第3話

 なんのために?

 もちろん、海妃のためにでもある。療養費を少しでも援助できるように、また稼いだ金で少しでも完治の方法を探ることができるように。

 しかし、それでも海妃が快復できない場合は。

「俺がうみさんの志を、代わりに果たします。一騎討ちの慣習を廃絶する。うみさんも、そして俺の師匠もかつて夢見た、その理想を、俺が現実のものとします」

 犬飼姉弟は目を見開いたが、言葉は発しなかった。

「そのためには、皮肉ですが勝負師として地位を築くことと、当然ですがお金を稼ぐことが必要です。ちょうど俺は勝負師として生きるのが、影響力を得るのにいくぶん効率的です。俺は自分が強いなんて全く思っていませんけども、勉強して政治家になったり、社会活動家としてそれを目指すよりは、可能性のあることだと思っています」

 静寂。

「俺はうみさんと師匠の道を継ぎます。懸念があるとすれば、一騎討ちをなくすために一騎討ちを戦わなければならないことですが、志のための戦いなら、きっと師匠も草葉の陰で許してくださることでしょう」

 再び静寂。

「道が険しいことは分かっています。それでも俺は、うみさんと師匠……作馬さんの目指したものを、今度こそ実現します」

 静寂……を破ったのは犬飼海妃の弟、犬飼康比斗だった。

「なるほど。決意のほどは分かったよ。僕にとっては姉の挫折だから、そういう話なら僕も協力させてもらうよ。勝負師としては坂巻ほど上等なほうじゃないけど、裏方としてなら頑張れる」

「ありがとう。俺としても信頼できるお前がいると心強い」

 言うと、海妃もうなずく。

「君が背負うことはない、と言おうとしたけどやめた。君にとっては作馬さんの夢を継ぐことでもあるからね。いや、それだけじゃない、一騎討ちの慣習に疑念を持つ勝負師は、決して少なくはない。君自身も戦闘は好きじゃないってわかっているしさ」

「ありがとうございます」

「礼を言うのは私のほうだよ、坂巻君」

 彼女は感慨深げに微笑む。

「成長したね、坂巻君。もう小さい頃の君じゃないってことだね。君をここまで成長させた作馬さんも偉い。君自身も偉い。みんなすごい」

「もっとも、稼いだお金で俺も美味しいものをたまには食べます。自分のためにもやるのでないと、きっと長続きはしません」

「それもそうね。フフフ」

 ここに、一人の勝負師代理人の伝説は始まった。


 しかし問題は山積している。

「さて、作戦会議だ」

 放課後、すっかり生徒たちが離れた教室で、最強の勝負師とその裏方が話す。

「まず、僕たちは未成年だけど、それは問題にならない。一騎討ち関連の事業は、もちろん一騎討ち代理業を含めて、未成年でも完全に適法に行える。これは坂巻も知っていると思う」

 もう三十年ほど前になるが、かつて一度に早熟の天才が多く現れた時代があった。これを活用すべく国が勝負師業等の要件を緩和し、今に至る。

「ああ、知ってる」

 もっとも大きな企業は、慣例的に、未成年の勝負師を内部に取り込むのを避けることが多いと聞く。これについては坂巻は詳細を知らない。きっと諸々の不都合があるのだろう。

「で、思ったんだけど……僕たちだけじゃスタッフが足りないと思うんだ」

 犬飼は正直だった。

「実動の仕事人は、きっと坂巻だけで充分だ。君ならどんな勝負師が相手でも勝てる」

「そうか? 俺以上の勝負師なんて結構いそうな気がするけどな」

「まるで認識阻害を受けているみたいな自己評価だね。まあここは僕を信じて、実際に一騎討ちを行うのは君一人で充分だ。代理依頼でパンクしない限り」

「そういうものか」

「そういうものだよ。で、だ」

 犬飼は順序だてて話し始める。

「いまのところ僕たちは二人だけのチームだ。坂巻を中心とした自営業だと言ってもいい。つまり、普通の企業と違って、おそらく人事部署は要らない」

「そうだな。いまの規模なら人事は要らないように感じる」

「うん。そしてもう一つ、たぶん広報や宣伝も僕たち素人でもなんとかできる。仕事の性質上、たくさんのお客さんに物を売り込むような商売じゃないから、重要性はおそらく低い。業界内でうまく立ち回れれば、きっとそれで足りる」

「パッと思いつくのは、業界新聞や業界誌に接近したり、なんとかして業界的に目立つ業績を挙げたりとかだな」

「そうだね。それにきみはあの作馬さんの一番弟子だ。そこから伝手をたどれば、依頼人を獲得したり、業界メディアに取り上げてもらうことはそんなに難しくないと思う」

 そこで一拍置いて。

「だけど、法務と経理は必要そうだな」

 坂巻はぼそっと言った。

「その通り。細かく分けると、契約の検査と簿記、そしてできれば税務関連の手続だ。法務は法務でも、訴訟の処理とか法律相談は、必要になったときにだけ弁護士に依頼すればいい。インハウスロウヤーとかはまだ必要な規模じゃない。というか、一騎討ちに関する法の知識は、坂巻は結構詳しいんじゃないか、作馬さんがそう言っていた記憶がある」

「そうだな。師匠からはそういうことも含めて教わっていた。となると契約の検査と簿記、それから税理だな」

 まさか準備の段階でこうも難しくなるとは思わなかったぞ、と彼はぼやいた。

「まあまあ。税理は最終的には、税理士さんに頼むこともできる。お金はかかるけどね。重要度が高いのは契約の検査と簿記会計だよ。とはいえ、最近は会計のパソコンソフトは高性能らしいし、契約検査についても僕たちが自分で勉強することもできなくはないけど。坂巻も一騎討ちの関連する法理については、作馬さんから一通り教わったみたいだから、きっと契約検査もある程度はできるはずだし」

「最近は契約の検査とかのハウツー書籍もあるって聞いたな」

「そうそう。でもまあ、専門のスタッフが欲しいところではあるね。どうやって集める?」

 しばらく沈黙したのち。

「そういう人材を知っていそうな人に一騎討ちを挑んで、勝って紹介してもらうとか」

「脳筋だなあ」

「あのな。俺は勝負師なんだ。効率を考えても、それが実際手っ取り早いと思うけども。戦うのが嫌、で済ませられるものでもないし」

「でも、もうちょっと平和的にいかないかな。僕たちと一緒に仕事をする人なんだからさ」

「それは、そうだな」

「ハァー、誰かがパッと現れてササッとどうにかしてくれないかなあ」

「仮にそれができるバッチリな人材が、例えばこの南東第一高校にいたとしても、そういうスキルがあるって情報はなかなかつかめないだろうしな」

「勉強と部活動以外の特技って、なかなか分からないよね。それはそう」

 早くも壁に直面した二人。

 それを偶然、物陰で聞いていた者がいたことを、この時点の二人は知らない。


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