第14話
そして戦いの日。
一騎討ちの場所に来ていた坂巻たちは。
「遅いな」
「遅いね」
地主の勝元の遅刻により、一騎討ちを始められないでいた。
「倉さん、申し訳ありません。相手がまさか遅刻するなんて……」
「ええで。遅刻の補償は地主側からしてもらいますんでな。それが筋ですやろ」
当然のように倉は笑顔を保っていた。
「まあ、仮に倉さんが良くても、私たちにとってはたまったものではないことは変わりませんからね」
「坂巻、分かっていると思うけど、いらついたりたるんだるしないようにね。遅刻で相手の調子を乱すのは、宮本武蔵からの常套手段だよ」
「分かってる、犬飼。……もっとも、相手はわざとやっているようには思えないけどな」
坂巻はストレッチを入念に行い、また体内の魔力回路を、少量の魔力を流してほぐす。
そこへ来たのは。
「うぃーひっく、俺様に勝負を挑む不届き者はここだったかな?」
酒臭い。装飾品が派手。油テカテカ。
典型的な下品な金持ちが来た。地主の勝元である。
忘れがちだが、これでも勝元は自分で戦う勝負師。代行はつけない。
「……あ? 俺の相手はこのクソガキか?」
「代行の坂巻と申します。この度は手合わせお願いいたします」
「ハァーこんなガキが俺の相手か。馬鹿馬鹿しい」
あまりにも尊大なことを言ったので、坂巻は彼の魔力と力量を観察し感知する。
とてもではないが、自分とまともな勝負ができるとは思えない。というか、仮に魔力が強く腕っ節があったとしても、この泥酔状態で素面の勝負師に勝てると思うほうがどうかしている。
そもそも、普通の勝負師は一騎討ちの前だけでなく、普段から酒は回避する。一説には突然の戦いに備えるためとされるが、ともあれ、それが業界では一種の常識であった。
しかしこの男、一騎討ちがあると分かって直前まで酒をかっ喰らっていたようだ。ついでに目の前の相手の力を測ることもできない。
この諸々の差がありながら、いったいなぜ勝負を挑んできたのか。こんな有様でよく、これまで勝負師をやってこれたものだ、と坂巻は思った。勝元という男、幸運だけは一流である。
「まあいい、軽くひねり倒してやる」
「その前に条件を確認します」
立会人……倉のアシスタントが制止する。
「施設長側勝利の場合、勝元様は施設を出禁、土地の取引もあきらめてもらいます。勝元様側勝利の場合、原因となった少年に土下座をしてもらいまず。これでよろしいですか?」
「おうおう。どうせガキの代行のガキ、俺様の敵じゃねえ」
坂巻は呆れた。この状況でそうも言えるのかと。
「では合図とともに始めさせていただきます。三、二、一、始め!」
戦いの火蓋は切られた。
坂巻は目の前の馬鹿を一瞬で片づけたかった。実際、この腕前の差ならそれは赤子の手をひねるより容易だった。
が、それはそうと、この動画も一種の宣伝である。今回も適度に力の差を見せつけて、客引きの手段にしなければならない。
……と、犬飼と、ついでに綾島からもきつく言われた。
不快な馬鹿はさっさと降伏させたかったが、まあやむをえない。
「くらえぇ!」
勝元は威勢だけはよかったが、酩酊で魔力体術の力も精度も悪く、容易に反撃できる。
だから坂巻は、難しい技、たとえばクロスカウンターなどを決めつつ、それでも簡単に沈めないように手加減をする。
ある意味、全力より難しかった。
「かはっ、はあ、はああ」
勝元の身体に徐々にダメージが蓄積されてゆく。
「や、やるじゃねえか、ちったあ本気出すか」
さっきからとうの昔に本気なのは、坂巻からは、そして動画の視聴者も見るだけで分かるが、彼は虚勢を無視し、淡々と仕事をする。
「おりゃあ!」
外れ。
「白兵魔術を使うぞ、【arroud】!」
【protonice】
彼の魔力の矢は、あっさり坂巻の装甲系魔術に弾かれる。
「は、白兵魔術を弾くとは、や、やるな」
ようやく勝元も、坂巻との実力差が分かってきたようだ。多少は酔いが覚めたような、危機感が顔に浮かぶ。
「た、ただものじゃねえ」
「これくらいは普通ですよ。これにやられたら師匠に怒られる」
坂巻は警戒を崩さず、しかし静かに告げる。
「そろそろ一気にやりますか」
「く、来るな」
彼は足に魔力を集中し、距離を一瞬で詰める。
「うっ!」
そしてその魔力を全身に拡散し、全てを打突の一点に集中して、渾身の突きを繰り出す。
「がはぁっ!」
それだけで、勝元の勝負師の指輪が砕ける。
もしこれがなかったら、確実に死亡事故になっていた。
「勝負あった、坂巻の勝ち!」
立会人が宣言した。
幸いにも、もちろん勝負師の指輪の効果で致命傷を免れ、坂巻の技量と応急処置の心得もあって、勝元はすぐ快復した。
「畜生、酔ってなけりゃ……」
ボソリと勝元は世迷言。
――素面でもあの姿勢と実力では、俺に勝ててはいない。
坂巻はそう言いたいのをぐっとこらえた。
彼は一騎討ちとその代行の専門家。他の勝負師を育成したり、範を垂れる立場ではない。
仮にそうだったとしても、勝元のような者は絶対に弟子にしたくはない。
代わりに言ったのは倉だった。
「勝元さん、あの内容でその一言はアカンと思いますで」
彼は撮ったばかりの動画を、腕組みしながら観ていた。
「いくらなんでも、ワイにはあなたの勝ちは、どうコンディションを調整してもありえへんかったと思えます」
直球である。
揉める種だからちょっと控えてほしい、と坂巻は思ったが、しかし正論でもあったので、言いたいようにさせることにした。
なにより、自分が言いたいことをそのまま他の誰かが言ってくれるのは楽だ。責任を取らなくて済む。
少しばかり邪な考えだった。
「ふん、勝手にしろ。もともとガキの土下座なんて興味もねえ」
「ならそれで頼んますで、勝元さん」
この男、言質を簡単に取られて、どうやら頭も貧弱なようだ。
それはそうと、坂巻はあくまで冷静に釘を刺した。
「一騎討ちの条件は守っていただきます。今後、施設とその土地には不当な干渉をしないと約束していただけますか」
「やってやらあ……いや、ぜひそういたします」
坂巻がにらんだところ、勝元はわずかにひるんで言い方を直した。
勝元がふてくされつつ帰ったところで、施設長が頭を下げた。
「今回は本当に助かりました。なんとお礼を言っていいのか」
忘れていたが、少年もニコニコしている。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
戦うことで通せる正義もある。
「いえ、私はこれが仕事ですので。もし地主さんが約束を反故にしたり、また挑んでくることがあれば、いつでも遠慮なく相談にいらしてください」
プロとしての自覚と、ふさわしい返答。
「ありがとうございます! 今日は施設の職員でちょっとしたお祝いを開きたいと思います。坂巻さんたちもどうですか?」
「いえ、私は色々ありますので」
坂巻は内心嬉しかったが、内々のお祝いに参加するのも気が引けた。
それに彼らはまだ高校生。いくら一騎討ち代行が未成年にも認められているからといって、飲酒がありうるところに、「未成年の」「勝負師が」行くわけにもいかなかった。
「お気持ちだけ、ありがたくちょうだいします」
「おお、真面目なお方だ、やはり頼りになる」
「……おっと、こんな時間ですので、事務所の閉店処理などもありますし、まずはお暇します」
坂巻はやんわりと、角が立たないように告げると。
「おお、申し訳ない、せめてお見送りいたしましょう。みんな!」
結局、彼らは施設の職員と子供たち全員に「さよーならー!」と手を振られた。
悪い気はしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます