第6話

 増山はある日、会社の社史室に用があって、一人で史料を探していた。

 よく社史編さん室は左遷部署だ、といわれるが、どうも最近は不況で左遷部署を持っておくような余裕もないとどこかで聞いた。

 そしてそれはどの企業も同じであるようで、一騎討ち関連からおもちゃ事業、食品などどの業界でも社史編さん室は縮小や廃止の方向にあるそうだ。

 まだ社史編さん室を、無人ではあるが維持している九十九那須は、とても特殊なのだろう。

 さすがに自治体の郷土史ともなれば、その編さん事業は決して不要でも左遷先でもないようだが、社史はそこまでの価値を持たないということか。

 と色々考えながら史料を探していたら、どうやら変なところへ迷い込んでしまったようだ。

 ここ、どこ?

 増山は涙目になりながら、出口を探す。

 と、何かが目に入った。

「ん?」

 思わず彼はそれに目をやる。

 その箱の名は「一騎討ち廃絶派への処置」。

 名前からではよく分からない。まさかネットでタレコミ者が書いていた、作馬暗殺説に関するものだろうか。

 触ってはいけない機密文書かもしれない。直感はそう告げている。

 しかしそれ以上に興味が湧いた。まるでそれが宿命であるかのように、彼の全てはその箱に吸い寄せられた。

 彼はその資料を手に取った。


 一方、坂巻たちは。

 倹約家とはいえ坂巻の勝負師としての未来に思うところがあったのか、ほどなくして六条門財閥から、小さな一軒家をあくまでも貸家としてだが、事務所として使ってもよい、とのお知らせが来た。

「おお……!」

 三人が現場へ行ってみると、そこには果たして、三人が作業をするのにちょうどいい、小さな建物があった。

 中へ入る。

「お、この建物、WiFi備え付けかあ!」

 置かれていた説明書を読んで、犬飼が興奮したように言う。

「パソコンもあるな。ソフトは……会計、スケジュール、メーラー、六法、ビデオ通話。一通り事務に必要なのがそろってるみたいだ、この解説書きによると。あとでじっくり読む必要があるな。この建物の術式防御も、読み取った限り充実している」

「セキュリティもいいね。鍵もさっき見たけど、あれは簡単には合鍵を作れない種類だった。金庫もあるし」

 しかし唯一不満げなのが。

「冷蔵庫が小さいですし、キッチンも狭いですわ。電子レンジがあるのはいいですけれど、本格的な料理は作れそうにないですわね」

「え、綾島、料理作れるの?」

「いえ全然。でも坂巻様に手料理とか憧」

「はい論外。そういうこと言うなら、キッチンに文句をつける前にスキルを身につけよう。……イデデデ!」

 彼女は犬飼の耳をつまんだ。

「中古住宅をリフォームしたみたいだけど、ほぼ新築に見える。事務所としてはこれで充分だと思わないか」

「そうだね。機会があれば、綾島の一家にお礼を言いに行きたいね」

「うふふ、わたくしに大いに感謝してくださいまし、特に犬っころは!」

「はいはい」

 六条門財閥からの思わぬプレゼントに、調子の上がる三人であった。


 とはいえ、開業したばかりの坂巻事務所に、すぐに人が来るわけもなく。

「まるで放課後のたまり場だね」

 犬飼が和室でゴロゴロしながらのんびりと。

「もう少しピリッとなさいませ。ここは坂巻様の仕事場なのですよ」

 そう言う綾島も、アイスクリームのパックをチューチュー吸いながらくつろいでいる。

「君がそれ言う?」

「わたくしは坂巻様の唇をチューチュー吸う練習をしていますわ。六条門財閥にとって坂巻様は貴重な人材。こうやって唇を吸う練習もいつか、わたくしたちのエースを射止めるのに必要になります」

「はいはい笑った笑った」

「笑うところはありませんわ」

 二人の会話が途切れる。

「……それにしても、開業しているのに閉店状態ってのはムズムズするな」

 坂巻はボソリとつぶやいた。

「まあ、一騎討ちは始まったら結果が出るまですぐだからね。開始して戦って決定打を撃てばすぐに勝敗が明らかになるっていうか」

「とはいえ、仕方がないことと思いますわ。坂巻様とそのお師匠様の関係者も、犬のコネクションも」

「犬て」

「犬のコネクション、というか『うみさん』がらみのコネも、わたくしの個人的なネットワークも、それぞれのすることの合間に、依頼人探しを呼びかけているはず。投げたボールは、すぐには跳ね返ってきません。仕事とはそういうものなのでしょう」

 綾島が分かったようなことを言う。

「じきに仕事がワッと来ますわ。だって主力が坂巻様ですもの。それまでつかの間の休みを楽しみましょう」

 彼女は品の良い微笑をする。

「……と言っていたら、なんか来たみたいだ」

 犬飼がパソコンの画面を見る。

「どれどれ。……メールだ。……ペロチュッチュ倉原口、ってあの勝負師系のエスチューバーじゃないか!」

 彼がすっとんきょうな声を上げる。

「ペロ……お名前はうかがったことはありますわね。そんなに有名なお方ですの?」

「そうだな。俺は会ったことはないけど知っている」

 犬飼に代わって坂巻が口を開く。

「期待の勝負師にインタビューしたり、一騎討ちに密着取材して動画にしたり、色々やっている動画配信者だ。一見ふざけているように見えるけど、業界をなんとか一般人に忘れられないように努力している、立派な人だと思う」

「その方ご自身は勝負師ではありませんの?」

「少なくとも代行業は自分ではしていないし、彼自身が戦う動画も見たことがないな。けど業界に貢献しているのは確かだ。外の世界とがっちりつないでくれる」

「この業界、そんなに特殊なんですの、私、自分の活動ばかりで業界のことはそれほど詳しくありません」

「特殊だね。何かを取引したり、信念を懸ける重要な手段の一つなのに、一般人はなかなか自分からは参加しない。代行に頼むどころか、そもそも挑むのも挑まれるのも、どちらかといえば避ける傾向がある、気がする」

「むむ」

「俺は個人的には、戦いは嫌がられるぐらいがちょうどいいと思っているけど、それはそれとして一騎討ち代行の市場が狭いのは、まあ困るわな」

 坂巻は「どれ」とメーラーの画面を見た。


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