第9話
坂巻は心の底から言った。
「そのような事情で……本当に大変でしたね」
これは絶対に勝たねばならない。これが通っては勝負師の名が廃るというもの。
「全く大変だった。奴らは血も涙もない」
「念のためおうかがいしますが、相手は徒党を組みつつ、代行勝負師は一人なのですね?」
「そうだ。一騎討ちは全員分含めて一回だと言っていた」
相手方の悪質さも考慮すると、それさえ偽計の可能性もあるが、そうなれば今度は立派な条件偽装なので、一騎討ちの約束自体を破棄できる。
まあ、一騎討ちそのものの条件に関しては信用してもいいだろう。仮にそうでなかったとしても、坂巻なら連戦もたいていは勝てる。
「相手方の勝負師に関して、何かご存知のことはありますか」
「わからん。おれも勝負師の世界には疎くてな」
予想していた回答だった。
何度も言うが、一般人の多数派にとって、勝負師の業界は縁遠いもの。坂巻もそれは重々承知していた。
「なるほど。相手方は勝負師の世界について詳しそうでしたか?」
「それも分からん。ただ、波佐間の野郎は専属の勝負師を雇ってるようだから、全く知らないというわけではないのではないかな」
波佐間とは、今回の相手方である。
金持ち専属の勝負師。それなりの力量は見積もらなければならないだろう。
「そうですね。一騎討ちの日程などに関してはすでに取り決めていますか」
「いや、まだだ。君らに相手方と調整してほしい」
今回の依頼の中で、ほぼ唯一、願ってもないことだった。倉の動画収録などの調整がしやすいからだ。
「はい。……実は、私どもとしましては、一騎討ちの内容を動画にして広く配信したいと考えております」
「動画? いきさつはあまり広めてほしくないのだが」
尼子は少し困り顔。坂巻は説明を続けた。
「もちろん、いきさつなど個人的な事柄は公表しないつもりです。それは礼儀というものですし、私どもや動画視聴者には、一騎討ちの戦いの様子だけ伝わればそれで充分です。まだ私どもは活動を開始したばかりですし、その実力について広く宣伝をしたいのです」
「ほう。まあそれなら別にいいが」
「ありがとうございます。詳しくは倉という配信者……私どもを紹介した者ですね、にお話をさせますので」
彼はそう言って、「私が全力を尽くしましょう」と、尼子と握手した。
ひとまず尼子を見送った後、綾島は言った。
「意外でしたわ」
何が?
といえば、それは尼子の態度と経緯の違いである。
尼子が自分に都合のいいようにいきさつを盛っている可能性も、ないといえば嘘になるが、しかしあの老紳士はそこまで小賢しい部類には見えなかった。
彼が「対立の原因は妬み」といえば、字面では伝わらないまでも、実際に彼の様子を見てみれば、それが嘘や脚色ではないであろうことが伝わってくる真摯さだった。
「意外だったな」
態度が悪くても、悪人や非のある人間であるとは限らない。
当たり前ではあるが貴重な例であった。
ともかく。
「相手方の勝負師については、情報がほとんどなかったな。倉さんと相談して、もし余力があれば調査をお願いするのもいいかもしれない」
「そうですわね。ただ、倉さんはあくまで動画配信者ですから、探偵のようなことまではできないかもしれません」
「そうなったら俺たちで調べるまでだ。幸い、俺たちは全員、業界のコネクション持ちだから、網を張れば誰かは知っている……と思う……いや、やっぱり分からないか」
自信のない坂巻。
「まあ僕からも姉の伝手を引き継いで、一応情報を集めてみるよ。難しいけどね。どんなに坂巻が強くても、初見の相手になんの手がかりもなしで挑むのは、私的にはともかく、仕事でそうするのは不安もあるだろうからね」
綾島との試合のように、負けることで不利益をこうむるのが自分たちだけならまだいいが、依頼人から仕事として引き受けたものは、さすがに予備情報なしで挑みたくはない。
その辺りの認識を、彼らは共有していた。
「もっとも、分からなければ分からないで、柔軟にやるしかないよ。幸い、一騎討ち代行契約は勝利を保証するものではないから、負けること自体は契約違反ではないはずだけど」
「まあそうですわね。ただ、商売として、特に初っ端の立ち上げから負けが込むのはよくありませんわ。誰も依頼しなくなります」
「ごもっとも、その通り。僕たちは勝利のために手を尽くさなければならない」
犬飼は深くうなずいた。
「とりあえず網を張って聞いてみるか」
坂巻がスマホを取り出そうとすると。
「今回は事務所のメールでバーッと聞いてみるよ。主な人たちには事務所のこと、伝えてあるからね」
「いいな。仕事が早い」
「フフ。とはいえまずは倉さんが一番知ってそうだね。さてと」
犬飼はパソコンの前に座り、メーラーを起動した。
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