第7話

 内容はビジネスの話だった。

 とはいえペロチュッチュ倉原口から直接に依頼が来たわけではない。

「一騎討ち動画の配信許可か……」

 坂巻はしばらく沈黙。

「まだ代行の依頼すら来ていませんものね」

「それに動画配信には、当然だけど依頼人と勝負相手の許可も必要だね。まあこの人、これまでの配信実績があるから、許可を取る腕前自体は問題ないんだろうけども」

 犬飼は腕を組む。

「ちなみに坂巻は、一騎討ちを見世物にすることに抵抗は?」

 しかし坂巻は意外な回答。

「ないな」

「ほう。即答とは予想していなかったね」

 その心は?

 彼は続ける。

「一騎討ちは見世物うんぬんとは無関係に起こるものだ。こればかりは仕方ない。で、どうせ戦いは起きるんだから、せめて少しでも多くの人が楽しむことで、より意味のあるものになるんじゃないかな」

「そうかな?」

「そうに違いない。それに俺としても、まあ戦いは好きではないけども、お金を稼いだり知名度を上げなければならないからな。うみさんの療養費の足しにしたり、一騎討ち廃絶の声をより集めたりするために」

 彼は一切の屈託もなく、そう話した。

「廃絶のために一騎討ちをする……今更だけど矛盾に満ちているね」

「矛盾は何にでもつきものだ。論理だけでは世界は回らない。さて」

 彼はメールをスクロールさせる。

「まだ打診の段階だから詳しい条件は書いていないけど、見た感じ良い条件だな」

「僕たちを映した動画の収益を折半か」

「依頼人からのお金とは別に、収益の半分って結構な好条件じゃないか。それに書かれていないメリット……俺たちの知名度も上がるしな」

「ペロチュッチュさんの動画は、一般人もまあまあ見ているからね。業界内だけで有名になるのとはわけが違うね」

 犬飼は盛んにうなずく。

「でも、……意外ですわ」

「なにがだい?」

 綾島はやや遠慮がちに。

「坂巻様はかなり戦いを嫌がっておられる様子、でもこの商談にはだいぶ乗り気のようで、ご無理はなさっていませんか?」

 本気で懸念しているのが、坂巻には手に取るように分かった。

 だから明るく答えた。

「俺は、自分で言うのもあれだけど、信条とかそういうのに関してはだいぶ柔軟なほうだからな。俺としては、とりあえず最後に理想が叶えば、八割方は満足だ。手段を選ばないわけではないけど、信条に忠実になった結果、石頭になった勝負師を、師匠の人脈を通じて何人か知っている」

「そうですの?」

「ああ。まあ心配するな。俺は俺で、理想との帳尻を合わせるさ」

 彼はそう言うと、「しかしペロチュッチュ倉原口か」と、スマホでその動画を見始めた。


 その後、倉原口に返信をし、とりあえず実際に顔を突き合わせて調整に入ることにした。

 事務所の客間にて。

「改めまして、ワイは……ハンドルネーム、倉原口と申します。よろしゅう頼んます」

 倉原口は名刺を差し出した。

 そこにはペロチュッチュ倉原口とは書かれているものの、彼の本名は書かれていない。

「えらいすんまへんな、名刺も動画配信者としてのハンドルネームで統一しておりますんで」

 契約書は本名を併記しますからお許しなさってな。

 彼がそう言ったので、にこやかに坂巻は返した。

「いや、私としては一向に構いません。インターネットが主戦場の方に、本名をさらせということがいかに酷であるか、分かっているつもりですので」

「本当に申し訳ありまへんな」

 彼は頭をかきながら、恐縮している様子。

「しかし、私のことをどこでお耳に入れたのでしょうか。まだ依頼は一件も来ていないのですが」

「いやいや坂巻はん、ワイの情報網を甘く見てもらっては少し困りますなあ」

 倉原口はニヤリと。

「これでもワイは業界人の一人、あらゆるところに根を張っています。六条門財閥にも、『つくもなす』にも協力者がおりますんでな」

「つくもなす……株式会社九十九那須?」

 坂巻はつい聞き返した。

「九十九那須には私は特につながりがないはずですが。いや、コネクションをたどればいつかたどり着くのかもしれませんが、いや、うぅん?」

 倉原口はカラカラと笑い出す。

「その辺は秘密ですな。情報源の秘匿はこういう商売では鉄則でしてな」

「それは理解できます。そうでないと誰も話そうとはしないでしょう。まあ情報源を気にしていても始まらないですね」

「そうですな。それだけではないですが」

 倉原口はあごを一撫で。

「坂巻はんは業界でもちょっとした知名度は既にあるんですわ。あの作馬氏の一番弟子という話もありますし、聞いた話だと白兵魔術を使われるそうで。勝負師にとって白兵魔術は実力の証の一つ。逸材だと、少なくともワイは判断しました」

「白兵魔術の恐ろしさは、わたくしも感じましたわ」

 綾島が口をはさむ。

「事情があって、わたくしも坂巻と一騎討ちしたのですけど、結論からお話しすれば歯が立ちませんでしたわ。白兵魔術で一瞬で決められました」

「そうでしょうな。白兵魔術は対策が必要で、しかも熟練者には対策すら効果がないとワイも聞きましたでな」

「私にとっては数ある戦い方の一つにすぎませんが」

「それが才能の片鱗であるという話ですな、要は」

 倉原口は終始にこやかである。

「さて、配信の契約の話をしましょか」

「といっても、私は基本的に提示された条件に異議はないのですが」

 坂巻は契約条件のサマリーに目を通す。

「該当動画の収益の半分とはかなりの破格。それは分かっているのですが、全く別の懸念がありまして」

「なんでしょうかな」

「依頼人や勝負相手の説得は倉原口さん……」

「倉さんとでも呼んでいただけへんかな」

「倉さんに全面的にお願いしたいです。まあサマリーにも書かれてはいるんですが、我々は交渉についてはあまり経験がなく、素人に近いもので」

 坂巻が頭を下げると、倉原口は「なんだ、そんなことですかい」と答える。

「もちろんワイのほうでやらせてもらいまっせ。たいていの勝負師は、戦いのプロであって、こういった交渉のプロではないですからな。餅は餅屋というもの」

「ありがとうございます」

 坂巻はひたすら頭を下げた。

「大筋に異議がなければ、契約の詳細を詰めていきまっせ」

「そうですね。まずは――」

 全員が契約書の案に目を向けた。


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