第4話
本社で増山は、坂巻についてインターネットで調べていた。
しかしなかなか情報が見つからない。
もともと勝負師などというものは、代行業など職業にしている者を含めて、基本的には表舞台に出てこないものだった。
中にはテレビなどに出て業界の代弁をしてくれる貴重な勝負師もいる。だがたいていは、たとえ凄腕であっても、業界の外へはなかなか進出したがらないし、その武名は業界の内側でのみに留まるのが常だった。
動画配信サイトにすら、現役勝負師はあまり出てこない。勝負師を追いかける専門のチャンネルもなくはないし、特に「ペロチュッチュ倉原口」のチャンネルは業界内ではかなり有名で、著名勝負師の一騎討ちの生配信やインタビューなども行っている。一般人の視聴者もいるようだが、一騎討ち代行に縁遠い人からすれば、おそらくだが存在自体知らないだろう。
これは困ったな、予備調査ができない。
あきらめかけた増山は、しかしわずかな言及を見つけた。
作馬という非常に腕の立つ勝負師が生前行ったパーティー。その出席者の中に、当時十歳ほどだった坂巻の名前が、ほんの少しだけ出ていた。
これは成果か、とにわかに目を輝かせた増山だったが、すぐにその輝きは消えた。
坂巻に関しては、パーティーに参加した以上の情報がほとんど出てこなかったのだ。
作馬は坂巻を「一番弟子」であると評し、インタビュアーに自慢しているが、本当にそれ以上の情報がない。
強いていえば作馬が一騎討ち廃絶論に共感しており、インタビューでも盛んに訴えていたらしい。そして別のサイトの情報だが、のちに作馬は原因不明の病気により他界しているようだ。
惜しい人を失ったな。
増山は軽い喪失感に浸りながら検索を閉じようとした。
が、気になる記述を見つけた。残念ながら坂巻ではなく作馬に関するものだが、彼は目が離せなかった。
掲示板「ノンスパチャド」。その片隅でひっそり進んでいたスレ。
いまでも細々と続いている「【業界のレジェンド】故・作馬氏について語るスレ」である。
匿名のタレコミマンを称するその投稿者によれば。
作馬の病死は、一騎討ち存続派が仕掛けたものであり、故意の殺人である、と。
だが、増山はにわかには信じられなかった。
作馬が病気で健康を害していたのは間違いない。しかしたまたま、例えば暗殺と病気の時期が重なっていたのだとしても、業界屈指の使い手であり魔術もできる作馬がやすやすとやられるとは思えなかった。
一方、この情報を信用できるのは動機面だけである。確かに作馬は一騎討ち廃絶派たちの旗頭の一人として、声を大きくして活動していたのは間違いないし、それを推進派が嫌がっていたのも明らかな事実だ。
ただ、だからといって「故意の殺人」でわざわざ排除するだろうか?
リスクが大きすぎるし、作馬の病気が判明してからはなおさら、トドメをいちいち刺しに行く必要はない。重い病気が発覚した時点で、政治的な活動者としてはもはや死んだも同じ。無力化は既に成っていると考えるのが通常である。
とはいえ。増山はとりあえず、そのような声がある点に留意することにした。
ひるがえって坂巻。
放課後、さらなる会議のために学校近くの喫茶店「デュエリスツ・ラック」に立ち寄った彼と犬飼は。
「ごきげんよう坂巻様。ところでわたくしと一騎討ちしてくださらないかしら?」
お高く留まった美しきお嬢様に一騎討ちを挑まれた。
彼女の名前は綾島という。
犬飼はしばらく口を開けたあと。
「ヤブから棒にいきなりなんだい、綾島」
名字呼び捨てなのは、綾島が一言でいえば変人だからだ。
その妙な「活動」と特異な出身、お嬢様言葉の珍妙さで、さん付けしないのがいつの間にか定着したのだ。
大人しくしていれば、その容姿といい学力といい、余裕でクラスの「一軍女子」になれたはずだが、彼女の場合はあまりに変わり者で、二軍三軍の座に甘んじているという。
「聞きましたわ、スタッフを探しているのでしょう、坂巻様が勝てば協力して差し上げますわ」
お嬢様は、ふふん、とすましてみせる。
この麗しき彼女は、この辺りでは有名な悪役令嬢である。繰り返す。この辺りでは有名な悪役令嬢である。
悪役令嬢といっても、ライトノベルに出てくるような転生者ではない。そもそもこの世界に転生の概念はない。魔術をもってしてもそれは不可能だといわれている。
彼女がそう言われる所以は、彼女の生まれと素行にある。
この近辺で綾島といえば、六条門財閥を率いていることで有名な一族である。財閥の経営はきわめて多角的であり、赤ん坊のおもちゃから老人ホームなどの運営まで、実に手広くやっている。
一騎討ち関連の商品にも手を出しており、現役勝負師の用いる道具には、六条門グループの品も結構多いようだ。
そして彼女の素行。素の性格がワガママで強引なのに加えて、最近は治安活動と称して、不良や迷惑勝負師に積極的に一騎討ちを挑み、約束を守らせて更生や排除をしていると聞く。
一見良いことのようにみえるが、その「治安活動」も少々偏っており、財閥に有益な勝負師を見逃し、財閥の邪魔になるが悪とはいえない勝負師に挑戦したり、あるいは作馬や「三軍ネクラ高校生」の悪口を言っただけで他に悪いことをしていない勝負師に、お仕置きをしたりしているらしい。
なお、彼女はその美貌と、胸部のスタイルの良さでも校内では有名である。
もっとも、おそらくは彼女の工夫により、普段はその胸部を目立たないようにしているようだが。
「悪い話ではないはずですわ」
「そうはいっても、綾島一人に何ができるんだよ……僕たちと同じ高校生でしょ……」
盛大にため息をついた犬飼に、しかし坂巻は考え直す。
「いや……これはいい機会だ。一騎討ちを検討しよう」
「え……!」
あからさまに変な顔をする犬飼。
「六条門財閥から、経理、税理、契約検査ができる人材を貸してもらえれば、当面の懸念は去るんじゃないか?」
「ふふふ、そこに目をつけるとはさすが坂巻様ですわ。その辺の犬飼とはお目が違う」
「なんかやだなあ」
名指しで面罵された犬飼は困り顔。
「ち、ちなみにわたくし、その、あの」
「どうした」
「えーとその、わたくしですべて解決できますわ」
「そうだろうな。六条門財閥に貸し出せる人材がいないとは思えない」
「そうではなくて、乙女の恥じらいというか」
「え、どういうこと?」
一向に話が分からないので、およそ十五分のやり取りを要約する。
綾島は経理寄りの経営者を目指して教育を施された令嬢であり、統合商務簿記一級とゼネラル法務検定一級の資格を有し、税理、法の実務、契約の検査の方法などを長年財閥を支えてきた偉大な事務方に師事している。
また、万一綾島で解決できない問題があっても、凄腕の弁護士や税理士とつながりがある。
「すごいな。特に統合商務簿記一級とか字面だけですごそうだ、どうだ犬飼」
「すごいなんてもんじゃない。統簿一級とか、税理士志望者が通過する資格だよ。ゼネ法も、一級は法科大学院レベルだ」
「おお、それはすごいし俺たちの需要にもピッタリだな。そういえば綾島は勉強のできるほうなんだよな」
「入学してから校内成績一位を守り続けていますわ!」
フンス、と音が聞こえてきそうなドヤ顔。
せっかく美人なのにな、とわずかに坂巻は思った。
「坂巻様、わたくしに申し込むのはいまをおいて他にありませんわ。ちなみにわたくしが勝ったら、わたくしを坂巻様がなさろうとしている事業の代表に任命してくださいまし。噂を聞きましたわ、要するにフリーランスの勝負師代行なのでしょう?」
「ああ。それにしても代表か。まあ俺としては業界で地位を築きつつうみさんの治療費が捻出できればそれでいいから、代表は別に誰でも。犬飼も実際そうだろ?」
「……一つ思ったんだけどさ。この一騎討ち、どっちが勝っても綾島は」
「犬飼ィ!」
「ひっ悪役令嬢!」
「とにかく、お互いにとって有益な取引と考えますわ。そうではなくって?」
「お互いにとって? やっぱり綾島は」
「犬飼ィ!」
「ひい!」
彼女は一つ咳払いをした。
「そもそもわたくしが挑む相手は坂巻様ただお一人。犬飼に口を出す権利はありませんわ」
「とはいえ、犬飼は貴重な仲間なんだけどな」
「いや……僕は異存ないよ。かなりピッタリな人材だ。相手は悪役令嬢とはいえ、坂巻を昔から見てきている僕からみて、綾島に負けるとは思えないし」
そこで坂巻はぐいっとアイスココアを飲んだ。
「というわけで、一騎討ちの申込みに承諾する。戦うのはいまからか?」
「いまでも一向に構いませんわ。ちょうど近くに綾島家の私有地がありますし、お父さまの許しも得ています」
行きましょう、と華やかな笑みを浮かべながら、まるで大切な人を導くかのように彼女は彼の手を取った。
「あぁ茶番茶番」
なぜか犬飼はぼやいていた。
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