第10話
そして一騎討ち当日。
かつて坂巻が泣き言を言いながら不良たちを叩きのめした河川敷で、彼は相手方の代行者と対峙する。
もちろん脇には、相手方本人がいる。見た目はごく普通の高齢者といった感じで、彼が尼子に一騎討ちのために散々嫌がらせをしたとは、外見だけでは分からないだろう。
しかし人間というのはそういうものである。容姿や雰囲気だけで性格を推し量ることは、往々にして無茶といえよう。
一方、相手方の代行者は礼儀正しく、明らかに年下の坂巻にも頭を下げる。
「今回は一戦、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
相手方代行者は、坂巻の素性……というか彼が作馬の弟子であることに特に言及しなかった。
彼は、坂巻が有名筋に鍛錬された精鋭であることを知らない、知ろうとしなかったのか?
おそらく答えは否。
予備調査は、あくまで可能な限りではあるが、業界の常識である。彼は坂巻が実力者であることを知っていて、うかつに言及しないで、その点に関しては沈黙を保ったのだろう。
実際、代行者はたまに苦い表情を見せる。坂巻の腕前を推し量っているのだとすれば、何も不思議な点はない。
一方、坂巻は相手方代行者のことを調べようとしたが、結局どうにもできなかった。
さて、現に対面した相手は自分と比べてどうか?
それはここではあえて詳しく語らない。しかし、彼が依頼を投げたりせず、すでに戦いの場に来ていること、彼が目の前の相手の実力を、予備調査が失敗してもおよそのところではあるが把握できることを踏まえると、おのずと坂巻が相手方代行者に対してどう思っているかは、推測できるというもの。
閑話休題。
ひとしきりあいさつを終えた関係者たち――動画撮影の倉も含む――は、位置につく。
両当事者の合意で選ばれた立会人が、互いの代行者の呼吸が整うのを待ち、目で合図する。
「それでは、私の合図で始めさせていただきます。三、二、一、始め!」
坂巻事務所の船出は、勝利、敗北どちらで彩られるか。
言うまでもない。坂巻の圧勝だった。
とはいえ、彼はあえて一瞬では勝負を決しなかった。
なぜか……といえば、今回の戦いが動画配信されるためである。
この動画は、倉の作品であり、半分は彼の収益源であるが、同時に坂巻事務所の宣伝を兼ねるはずのもの。
一瞬で倒してしまうと、業界者にはその実力が伝わっても、依頼人となりうる一般人には、ただのつまらない動画と化してしまう。
だから彼は、あえてそこそこの長期戦を演出した。
攻撃より防御を重視し、相手の技術を引き出し、それらを力量差でいなし続け、適度に白兵魔術を撃ちつつ、充分に「坂巻は強い」というメッセージを込めたところで、腹に強力な貫手を叩き込んだ。
相手方代行者にとっては、なめた試合をされたことになる。しかし坂巻からみてこれは宣伝の一環なので、必要なことではあった。
とはいえなめた勝負であったことは確か。彼は心の中で相手方代行者に謝った。
一方、相手方依頼人は苦痛にゆがんだ表情をしていた。
「くそっ……無様な、樽本、どうして負けた!」
「申し訳ありません」
樽本と呼ばれた相手方代行者は素直に頭を下げる。
坂巻が業界では有名人であり、かなりの腕前が予想されることなど、樽本にとっては言いたいことが多かったに違いない。
そこを平謝り。坂巻は心の中でひたすら頭を下げた。
「ぐぐ……こんな高校生ごときに負けるとは」
「これに懲りたら、もう私に関わらないでもらえるかな、波佐間」
尼子が相手方の波佐間に話しかける。
「くっ、好きにしろ!」
「分かってくれればよい」
尼子は自分の依頼を引き受けてくれた若き代行者たちに対しても「今回は突然の依頼を引き受けてくれてありがとう、おかげでどうにかなった」と、最初の印象では考えられないほど、丁寧に礼をした。
社史室の資料を読んだ増山。
しかしさすがに、少し読んだだけで全容が分かるようにはなっていなかった。
わけのわからない記述やぼかした文章、隠語のようなものを使った論述が多く、まさに「分かる人間にしか分からない」資料となっていた。
だが、そんな状況でも増山が分かったことがいくつかある。
まず一つ。間違いなく、九十九那須は何らかの形で作馬の死に関わっている。
暗殺かどうかははっきりしない。そもそも暗殺ともなると事が大きすぎて、増山には想像もつかない。
それに九十九那須は一介の営利企業にすぎない。確かに作馬の理想は、一騎討ち関連企業の市場を狭めるものだったが、では一介の会社がそれだけで彼を死に追いやるのか、というと、いまの増山は大いに困惑せざるをえない。
次に、九十九那須は作馬の死に「根源」なるものを使って関与した……のではないか、ということ。
その「根源」がいったいどういうものか増山には分からない。何かを言い換えたものかもしれないし、彼の知らない世界にはそういう物があるのかもしれない。
また、「根源」がいかなる形で作馬の死を、おそらくは助長したのか、それも分からない。作馬は病死とされているが、その病気を「根源」が引き起こしたのだろうか。……と増山は考えたが、そもそも「根源」がどういうものか、前述の通り全く想像できないため、これもただの憶測の域を出ない。
分からないことだらけだが、しかし、同時に彼は細いながらも手がかりを得ることもできた。
作馬の死に関わった「根源」のことを知るであろう社員を幾人か特定できたのだ。
もちろん、これは社内的には、多かれ少なかれ機密に近い事項となるだろう。関係する社員に聞いたところで、果たして真相を余すところなく彼に語ってくれるかというと、彼にとって自信はない。
それに「根源」のあれこれには、現社長である那須容堂――当時から社長だったようだ――も関与しているという。
社長に属する案件であるとすれば、やはりそう簡単には関係社員も口を割らないと思われる。
だが、それだけで諦める増山ではない。
彼は、場合によっては業界に激震が走るであろうこのことについて、必ずや真相をつかむと決意した。
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本作をここまで読んでいただき、まことにありがとうございます。
本作はまだまだこれからというところですが、もし何か、いいな、と思うところがありましたら、どんどん星評価等をお願いいたします。
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