第12話

 とはいっても、まだ一騎討ち代行の事業は立ち上げたばかり。

 倉が動画を配信したとはいっても、視聴者の大半は他人事であり、広告的な効果を発揮する相手に動画が届いているかというと、簡単には判断できない。

 坂巻たち三人とも、動画では別経路で、それぞれの伝手をたどって仕事を探してはいるものの、そう迅速に事が運ぶものでもない。これは前にも述べた。

 ではどうするか。

 高校生の使命、つまり勉強である。

「あの、坂巻様」

 綾島がおもむろに頭を上げて問う。

「なんだ?」

「あなたはなぜ勉強を頑張るのですか?」

「えっケンカ売ってるの?」

「ち、違いますわ」

 彼女はぶんぶんと首を振る。

「あなたほどの勝負師なら、勉強に充てる時間を修業とか戦闘の鍛錬とかに充てたほうが、より将来が明るくなる気が……したりしなかったり……」

 声が小さくなっていく。

「いや……坂巻様は充分にお強いですわ。頭もそこまで悪くない。ですけど、一番向いているのは何か、といえば、いまのところ学問よりは勝負師の生業ではないかと。それを伸ばすべきではないかと」

「なるほど。確かに経験の積み重ねは、勉強より戦闘のほうが大きい気がするな」

 坂巻はペットボトル飲料をぐいっと飲む。

「ただ、勝負師ってのは戦いの連続だから、いずれ衰えるときは来る。体力だけでなく魔力とかも絡んでいるから、ピークがいつなのかは個人差が激しいけど、場合によっては衰えて廃業に追い込まれるおそれも、まああるだろう」

「そうですの?」

「そうだ。そのときに、高卒と例えば大卒では、代わりに取れる道も違うんじゃねえかな。……まあ、その歳になるころには中途採用だから、もう学歴は関係ないかもしれないけど」

 彼はシャーペンの芯を繰り出した。

「綾島は勝負師だし、犬飼も一応戦う力はあるみたいだけど、どっちもせっかく格別に頭がいいんだから、お前らは俺よりも勉強したほうがいいかもな」

「まあ、わたくしは成績以前に六条門財閥を継ぐ立場ですけれど……」

「お前自身が継ぐのか、婿をもらうとかは?」

「父母は政略結婚には反対の立場ですの。まあ、その、坂巻様が――」

「僕はどっちつかずだな。坂巻みたいに傑出した腕っぷしでもないし、学問も綾島ほどではない。まあ普通に勉強するしかないよね」

「乙女の恥じらいを途中で切らないでくださいまし!」

 言って、彼女は持っていたパポコアイスを勢いよく切り離した。

「お、庶民のアイスの扱いも様になってきたな」

「順調に庶民慣れしてるね」

「複雑な気分ですわ……」

 そもそも浮世離れしたお金持ちの暮らしは、むしろ教育方針で父母が許さないのですけれど、と彼女はつぶやいた。


 その後、結局事務所の営業を終え、綾島は入口に鍵をかけた。

「じゃあな、二人とも」

「僕たち、三人とも帰り道が違うからね。ここで手を振らないと締まらない」

「わたくしも退勤いたしますわ。ごきげんよう」

 坂巻と犬飼、二人がそれぞれの帰路についたあと、綾島は独り思う。

 ――今日の坂巻様は、少しだけ私に興味を持ってくださいましたわ。

 それだけで彼女の頬が緩む。

 興味を持っただけではない。本日の坂巻は、綾島から勉強を教わり、頭がいいというようなことを言ってくれた。

 いつから坂巻へのこの思いが始まったかは分からない。ただ、高校入学当初から、何か傑物の空気感を有しつつも、無口で何か物憂げにしていた彼は、強く印象に残っている。

 その後、六条門財閥の調査力を通じて、……ストーカーのようではあるがともかく彼について調べた彼女は、どうやら勝負師業界の有名人に師事していたという情報を得た。

 きっとその辺りから、彼の本当のまぶしさを見たに違いない。

 それからというもの、彼女の中で彼はキラキラと輝いていた。

 口数少なく何かを思う彼を、彼女は笑顔にさせたいと思った。

 いつの間にかではあるが、順を追って、純情は始まっていた。

「ふふ」

 さらに頬が緩んだ彼女は、塾帰りと思しき小学生に気持ち悪がられながら、雑踏へ向かっていった。


 一方、犬飼も坂巻とその事務所の行く先、そして自分のあり方を、住宅街の街灯に照らされ、歩きながら考えていた。

 姉、海妃と坂巻の師匠である作馬は古くからの友人のようで、そのつながりで犬飼は中学校入学のあたりに彼と出会った。

 そのとき、犬飼は悟った。

 きっと自分は王佐の人にすぎず、自ら頂点を目指すのは不可能なことだと。

 坂巻が作馬の一番弟子だということもあるが、なにより犬飼が得意としていた魔力の感知により、皮肉にも彼の実力を、その卓越ぶりを、誰よりも正確に把握してしまった。

 しかし犬飼は同時に、彼と競う道ではなく、彼の不得意を補う道もあるということに思い至った。

 みたところ坂巻は、何者かによる強力な認識阻害状態にあったが、それは日常生活や一騎討ちを行う上では大した問題ではなかった。戦いに直接関連したり、日々の生活に邪魔になる認識阻害ではなかった。

 しかし、彼は戦いにおいて限りなく最強に近く、精神も鋼のそれを有していても、それ以外は普通の青年というべき人間だった。

 一騎討ちに関する法の構造は、作馬が多少は教えたようだった。しかし学力や社会の知識は、劣っているとは決していえないが、普通の若者と変わるところがなかった。

 犬飼は、だから、決意した。

 彼の頭脳となり、彼の顧問となり、自分のちょっとした知恵を彼のために役立てると。

 もちろん犬飼も、のちに出会った綾島と比べては、経理や税務といった専門的な知識について一歩遅れている。

 しかし綾島は、勝負師の実力を除けば、事務方のスペシャリストとはいえても、坂巻に広く道を示すブレーンとするには少し足りない。

 犬飼はまだ、事務所に存在する余地が充分にある。

 坂巻が鍛錬と激戦の末に、作馬や姉の理想を果たせば、一騎討ち代行としての事務所はいずれ畳むことになる。

 しかし勝負師の生業は一騎討ち代行だけではない。そして彼が新たな生業の道に進んだとき、犬飼は再び彼を助ける立場となることだろう。

 道は決して暗くはない。

 彼は柄にもなく、鼻歌を歌いながら、公園前の街灯を通り過ぎた。


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