第15話

 事務所へ帰ってから、坂巻は振り返る。

「まだ弱い勝負師をいじめるような仕事しかしていないな」

 そこへ犬飼。

「おや、強い相手と戦いたいのかい、意外だね、戦いが嫌ならサクッとやれる相手を簡単に倒すほうがいいんじゃないか」

「いや……」

 確かに彼は戦いがあまり好きではない。刺激を戦いに求めるような真似はしない。

 しかし、弱い相手を、まるでいたぶるかのように打ち破るのは、どうも彼にとっては、単に戦うより罪深いことのように、少しだけ思えたのだ。

 ということを説明すると。

「とはいえ、仕事としては弱い相手を安パイとしてガンガン倒すほうが、経営とか顧客のつき方とかが安定すると思うけどね。綾島はどうだい?」

「どういう相手であろうと毅然と戦う坂巻様はかっこいいですわ。ふふ」

「はいはい笑った笑った。聞くのが間違いだったね」

 犬飼は呆れた表情。

 しかし坂巻にとっては、ちょっとした悩みの種だった。

「どうしても、弱者をいじめるかのような一騎討ちは、どうもなあ」

「そうか、ならこう考えてはどうだい?」

 犬飼は指を振る。

「本当に強い勝負師は、坂巻のような強い相手とは簡単には戦いを起こさない」

「……なるほど。俺が強いかどうかは、実感が湧かないけども、一理あるな」

 腕に覚えのある者は、勝敗があざなえる縄のごときものであることを知っている。だから戦いは必要最小限に抑える。

 とすると、弱い勝負師を圧倒的な実力差で押さえつけるのは、結果として一騎討ちの多用を抑えることにもつながるはず。

「もちろん、高みを求める求道者みたいな好戦的な勝負師もいるだろうけどね」

「やだなあ」

「まあそういうのは例外さ。いないわけではない、って程度だろうね。だから胸を張るといいさ」

「分かった」

 坂巻はとりあえず、その理屈を採用することにした。


 その数日後。

「坂巻様、わたくし今日の小テストで、十連続満点を達成しましたの!」

 事務所で綾島が謎の報告をした。

 だから坂巻はとりあえず褒めた。

「おお、すごいな。秀才だ」

「はいはい優秀優秀」

「うふふふ、エヘヘ」

 だが、ふと気になったことがあった。

「そういえば、綾島は学年トップクラスの成績だよな。高校生なのに統簿一級とゼネ法一級も持っている、秀才というより天才に近い。俺と戦う前は野良の勝負師でもあった。黙っていても、こう言ってはなんだが六条門の令嬢だろ、なんで努力して何者かになろうとするんだ?」

 もっともな問いである。

 適当に生きていても、財閥令嬢ならまずまず生活に困ることにはならないはず。努力を積み重ねるのはなぜ?

 綾島は答えた。

「何者かになろうとする? 私はもうなっていますわ」

「いや、そうだけども」

「そう、元から力があるのです、自信過剰な言い方ですけれど。だからこそ、それをさらに伸ばして高みに至ろうとするのですわ」

 当然のように綾島。

「坂巻様はそうではないんですの?」

「俺は……なんというか、いや、なんで勝負師の技術を伸ばしたんだろうな……気づいた頃には作馬さんの弟子だった」

 犬飼はそばで黙って聞いている。

「作馬さんがすごい人で、人徳もあったし、なんかこう、ああいう人になりたいって感じだったな。戦いたいとか、戦いの技を誇りたいとか、そういうのではなかった気がする。そうだったらそもそも、作馬さんの弟子にはなっていなかったんじゃないか」

「へえ。ある意味坂巻様らしい理由ですわね」

 綾島は微笑を浮かべる。

「そんな坂巻様はかっこいいですわ」

「綾島はいつもそう言っている気がするな」

「いつだってかっこいいですわ。ふふっ」

 犬飼が「仲良きことは美しきかな、とはいうけど、うざいな」と呆れていた。


 ペロチュッチュ倉原口は、動画の編集をしていて、ふと思った。

 あの坂巻という青年は、大変な拾い物だった。いままで、作馬の弟子であり犬飼海妃とも親交があったににかかわらず、どうして野に埋もれていたのか不思議なほど。

 始まりは六条門の内部にいる幹部からの、タレコミというか、酒の席でぽろっと出た情報だった。

 ……どうも綾島の「悪役令嬢」が、どういうわけか謎の同級生の一騎討ち代行事務所に、事務員として入ったらしい。

 あの「悪役令嬢」が自ら勝負師の生業を営むならまだ分かる。元々あのじゃじゃ馬は、正義と称して見境なく勝負師を狩っていた。

 一定の強さが見込まれる、財閥の令嬢が、おそらく自ら、勝負師としてではなく事務員として――彼女が事務系の難しい資格を持っていたことは倉も知っていたが、それでも不思議なことに主役ではなく裏方として、同級生の事務所に入った。

 意味が分からない。

 だから倉は詳細を調べた。あらゆる伝手をあたって、情報を収集した。

 幸いにも詳細な情報はすぐに集まった。

 彼の名は坂巻。作馬の一番弟子。白兵魔術師であり体術も優れている。素手でのファイトスタイルを採っている。どうやら戦いがあまり好きではなく、たまに不良や半グレ、チンピラや無頼に絡まれるがことごとく返り討ちにしている。

 そして、あの綾島を容易く打ち破っている。

 すぐに彼は、メールで定期的な動画取材の契約を申し込んだ。この商機を逃してはならない。

 いや、もっと純粋な目的もあった。業界人を自任する彼にとって、隠れた才能の持ち主を見出して世に出すのは責務であり道徳であり、倫理、使命であった。同時にそれが、勝負師業界のためになるとも信じていた。

 そして実際、坂巻は世に出るべき人間だった。

 いまのところ、事務所の活動としては、巡り会わせのせいで坂巻は雑魚しか相手にしていない。しかし自身も勝負師の心得があり、加えて間近で彼を見ている倉には分かった。

 あの青年は最強、またはそれに近い。

 いずれ世界の番付すら変えるレベルだろう。

 誰かに永続的な認識阻害魔術を受けたようで、本人は自覚していないが、まともに自己を認識すれば、すぐに自身が世界レベルであることに気づくに違いない。

 そして、誰がその永続的な認識阻害を残したか、なんの目的でそうしたか、曲がりなりにも業界通である彼には、一つ予想がついていた。

 だが。

 彼は口をあえてつぐむことにした。

 そのほうが動画が面白くなる。ワクワクが増える。ついでに視聴者と収益もおそらく増す。

 彼のブレーンの犬飼と、彼にすっかり惚れている綾島。いずれどちらかが、認識阻害の真相に気がつくはず。二人はそのへんの大人よりずっと頭が回る。

 そのときまで沈黙を貫く。もとよりあくまで予測にすぎないから、あえて動画配信者として教える義理もない。

 これから、どんどん面白くなっていく見込みだ。愉快愉快。

 倉は伸びをして、さきほどコーヒー店「ムーンバックス」でわけのわからない呪文を、コピペのままに唱えて持ち帰った、美味そうな飲み物を吸った。


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