激闘の不戦主義者――最強の闘士が、理想と折り合いをつけながら一騎討ちを引き受ける物語
牛盛空蔵
第1話
住宅街の近くにある河川敷。その橋の陰。
開放的な場所ではあるものの人通りは少なく、誰かに見られることもないだろう。
そこに三人の、一見して非常にガラが悪くて面倒な感じの男子高校生と、対する一人のやたら物静かそうで友達少なめに見える、そのクラスメイトがいた。
「今日金ねえから、少し貸してくれよ。『一騎討ち』の条件でいいからさ」
ガラの悪い生徒が言う。
「一騎討ちか……俺、戦いたくないんだけども」
「まあまあ、そう言わずに」
「それに一対三だ。三連戦をするのか?」
「その通り。俺たち三人だからよ、三人が金を借りるにはそれぞれ挑むしかないんだわ。一騎討ちには詳しくなさそうだが、分かるだろ?」
友達の少なそうな――もとい冷静男子高校生は、うつむきがちにつぶやく。
「俺は、あまり戦いたくない。せめて一人が代表して、三人分の利益を懸けてやるわけにはいかないのか?」
言うと、ガラの悪い三人は笑い出す。
「ハハハおもしれえ。一騎討ちは過程も含めて一騎討ちだ。簡単に利害を一人に託して代表させたんじゃあ弱腰すぎる」
「そういうものか……?」
「そういうもんだ。分かったら『勝負師の指輪』をはめろ。時間稼ぎは嫌いだ」
ガラの悪い高校生が言うと、冷静高校生のほうはしぶしぶ。
「ちなみに俺が勝ったら、そうだな、お前たちの有り金を全部譲り受ける」
またも不良側は大笑い。
「できもしない勝ちを想定するのか、お前本当におもしれえな。……本当に、腹の立つほどおもしれえよ……!」
殺気立つ不良に、気づいているのかいないのか、彼は頭をかきつつ。
「俺には金が必要なんだ。少しでも金策をしたい」
「……へえ、よくもまあそんな挑発ができたものだな。完全にこれは分からせてやらねえとな」
その瞬間、ほんのわずかな所作だが、冷静男には、一番奥にいる不良が何かを察知したように感じた。
しかしそれはどうでもいいこと。
「合図は俺が出す。……三、二、一、はじめ!」
戦いの火蓋が切られた。
この世界の日本では、一騎討ちが慣習化されている。最初の公的な一騎討ちが始まって五十年。もはやすっかり、半ば日常と化している。
一騎討ちを行う者は「勝負師」と呼ばれ、そのほとんどは魔力を身体に帯びさせる。これを魔力体術という。
魔術を使える者もいるが、通常は詠唱に時間がかかり、一騎討ちには実用的ではないため、ほとんどの魔術師は生産的なことにのみ魔術を用いる。
ともかく。
一騎討ちは形式的にはあくまで慣習だが、勝った場合の「要求」は事実上の拘束力がある。事前に提示する要求を守らないと、世間の信用や人望を失うのだ。
なお、法はこれをある種の慣習法として取り込んでいる。例えば過失による一騎討ち死亡事故は原則的に免責されることとなる。
そして不良が言及した「勝負師の指輪」。普通はこの指輪をつけて一騎討ちを行う。身につけている者同士の致命的な攻撃を肩代わりするものだ。もっとも肩代わりは「致命的」なものにとどまり、命にはかかわらない負傷は、例え重傷でも勝負師は覚悟しなければならない。
この世界は、勝負師たちの勝敗に少しばかり彩られていた。
わずか十分。
不良三人のうち二人は全身に「丁寧に」重傷を負って倒れ、残る一人、リーダー格は冷静男子――坂巻に手足の骨を折られた挙句、襟首をつかまれている。
「……こうなる気はした」
リーダー格はぼそりと漏らした。
「坂巻、お前は終始、一騎討ち初心者を装っていたが、一瞬だけ空気が針のようになっていた。只者じゃないな」
「俺は戦うのが嫌いな、ただの三軍高校生だ」
三軍とは、要するにスクールカースト最下層である。
「嘘をつくな。……いや、お前の様子、本当にそう思っているようだな。まさか誰かに認識阻害の魔術でもかけられているのか?」
「単にお前たちが俺より弱かっただけだろ」
「まあそう……だが……いや認識阻害……?」
リーダー格はどうにもいぶかっているようだった。
「認識阻害の使い手が稀なのは分かっているが、しかしどう考えても」
「いちいちおしゃべりだなあ。……だけど俺は本当に戦いが嫌いだ。頼む、どうか降伏してくれ」
坂巻が促すが、彼はうなずかない。
「俺は、こんな仲間たちではあるがグループのリーダーだ。仲間を全員ボコられて、俺だけ降伏するなど、できない。こいつらを無視して一人だけ無事でいることはできない」
「そこを曲げて頼む。俺は本当に、本当に、少しでも戦いを避けたいんだ……」
泣きそうな目で坂巻は懇願する。
「それが『師匠』の教えだから、師匠に師事したことの証だから」
「想像以上に重い事情があるようだな。だができない。俺には一人だけ許しを請うたりはしない」
不良はきっぱりと断る。
「そうか、なら仕方がない。だけど覚えていてほしい。俺みたいに戦いが嫌いな人間がいること。泣きながら最後の一撃を加える人間がいること」
「俺には事情が分からないが、お前のお願いは分かった。さあ、やれ」
坂巻は「これだから戦いは……!」と言うと、「少しの」魔力を乗せた拳を、不良の顔面に叩き込んだ。
不良の勝負師の指輪は、粉々に砕けた。
一対三、もとい三連戦をものともしない謎の冷静系高校生の戦いぶり。それを偶然見ていた人物が、一人だけいた。
営業マンの増山である。
ただの営業マンではない。一騎討ち関連の商品を開発し卸す企業、そのルート営業の男であり、自身も勝負師の経験がある。
この増山という男、河川敷が好きだという奇特な人間であり、たまたまこの周辺のショップに新商品を紹介し卸す業務のついでに、一人で川の風景を楽しんでいたのだ。
とはいえ、さすがは一騎討ち関連の社員であり元勝負師、ふと見た先で行われていた一騎討ち、もとい圧倒的な力による蹂躙に興味を示さないわけがなかった。
動きのキレが違う。落ち着いた三軍のような男子は、一人目の不良が最良の時機に全力で最善の箇所に攻撃を加えたにもかかわらず、充分な余裕をもって回避した。きっと彼にとってその攻撃は、ハエの止まるような速度で、豆腐すら壊せない無力の戯れに見えたに違いない。
それだけではない。実際に二人目の不良が真に全力を込め、彼に宿る魔力を全て乗せて放った拳を、彼は防ぐ体勢すらとらないで棒立ち、微動だにせず受け止めた。怪我をした様子どころか、服を汚すことすらできていなかった。
一方、彼の攻勢はきわめて苛烈であり、何かゴチャゴチャ、なぜか泣き言のようなことを言いながら、彼にとってわずかであろう魔力で、二人の不良をしたたかに打ち据えた。相手たちは骨が折れているような様子だった。なお魔力の流れを感じ取った限り、三軍男子は魔術も使えるようであった。
ともあれ、これでも三軍男子は全力ではないと思われる。怖い話である。
三人目、リーダー格のような不良は、二人よりは善戦した。が、それでも根本的に格が違った。
リーダー格は一騎討ちの経験も、歳のわりに豊富なようで、その分だけ攻撃も回避や防御も、確かに優れていた。きっとこの市内で大会を開けば、ベスト・エイトには入れるだろう。
だが冷静男子の前では、その力も無いも同然だった。彼の魔力体術は全く通用せず、結局は前の二人と同じような一方的な戦いにしかならなかった。
終わり際、やはり冷静男子が何か泣き言を言っていたようだが、増山にはよく聞こえなかった。
彼らの会話は聞こえなかったものの、そこは優秀な増山、河川敷を味わうための双眼鏡を取り出し、冷静男子の名札を確認した。
どうやら坂巻という高校生のようだ。制服を頼りにスマートフォンで調べたところ、彼がどの高校に通っているかも絞り込めた。
これは間違いなく逸材である、自社の広報に使ってもよいほどだ……と彼は考えた。不良のリーダーもなかなかの男ではあったが、坂巻はさらに別格である。
あとで広報に情報提供をすべきだ、と思った彼は、状況等を素早く手帳に書き込み、念のためそのページをスマホで撮影した。
こういう収穫もあるから寄り道はやめられない。彼は上機嫌でその場を後にした。
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