第11話

 少し経って、坂巻事務所。

「倉さんが配信した動画、結構人が来ているみたいだね。良かった」

 犬飼が事務所のパソコンで、先日の一騎討ちの動画を観ている。

「そうみたいだな。だけどこの盛り上がり、大半が倉さんの知名度のおかげじゃないか?」

 坂巻は頭をかいた。

「まあそう言わない。あぁ、事務所のサイトを作って、この動画を事務所のサイトから直で観られるようにしたよ。いまのところ、この動画が一番坂巻の実力を証明するものだからね」

「そうか? あの一戦は、相手が弱かったように思えるけど」

 彼は首をかしげる。

「認識阻害か……いずれは解決しなきゃだね」

「なにが?」

「いまの坂巻には言っても分からないね。認識阻害ってのはそういうものだよ。それにおそらく、掛けた術者も相当なものだ。……例えば作馬さんか、あの人と同格だと思う」

「あ、犬飼が坂巻様とイチャイチャしてる! 駄目ですわ男同士で!」

「こいつはこいつでひどいね」

 ついにこいつ呼ばわりされた、元悪役令嬢。

「庶民のバニラアイスでもあげるから、きみも自分のスマホで観たらどうだい。どうせ経理の仕事も早めのものはないはずだし」

「庶民のバニラアイス! 犬もたまには気が利きますわね!」

 悪役令嬢を追い払ったところで、犬飼は坂巻に向き直る。

「まあきみが認識阻害に自覚を持てないのは仕方がない。そういう魔術だし、きっと仕掛けたのはかなり腕に覚えのある魔術師だ」

「そういうものか」

「そういうものだよ」

 犬飼は深くうなずく。

「むむ。ところで新しい仕事は来そうか?」

「この一件で業界紙が僕たちに注目しているみたいだね。少しだけどオファーがある」

 しかし坂巻は腕組みをする。

「むむ、それ、仕事って言うのか?」

「対談記事とかになれば、まあ仕事といえなくもない。本業はあくまで一騎討ち代行だけどさ。そのうち倉さんも僕たちにインタビューするかもね。まだいまはそこまで一般と業界の注目度が上がっていないけど」

 インタビュー。

「いいな。俺は最終的な目標を忘れないつもりだけど、戦わなくて済む仕事で、しかも世間に面目を立てられるとなれば、興味はあるな」

「現金だね。まあいいけどさ」

 犬飼は「うちのボスは全く現金だ」と茶化した。


 坂巻たちは、忘れてはならないが、高校一年生である。

 いくら一騎討ち代行業が、未成年にも法的に可能であるとはいえ、彼らは高校にも通わなければならない。

 坂巻はある日の朝、目を覚ます。

「んん……」

 のそりと緩やかに起きる。

 彼の家は、父母がそろって海外赴任しているため、現在住んでいるのは彼一人。

 逆にいえば、生活上頼れるのは自分一人ということだ。

 彼はちょうど鳴った目覚ましを止めると、前日用意した朝食を済ませ、登校の準備を済ませる。

「行ってきます」

 彼は誰にともなくあいさつをすると、自転車に乗り、玄関の鍵を閉めて家を発った。


 倉の動画に顔出しでバッチリ撮られた彼は、高校でもちょっとした有名人である。

 いまさらだが、倉の動画を観ているのは業界人だけではない。

 メジャーなエスチューバーのように、誰もが見ているというわけではないが、一部のクラスメイトにも視聴されるほどには、倉は有名であった。

 もはや彼に一騎討ちを挑む人間は、少なくとも同じ高校では誰もいない。

「坂巻、おはよう!」

 教室に着くと、一部の生徒があいさつをする。

「おはよう」

 彼も答える。

 つい先日まで、坂巻の存在は、無視とまではいかないでも、クラスの三軍底辺として、ごく一部の人間を除き、誰も大して気に留めなかった。

 それが倉の動画に撮られたとたん、これである。

 ……いや、それを批判するのは違うな、と彼は考える。

 坂巻は単に倉の動画に映り込んだのではない。動画の主役として、その中心に収まり、戦いの様子を記録され、その「少しばかり華麗な」立ち回りを激写された。

 人気配信者の動画で、魅せるような「芸」を披露したのだから、クラスで注目度が上がるのも当然というもの。

 などとつらつら考えていると、元悪役令嬢が教室に入ってくる。

「坂巻様、ごきげんよう」

「綾島、おはよう」

 綾島は隣のクラスである。なぜ坂巻のクラスに来るのか、というのは無粋だろう。

 ともあれ以前、坂巻は綾島に、なぜ財閥のご令嬢がこんな普通の高校にいるのか、と問うたことがある。

 回答はこうだ。

「わたくしの家は、何事も庶民感覚を忘れないというのが家訓でしてよ」

「建前かな。実際は?」

「学力不足、とでもいわせたいのでしょうけれど、そういうわけでもありませんわ。残念!」

 彼女は統簿一級とゼネ法一級という、難しい資格を持っている。高校に入学するための学力が不足することはなかっただろう。

 とはいえお嬢様が、ただの平凡な公立高校に通っているというのは不思議である。

 きっと庶民感覚というのには、単に学費の問題だけではなく、本当に庶民の「感覚」を忘れないという目的意識があるのだろう。

 おかげで業界の俊英たる坂巻とつながりを持ち、とても一般人とはいえない感覚を有するに至ったわけだが。

 色々考えていると、犬飼も教室に着いた。

「坂巻、おはよう」

「おはよう」

 彼らの一日が始まる。


 ひたすら、高校にいる間は勉学に励む。

 特に高校に入ってまだあまり時間が経っていない彼にとっては、中学から一段、難易度が上がったように感じられる。

 努力してついていかなければならない。

 いまのところ坂巻の学力には、これといって問題はないが、油断していると高校の勉強にまだ慣れていない彼の成績は下がるだろう。

 特に放課後は事務所の活動に時間を割くから、そのあたりは他の生徒よりがっちりやらなければならない。

 幸いにも犬飼、綾島とも成績優秀なので、教えを乞うこともできるが、そうだとしても最終的に勉強して学力を上げるのは自分である。

 よい人に勉強を教わればそれで解決ということにはならない。

 彼はシャーペンをノートにひたすら走らせた。


 あっという間に放課後。

 クラスメイトの一人が声をかける。

「坂巻君、お前の事務所を一目でいいから見てみたいんだけども」

 友好的。少し前にはなかった光景である。

 しかし彼は答える。

「すまない、事務所は仕事場だから、商売に関係する人以外に見せるわけにはいかないんだ」

 申し訳なさそうに、というか、事実彼は申し訳がなく思っている。

 せっかくクラスのスクールカーストを上げる好機ではあったものの、それでも仕事とプライベートは分けて考えなければならない。

「そうか、それなら仕方ないな」

 クラスメイトもあっさり引き下がった。

 やがて人がはけると、犬飼と綾島がやってきた。

「坂巻、そろそろ事務所に行こう。今日の仕事ガチャは当たりかな?」

「ハズレのなしのつぶてだったとしても、まあ、まったりできるしな。そもそも一騎討ち代行の仕事なんて、やってみて気づいたけど、そこまでバタバタ忙しいものでもないしな」

「もっと倉さんの動画案件があれば、坂巻様の雄姿が拝めますわ」

 わちゃわちゃ言いながら、今日も彼らの「課外活動」は始まる。


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