第13話

 他方、増山は独自に、九十九那須が抱えているかもしれない何かについて調べていた。

 しかし進捗はよくない。

 どいつもこいつも、なぜ口を頑なに閉ざすんだ!

 当時、その機密任務の遂行にあたっていたであろう社員は、大半が今も社内にいる。

 当然、増山も彼ら彼女らに事情を聞きに行ったのだが……。

「悪い、その話は面倒だからあとでな」

「個人的に、それで話すことはないよ」

「いま忙しい」

 皆、なんやかやとやり過ごす言葉を並べて、誰も、誰の命令で、何によって、何があったかについて語ろうとしない。

 自己保身。明らかに保身である。

 そして保身を図るということは、逆説的にとんでもないことをしていたであろうことを推測させる。

 もしかしたら、本当に作馬暗殺説は正しいかもしれない。

 彼が悶々としていると、上司の衣畑が呼んだ。

「増山、ちょっと十四番の小部屋に来れるか」

「はっはい」

 彼は言われるがまま、衣畑の後をついていった。


 開口一番。

「何かかぎ回っているようだな」

 牽制。またも皮肉気味に、何かがあったことが強く推測される。

「なんのことですか?」

 とっさにしらを切る増山。

 まさか自分が知らないふりをする側になるとは思わなかった。

「ほう。他人にはむやみに機密を聞いて回るのに、自分はとぼけるのか」

 そして、きっとこのことは社長の那須容堂にも伝わっているのだろう。

 増山をとがめる衣畑が知っているということは、そのずっと上の社長も、何か後ろ暗いことをかぎ回っている彼の存在に気付いたに違いない。

「まあいい。お前の探し回っているのは機密だ。これ以上深入りすると、機密規約違反で処分を検討しなければならなくなる」

 他人の暗殺の真相が懸かっているのに、処分をするのか。

 増山はもはや確信した。暗殺説はきっと真実に限りなく近い。

 局面は転回した。もはや実際にあったという前提で動き、どうやって証拠を収集し公表するかを考えて動くしかない。

「私は特に怪しいことはしていないつもりですが、分かりました、行動には気をつけます」

 すらすらと流れる欺き。それは正義のために。暗殺などという不条理を、最後には白日の下にさらし糾弾するため。

 危険などもはや知ったことか。こんな犯罪企業の中での地位など蹴飛ばしてやる。おそらくは商売のために人を殺すような職場など、こちらからごめんだ。転職でも何でもしてやる。

 真相を暴いたあとにな!

「本当に分かっているのか」

「もちろんです。出しゃばった真似はしないよう気をつけます」

 彼はあくまでも神妙な表情を取り繕いつつ、その魂を強く燃え上がらせていた。


 ある日、坂巻事務所に客が来た。

「はい、こちらへどうぞ」

 パソコンの画面とにらめっこしていた犬飼と綾島が、同時にあいさつをする。

「……こんにちは」

 おずおずと、多少警戒しながらもあいさつをきちんと行い、ぺこりとおじぎ。

 客人は、まだ幼い少年だった。


 とはいっても、大人が同伴していないはずがない。

「伝手をたどって、こちらの事務所が良いと聞きまして、うかがいました」

 少年は孤児であり、真の依頼人は児童養護施設の施設長だった。

「ようこそ、いらしてくださいました」

 坂巻も頭を下げ、名刺に目を通す。

「しかし児童養護施設『白樺ワイワイ』の施設長さんですか。拝見したところ、一騎討ち代行には縁が薄そうなお立場ですが、まあ、まずはお茶でも飲んでゆっくりお話をお聞かせ願えますか」

 犬飼が緑茶を持ってくると、深刻そうな表情をした施設長は一服し、少しだけ落ち着く。

「ありがとうございます。実は……」


 内容を要約する。

 今回の勝負相手は大人の勝負師である。具体的にはその辺り一帯の地主であり、たまたま用があって白樺ワイワイに来ていた。地主いわく、孤児側は俺の腕時計をバカにしやがった……そうで、たいそう怒っている。

 施設長は事実を少年に確認したところ、確かに少年は、実際悪趣味なデザインだった彼の腕時計をバカにした。しかしそれは地主側が先に施設長を罵ったからであり、反撃にすぎないと少年は言った。

 実際、これはちょっとだけの反撃であり、事案全体を見れば地主側が悪と思われる。

 また、地主は土地転がしと手を組み、大人の汚い陰謀を巡らしていたとされる。施設に来たのも、その土地を収奪し、転がして利益を得るためだったようだ。

 地主はあくまで相手に、施設長ではなくその子供を指定し、自分はあくまで正当な怒りをもって一騎討ちを挑むのだと建前を整えている。

 なお、交換条件は、地主が勝てば子供が一日中土下座を行い、施設長側が勝てば地主を施設から出禁にすることとなっている。


 あらましを聞いた坂巻は。

「それは災難でしたね。一般の方にはなかなか縁もない一騎討ちを挑まれて、おつらかったでしょう」

 まず最初に同情を示した。

 何度も述べるが、一騎討ち代行とは、どちらかというと非日常である。いや、勝負師や事情通の間ではごく当たり前の日常であり、一騎討ちによる条件交換はいつもの「取引」の一種なのだが、それは業界内の話であり、一般人にとっては、例えば訴訟を弁護士に頼むような段の高さに感じられたはず。

 いつものことなのは、坂巻側にとってだけなのだ。

「しかし……」

 だが、どちらかというと不戦主義の彼としては、どうしても言いたいことがあった。

「今回は確かに地主が横暴で、お辛いことだったとは思いますが、勝負師の持ち物を、たとえ実際におかしくても馬鹿にするというのは、あまりいただけません。今回のような紛争を安易に招くこととなります。特に腕時計やアクセサリーは、ご存知とは思いますが自尊心を形にしたものの場合が多いですからね」

 釘を刺す。

 焦燥している依頼人に追い討ちをかけるような格好にはなるが、戦いを避けたがる彼からすれば、どうしても注意しておきたいことであった。

 一方、施設長もそれは首肯する。

「確かにおっしゃる通り、こちらが不用心ではありました。すみません」

 依頼人が充分に反省しているのを見たあと、坂巻はうなずく。

「まあ、それでも地主側がもろもろの事情で悪人なのは、お話をうかがう限り違いありません。我々としては、力を振りかざす輩との一騎討ちを代行することに、なんら異議はありません」

「本当ですか!」

「はい」

 いくぶん不要なことをしたとはいえ、今回は子供を守り、施設長の懸念を吹き飛ばし、もって地主に一撃を与えることに、彼は大いに賛成だった。

 正義とは、身の回りの正しさから始まるのだろう。

「ただ、いくつか取り決めることがありますので、お話を詰めましょう」

 彼は、動画撮影のこと、報酬のこと、相手の情報を聞き出すことなどを頭に思い描いた。


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