第2話
不本意な戦いを終えた後、坂巻はある病院、というか療養所を訪ねていた。
「犬飼。おお、いた」
彼は幼い頃からの親友の名を呼んだ。
「あ、坂巻、来てくれたのか」
「ああ、道中、邪魔があったけどな。遅れてすまん」
「邪魔? 一騎討ちでも挑まれたのかな?」
犬飼は彼を見回す。
「着衣の乱れも、汚れもない。返り血も見られない。けど、戦いがあったのは分かるよ」
「どうして?」
「魔力の名残だよ。身体にわずかに魔力が残っている」
彼は、坂巻が不良に殴られた箇所を指差す。
「とはいえほんのわずかだ。よっぽど効率的に防御に魔力を回したんだろうね」
「普通だ。これぐらいなんて」
「普通ねえ。色んな意味で普通じゃない気がするけど。まあいいや」
犬飼が病室を示す。
「いつものところに僕の姉さんがいるよ。ぜひ会ってやってよ」
「そうさせてもらうけども、その前に渡すものがある」
彼はカバンからクリアファイルを取り出した。
「一騎討ちを挑まれたときに、お金を条件にした。これを療養費の足しにしてくれ」
「おお、坂巻、いいのかい、いつも色々お金を稼いでくれてすまないね」
彼はしかし、およそ半分を返した。
「でもこれは君が、君自身の力で勝ち得た金だ。君もこのお金で何か美味いものを食べる権利がある。そうは思わないかい」
「それはそうかもしれない。けどこんな金額は、すぐにささいなものになる」
「……どういうことだい?」
いぶかる犬飼。
「いつまでもこんなはした金じゃいけない。決めたんだよ。これは当事者……海妃さん本人にも聞かせたほうがいいな。三人で病室で話そう」
「まさか」
「まあ急ぐな。とりあえず病室に行こうぜ」
彼はへらっと軽く笑った。
帰社した増山は、すぐに広報課へ向かった。
「加瀬、とんでもないのがいたぞ」
「いきなりどうした」
加瀬は広報課の主任である。ちょうど広報に使える勝負師を探しているところだ、と増山は聞いている。
「勝負師だよ。さっきまで川小田市に行っていたんだけども」
彼は、目撃した高校生に関して、興奮を抑え嘘偽りなく、脚色もせず、あくまで客観的に語った。
「一対三でそんな余裕綽々だったのか」
「ああ。不良の側は全く彼に有効打を与えられなかったみたいだ」
言って、彼はプリンターにスマホを無線接続し、手帳の写真を出力した。
「これがさっきとったメモだ」
「おお、ほう、むむ」
加瀬はしきりにうなずいたりうなったりしている。
「なるほど。こいつがどれだけ強いか、このメモだけでも伝わってくる。逸材だな」
「だろう」
「しかし」
加瀬は自分のあごをなでる。
「川小田市だとまずいんだ。あそこではすでにリーンノルト社と契約している。他のとなると被ってしまう。江戸市ならよかったんだが」
「そうなのか」
「それに、この坂巻君、まだ高校一年生なんだよな、このメモによると。その辺も気になる。しかも本人の知名度はいまのところゼロに近い。俺が知らなかったぐらいだからな。いくら強くても、知名度がないと外部広報としては難しい」
「そうか……」
落ち込む増山。加瀬は見かねてフォローする。
「とはいえリーンノルト社の連中よりは、はるかに強そうだし、地区被りも例外がないわけではない。とりあえず選択肢として保留しておくことにするよ」
「おお」
「貴重なタレコミ、決して無駄にはしない。特に知名度の問題は、きっとすぐに解決する。こういう猛者が、何も結果を出さないでいるとは思えないからな」
「そうだな、そうだな」
「とりあえず礼は言うよ。情報提供ありがとう」
「ふふふ、どういたしまして」
言うと、「お邪魔しました」と弾んだ声で、増山は自分の課へと戻っていった。
犬飼海妃。坂巻の親友の姉。有名だった勝負師で、それにもかかわらず一騎討ちの廃絶を強く主張してきた人物。
一時は一騎討ち周りの政治にも深く食い込んでいて、若くして、かの危険で弱肉強食を背負う慣習、そのものと戦ってきた偉人。
しかしいまの彼女は、満足に外出することも難しい、原因不明の病気にむしばまれている。
緩和方法はある程度分かっているが、完治させる手段はまだ発見されていない。
「ああ、坂巻君、よく来たね」
彼女は微笑むと、ベッドからゆっくり起き上がった。
「うみさん、寝たままでいいですよ」
「そうもいかないよ。せめて坂巻君には礼を尽くさないと。世話になっているんだし」
坂巻に「うみさん」と呼ばれたかつての女傑は、いつものように穏やかに坂巻を見る。
「さて、何か話があるんだろう」
「どうしてそれを?」
「顔がいつもより引き締まっている。いや、坂巻君は緩んだ表情をなかなか見せてくれないけど、それにしてもいつもと違う顔つきだ。なにか決心をしたのかい?」
坂巻は静かにうなずく。
「さすがはうみさんだ。なんでもお見通しですね」
「おだてるのはいい。まずは結論を聞かせてほしいな」
「そうですね。……俺は」
彼は静かに告げた。
「一騎討ち代行の勝負師として、少しでもお金を稼ぐことにしました」
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