番外編 黒猫と五十鈴屋の夏休み
番外編 黒猫と五十鈴屋の夏休み 1
一日目。
蝉が騒いでいる。
「あぢー……」
ぐでえ、と裕昌が机に突っ伏している。その横で同じく、少女姿の黒音も溶けているのだった。
「まさかクーラーが壊れるとは……」
五十鈴屋は築五十年を超える古民家である。それに加えて、家具家電のほとんどが使用年数十年超え。かつての家主だった老夫婦が買い換えてそのままなのだ。
今、その二人は老人ホームで悠々と残りの人生を謳歌している。裕昌が様子を見に行くと、これでもかと羽を伸ばし、逆に若返っていたまでもある。
閑話休題。
「最近の日本の暑さには、流石に古の知恵も敵わないか……」
「冗談抜きで熱中症になりかねん……」
裕昌と黒音が沈んでいる横で、ぱたぱたとうちわを扇いで二人に風を送る黒龍。黒龍は寒暖差はあまり気にならないらしい。一方で黒音は、あまりの暑さに毛皮が邪魔になり、人間の姿を取っているのだった。
今は扇風機も気休め程度にしかならない。ちりん、と風鈴の涼やかな音が鳴る。
「ひろ君こんにちはー」
「お邪魔しまーす」
いつもの聞きなれた声が三人の耳に入る。動く気力も見られない二人に変わって、黒龍が出迎える。
「こんにちは。皆さんどうぞお上がりください。主と黒音は今……あのように」
黒龍が苦笑して扉を開ける。菜海、晴明、不知火、雫は奥で死人のように動かない二人の様子を覗いた。
「ど、どうしたの?」
「この暑さ……お前、冷房もなしでよく過ごせてるな」
菜海と晴明が順に居間へ上がる。裕昌は力なく手をひらひらと振る。
「クーラーが壊れたんだよ。新しいのを買ったけど、予定が合わなくて五日後に来るってさ」
菜海と晴明は顔を見合わせる。この猛暑の中それは大変だ。
今の五十鈴屋はむわっと熱気が籠っている。氷でなんとかやり過ごそうと試みたようだが、努力空しく桶にはぬるま湯が溜まっている。
「そう言えば、二人ともどうしたんだ?」
「菜海から五十鈴屋も夏休みだって聞いて、どこか避暑地にでも出かけようかっていう話が出てたんだ」
「黒音ちゃんも黒龍ちゃんも一緒に、皆でグランピングでもどうかなって……」
「んあ?ぐらんぴんぐ?」
黒音が耳をぴこぴこと動かす。黒龍も聞きなじみのない単語に首を傾げている。
グランピング。それは何の準備もいらずにキャンプができる体験のことを指す。テントも寝袋も、バーベキューの準備もいらないという何とも気軽なキャンプなのである。
これなら宿泊用品を持ち込むだけで、黒音も黒龍も、不知火も雫も楽に参加できるだろう。
「あ。でも費用はどうするんだ?特に妖怪たち」
「それなら大丈夫。今回行こうと思っているのは区画制だから、一人でも大人数でも値段が変わらないの」
菜海の情報収集力に感嘆する裕昌。なんて用意周到。
「それで?裕昌たちはどうする?」
「ふっふっふ、そんなもの決まっているじゃないか」
裕昌と黒音と黒龍は、口をそろえて同じことを言った。
もちろん行くに決まってる。
蒸し風呂状態はもうたくさんだった。
二日後。一同は五十鈴屋に集合した。五十鈴家には老夫婦が使っていた車が残されている。
人間三人が乗るには十分な広さだ。
運転は免許を持っている裕昌、菜海が担当し、往復でそれぞれ交代することになっている。
行き道はグランピング施設を知っている菜海が運転し、助手席に裕昌、後部座席に晴明と少女姿の黒音、青年姿の不知火。晴明の膝の上にスライム型の奇妙な生物になった雫が。黒音は刀を持っている。黒龍である。
「銃刀法違反で捕まらないか心配なんだが……」
「大丈夫だ。徒人には視えないようしておくから安心しろ」
『はい!今、すっごく影を薄くしていますので大丈夫かと!』
刀から黒龍の無邪気な声が聞こえる。すごく影を薄くすれば視えなくなるものなのか?と裕昌は疑問に思ったが、こういうことは気にすると負けだ。黒音や不知火がいるなら大丈夫だろう。
「じゃあ出発するねー!」
エンジンをかけ、一行の車は五十鈴屋を後にした。グランピング施設に行く前に一つ寄る場所が。
「俺と晴明で買い出し行ってくるから、三人は留守番してて。何か欲しいものある?」
「ここから二時間はかかるし、飲み物とか軽食とか」
「私はお水をお願い」
「あたしはミルクティーで」
「俺はブラック」
「僕も菜海と同じく水で」
了解。と言ってスーパーに二人は向かう。
「黒音、ミルクティーなんて飲んだことあったっけ……?」
「意外だったな。っていうか、雫もあの姿なら水いらないだろ」
二人は買い物かごをカートに乗せながら会話する。昼前だからか、スーパーはそこまで混んでいない。晴明がカートを押し、裕昌が野菜や肉を吟味する。
「晴明は料理とかするのか?」
「うんまあ、手伝いくらいはたまにするよ。……本格的にやってたらおばあ様に怒られるんだけど。小さい頃は許されてたのに」
晴明が遠い目をする。裕昌は陰陽師も大変だなあ、とぼやく。
「晴明のおばあさん、って厳しい人なんだな……」
「厳しいというか、あれは人間じゃないというか……」
「……一体何があったんだ……」
「齢六歳くらいの可愛い可愛い孫を山に置き去りにして、鬼に化けて脅かすわ、修行と言って生身で雫と戦わせるわ、お前は和裁の才能がこれっぽっちもないから陰陽師に専念しろと容赦なく突っぱねるわ、木刀で容赦なく斬りかかってくるわ、最近はほぼ不可能に近い依頼をこっちに押し付けてくるわ、八十歳超えとは思えない言動を繰り返してるんだよ。俺は尊敬の念を込めて山姥と呼んでる」
これ以上ないほど饒舌に語る晴明を見て、よっぽどいじめられてきたんだな、と苦笑する裕昌だ。
「そ、尊敬で山姥……?」
裕昌が何とも言えない表情をしながらはにかむ。晴明は深く頷いた。
「尊敬してる。陰陽師としても、特に占の才能は御門家一だし、一応当主経験者だし、呉服屋の経営も任されてるし、元気すぎてあれは妖怪だね。老人の姿をした狐か狸か鬼だ。おかげさまで、暗い森に一人でいるのは今でも無理」
「と、トラウマになってる……」
御門家の家庭事情を垣間見れたところで、本日のお目当てである精肉コーナーへとたどり着いた。
「うーん、牛肉はハラミとタンと……お、ラム肉が売ってる」
裕昌はラム肉を手に取った。骨付きのかなりボリュームがあるものだ。
「うん。ラム肉いいな。あとは鶏肉と豚肉もちょっとずつ……」
ここは業務用系スーパーであるため、一つ一つがボリューミーかつリーズナブルなのだ。主婦のお財布にとても優しい。そしてここのラム肉は癖が少ないと口コミで見たことがあるのだ。
「晴明、あっちから海老とホタテとサザエ持ってきてくれ。俺はここでもうちょっと肉を見とくから」
「わかった」
晴明が鮮魚コーナーへ歩いていく。裕昌はその間に鶏肉と豚肉で悩んでいる。
「うーん……」
夕ご飯のメニューを思い浮かべる。せっかくのバーベキューなのだから普段は出来ないような料理にも挑戦してみたいところではある。
少しおしゃれに、厚切りベーコンなどはどうだろうか。これは朝ごはんでもいいかもしれない。そして。
「ももとむね1パックずつくらいで良いかな。チーズタッカルビは少量にする予定だし」
裕昌は選んだ肉類を入れると晴明のもとへ向かった。晴明も丁度すべて見つけたようだった。
「あとはどうする?野菜と肉と……」
「チーズと卵と牛乳と食パンと足りない調味料諸々、飲み物系かな……晴明はお酒ダメなんだっけ」
「うん。職業上ね。昔はかなり規制が強かったみたいだけど、今は別にって感じだな。でも御門家は基本飲酒未推奨」
雫曰く、酒とお金と恋愛は良くも悪くも人を変えるから気を付けるように、とのこと。お金と恋愛は精神を鍛えていればどうってことないのだが、酒に関しては体内から直接影響が出るため、陰陽師との相性はあまりよくないそうだ。
「じゃあ、皆ジュースで」
裕昌はオレンジジュースと炭酸飲料をかごに入れる。ノンアルコールのものを買ってもいいのだが、アルミ缶で重くなるのは避けたい。
さらにかごに必要なものを入れていき、レジへ向かう。大きめの買い物袋二つに詰め込み、裕昌は若干よろけながら車へ向かった。晴明は飲み物類を入れた重い方の買い物袋を持っているというのにけろっとした顔ですたすたと歩いていく。
ぐ。これが引きこもりと鍛え抜かれた者の差か……。
「お。おかえりー」
「ただいまー。はい、ミルクティーと水とブラックコーヒー」
晴明がそれぞれに飲み物を配る。裕昌が運転席と助手席の間に荷物を積み込んだ。裕昌はちら、と黒音の方を見た。ミルクティーを一口飲むと幸せそうなため息をついた。どうやら初めて飲んだらしい。
「さて、あとは向かうだけだな。お昼は泊る所の近くに美味しい海鮮丼の店があるらしいから、そこで食べようか」
「マグロ!」
「それは楽しみだね」
黒音がきらきらと目を輝かせる。雫もどこか楽しみにしているようだった。
「黒音はちゃんと帽子で耳を隠すんだぞ。見つかったら大騒動になるからな」
「可愛い麦わら帽子持ってきたから大丈夫」
何故か誇らしげに笑みを浮かべる黒音。まったく、その自信はどこから湧いて出てくるのやら、と苦笑する裕昌であった。
一行は無事、宿泊場所にたどり着くことが出来た。一度冷蔵庫に食料を入れて近くの海鮮丼屋まで再び外出。
満足して戻って来て、さあ一休憩、と腰を落ち着かせた頃だった。
裕昌は一人、キッチンに立っていた。
「さて。みんなが休憩している間に仕込み終わらせるか!」
「裕昌―。あたしも手伝うー」
黒音がやってくる。うん、頼んだ。と裕昌が黒音に声をかける。
「俺が食材を切るから、黒音は盛り付けとか下味付けを頼む」
「任せい」
裕昌はまな板を出し、包丁を取り出す。まずは野菜を切っていく。玉ねぎ、ピーマン、マッシュルーム、しめじ、ニンジン、キャベツ、さつまいも。
その間に黒音がスキレットやフライパン、食器などを取り出していく。
「スキレット何個いるんだ?」
「アヒージョとチーズタッカルビと……あと、玉ねぎのホイル焼きもしたいから三個くらい?」
「はーい」
黒音が裕昌の指示に従いながら着々と食器類を出していく。裕昌はその間に肉や魚介類の仕込みに入っていた。
「スキレットの一つに、プチトマトとキノコ類と、ニンニク、あと今切った海老とホタテとタコと……ホタルイカも入れといて」
黒音は言われたとおりに具材を入れていく。綺麗な盛り付けは流石ほむら仕込みというべきか。
「さつまいもはちょっとだけレンチンしといて。終わったら切ってあるキャベツと玉ねぎとさつまいもとニンジンをもう一つのスキレットに入れておいてくれると助かる」
「ん。こんな感じか?」
「いい感じ」
裕昌は鶏肉に火を遠し、それを黒音がいれたチーズタッカルビのスキレットに入れる。黒音は玉ねぎ一個をホイルに包み、それを三つ目のスキレットにいれた。
「よし……、あとは全部普通に焼くだけだから……」
「主、なにかお手伝いできることはありますか?」
黒龍がひょっこり顔を出す。
「お。ナイスタイミング。そろそろデッキの机とか椅子を準備してくれると助かる。晴明にも声かけて、火おこし手伝ってやってくれ」
「承知いたしました」
さて、と裕昌は目の前の料理をざっと確認する。
今日のディナーはバーベキュー。
ラインナップは次の通り。牛肉各種、エビ、ホタテ、サザエ、鶏肉、ソーセージ、野菜各種、アヒージョ(バゲット付き)、チーズタッカルビ、玉ねぎのホイル焼き。
これでも十分なのだが何かもう一品、そう思った裕昌は白米がまだであることに気が付いた。
「そうだ」
裕昌はラップを取り出すとおにぎりを手際よく作っていく。
そう、焼きおにぎりを作ろうと思ったのだ。あの香ばしい醤油の感じはこういう場でないとうまく出せないのだ。そういえば、味噌を塗っても良かったかもしれない。
「味噌を使うなら……次来たときはちゃんちゃん焼きなんかもいいかな」
などと既に次回のことを考えている。一方黒音は綺麗にバーベキューの食材を皿に盛り付け、満足げに頷いた。
「よし、こんなもんだな」
「すげえ……ほむら教えるの上手いなあ……」
「なんであたしじゃなくてほむ姉を褒めるんだよう」
「冗談。ありがとう、黒音。流石俺の可愛い黒猫」
「へへん。まあこのくらい朝飯前だ。もっと褒めてくれてもいいんだぞ」
裕昌は得意げな黒音をよしよしと撫でる。
ちょろい。ちょろすぎるぞこの猫又。
最近になって黒音の扱い方にだいぶ慣れた裕昌だ。黒音はとりあえず褒めて甘やかせば掌で転がすことができることを知った。以前のようにやいやい言い合いするのも楽しいのだが、定期的に甘やかさないと黒音が不満げにするのだ。
黒音と共に盛り付けた食材をテーブルに運んでいく。外では火おこしをしている晴明と不知火、食器類を並べたり、灯りを用意している菜海と黒龍と雫がいた。
「ひろくん、ありがとう。ごめんね、一人で任せちゃって」
「大丈夫だよ。菜海ちゃんはここまで運転してきてくれたから疲れてるだろうし、黒音が手伝ってくれたから早かった」
菜海が微笑む。裕昌は晴明と不知火ペアをちらっと見る。あの二人は蠱毒の件もあり、あまり仲がよろしくないと思っていたのだが。
「どうだ?そっちは火が付いたか?」
「もうちょっと扇いでもいいかもな。ああ、そんな感じだ」
協力して作業している二人を見て、裕昌は嬉しそうに笑みを浮かべた。仲良くやっているようでよろしい。
「ふふ、不知火も楽しそう」
「うんうん」
「菜海、晴明の保護者として君に感謝をしないといけないね」
雫が裕昌から残りの食材を受け取る。
「菜海が誘ってくれなかったら、晴明はきっとこういう体験をしなかったよ。ありがとう」
三人は晴明たちを見る。無事に火がついて一安心しているようだった。
「裕昌―、こっちはもう準備できたぞー」
「じゃあ焼いていくか」
裕昌が晴明の元へ歩み寄る。不知火が牛肉を盛りつけた皿を手に取って待機している。
「あれは少々、根を詰めすぎる気質だからね。こういう息抜きは必要だ。無邪気な姿が見れて僕も嬉しいよ」
「私は誘っただけで、決めたのははる君自身よ?私は何もしていないわ。……きっと、ひろ君との再会で何かいいことがあったのかしら」
菜海が優しい声音で語る。雫はその言葉に少し目を見張ると、小さく笑った。
「もしかすると、僕らは君たちのそんなところに救われたのかもしれないね。……菜海、もし晴明が悩んで、苦しんで、立ち止まってしまったとき、手を差し伸べてやってくれないかな。君の裏表のない、純粋でなんてことない言葉がきっと救いになると思うんだ」
雫はまっすぐに菜海を見つめる。言葉はそれだが、瞳は晴明の保護者としてでもなく、御門家の式神でもなく、真意を見透かす神そのものだった。それに怖じ気ることなく、菜海はしっかりと頷いた。
「もちろん。だってはる君は大切な友達だもの」
雫は苦笑して、全くこの子は。と感嘆するのだった。
「じゃあ、グランピング一日目、無事に到着できたことに乾杯!」
「「「「「「乾杯!!」」」」」」
チーン、とグラスが合わさる音が響く。各々皿に肉と野菜を盛り、好みの調味料をかけて堪能する。
「ラム肉うまあー!」
「ほむ姉に教えたら喜びそうだな……美味」
裕昌と黒音がもぐもぐと美味しそうにラム肉を頬張る。その様子を幸せそうに眺める黒龍。
「ホタテもいい感じに美味しい」
「じゃあ、私はサザエをもらおうかしら。不知火は何にしたの?」
「ハラミ」
不知火は味わって黙々と食べ進める。どうやら肉の方が好みのようだ。
「どれも美味しいね。やはり直火で焼くのは一味違うよ」
「雫様、そろそろ海老も焼きあがりますが、いかがですか?」
「お、いいね。貰う貰う」
黒龍が焼き立ての海老を雫の皿に入れる。
「黒龍、ちなみにどれが美味しかった?」
「そうですね……もう一度食べたい、と思ったのはタンでしょうか。触感も面白くて好きです」
裕昌は黒龍の成長に満足げだ。一同は歓談しながらあっという間に平らげる。人数も多いため、無くなるのはすぐだった。
「じゃあ、第二陣いくぞー」
黒音がスキレットと焼きおにぎり、バゲットを並べていく。バーベキューはまだ終わらない。キャンプならではのキャンプ飯代表格を食べずして初グランピングを終わらせることは出来ない。
ぐつぐつとアヒージョとチーズタッカルビが音を立て始める。
「うわあ……美味しいに決まってる……」
見ているだけでもよだれが止まらない。食欲をそそる香りと音がその場を満たす。
七人はしばらくの間食事と談話を楽しんだのであった。
その夜。裕昌は夜風に当たるためにひっそりと外のベンチで座っていた。
まだ一日目だというのに盛り上がりすぎて少々眠れなくなってしまったのだ。
夕食の後は全員でボードゲームを楽しみ、見事全員が不知火に打ち負かされてリベンジを誓う、という珍事件があったのだ。
いつもは、のほほんふんわりにっこり天使な菜海でさえ、悔しそうに口をとがらせていたのが印象的だった。けっ、大したことないな、などと煽る不知火に皆が文句を言う。
「もう、不知火ってば手加減っていうものを知らないのね」
「大人げないぞー」
「「「そうだそうだー」」」
菜海と晴明の言葉に裕昌と黒音と雫が同意見だと言わんばかりに抗議の声を上げる。
ちなみに、運で負けて2位だった黒龍は実力では不知火と拮抗していたため、勝者の余裕の笑みを浮かべて傍観していた。
裕昌はその時のことを思い出して思わず笑みを浮かべる。心から楽しいと思える時間を過ごすのはいつぶりだろうか。
大切な人たちに囲まれて、縁というものを感じた裕昌だった。
「こんな夜更けに何やってるんだ、お前は」
ふあ、と欠伸をしながら歩いてきたのは黒音だった。
「いやあ、興奮しすぎて眠れなくて……」
苦笑する裕昌の隣に黒音がよっこらせ、と腰を下ろす。眠そうに目を擦る様子はまるで幼子のようだ。
「明日はなんかアクティビティ?をするんだろう?早く寝て疲れ取っとけ」
「そう言われても、眠れないものは眠れないの」
黒音は裕昌の返答を聞いているのか聞いていないのか、裕昌に寄りかかって目を閉じた。おそらく姿が見えない裕昌を心配して探しに来てくれたのだろう。
「黒音こそこんなところで寝たら風邪ひくぞ」
「だいじょうぶー。裕昌で暖取るから」
「俺は湯たんぽか。というか夏なんだが」
すかさずツッコむ裕昌。黒音はとうとう、裕昌の膝の上に倒れ込んだ。
「裕昌もあたしを湯たんぽにすれば、お互い様。ということでおやすみー」
「そういう問題じゃなくてだな。あ、こら寝るんじゃない」
時すでに遅し。黒音は規則正しい寝息を立て始めた。裕昌は一つ嘆息してじっとっと黒音を見つめる。
「全く……誰が運ぶと思ってるんだよ……」
しかし、言葉とは裏腹に裕昌の表情は何処か優しげで温かだ。仕方ないなあ、とこぼしながら、すでに夢の中へ旅立った黒音を背負う。
割り当てられた部屋のベッドへ寝かせると、裕昌も布団の中へもぐりこんだ。
夏とはいえこの山の中は夜は涼しく、空調が効いているこの宿泊施設では少し肌寒い。
布団越しにでも伝わる温もりに、裕昌にも眠気がやってきた。
黒音が猫の姿なら抱えやすいのにな、などと思いながら目を閉じる。自分が思っていたよりも疲れていたのか、瞼を下ろせばすぐに眠りの波に誘われていった。
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