで坂巻」
「なんだ」
「よく考えたら、光谷さん、そこまで敵対の意図はないように思えるんだけど」
犬飼はおもむろに腕を組む。
「あの人、同じ学校に実力の近い仲間がいて、うれしくて色々交流したい、というか坂巻に興味が湧いた、みたいな感じだったけど。一騎討ちで試合をしたい意思はあっても、敵意は感じられなかった」
聞いて、坂巻もゆっくりうなずく。
「そういえば、そういう雰囲気だったな。俺だって仲間がいたら、試合を挑むかどうかは別として、接近したがるには違いない」
「そうだろう。まあ綾島は怒るだろうけどね。女子だから」
「綾島? なんで?」
「このニブチン。鈍感はもはや罪だね」
困惑する坂巻だった。
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