小話 黒龍と刀鍛冶達への親孝行
ある日。
「というわけで、親孝行をしに帰ってまいりました」
「どういうわけで?ってか俺たちは別にお前の親じゃない。欠けた部分は直してやるが」
烏丸が怪訝そうに眉を顰める。確かに打ち直しはしたが、親と言われるほど世話をしたかというと別にしていない。なんなら会ったのは打ち直しの際の一度きり。
「とは言われましても、主曰く……」
時は数日前に遡る。急遽、黒音がほむらの元へ手伝いに帰ることになった。
「なんでも大繁盛期らしくって、人手が足りないそうなんだ」
面倒臭そうに黒音は溜息をつく。その理由には裕昌と黒龍が2人きりになるのが不満だというのも入っているようだった。
それを読み取った裕昌が提案したのは。
「そういえば黒龍はその傷、直さないといけないだろ?烏丸と狐丸に挨拶してきたら良いよ。きっと喜ぶと思うなあ」
「なるほど……確かにあのお二人には大変お世話になっていますし……ちょうど良いかもしれませんね」
「……そういうことなら」
黒音が渋々了承する。裕昌も、じゃあ俺も親孝行しに老夫婦の二人に会ってこようかなー、と出かけてしまった。
現在五十鈴屋は全員留守である。
「しかしだな。気持ちはありがたいが、ここに来ても別にやることは…」
「おー!黒龍だー!おひさだー!」
奥から元気に飛び出してきたのは狐丸だ。狐丸はぴょん、と黒龍に飛びついた。慌てて黒龍は狐丸を受け止める。
「ご、ご無沙汰しております。狐丸様」
「うはー、すっごく美人さんになってるねー!こんなに綺麗で強い刀を直したなんて、丸も嬉しい!」
狐丸は小さな手で黒龍の頬をぺちぺちと触る。狐丸は本当に嬉しそうな笑みをこぼしている。
「今日はどうしたのー?裕昌兄やんはー?」
「申し訳ございません。今日は私だけなんです。少し傷の補修のお願いと、親孝行をしに帰ってまいりました。何か手伝うことがありましたら申し付けください」
やったー!と大喜びの狐丸。年相応の無邪気な少女のようだが、実際はしっかり成年済みの立派な大人である。
「あれからどんなことがあって、どんなことを知ったのか、丸にも教えてほしいなー」
「はい。……本当に沢山の事を知りました」
黒龍が今までの思い出を振り返り、その一つ一つを噛み締める。ああ、こんなにも暖かな思い出があるなんて、私は幸せ者だ。
「その前に、お二人にお土産を」
そう言って取り出したのは、いなり寿司とイチゴアイスだった。好物に狐丸は目を輝かせ、烏丸までもがじっとアイスを見つめている。
「……昼飯にするか……」
そして、誘惑に負けた一行はひとまず昼食をとるのだった。
いなり寿司とデザートのイチゴアイス、という異色の昼食をとり、黒龍は二人に今まで経験したことを話した。
「主の作るお料理はとても美味しくて……」
口を開けば主、主と裕昌のことばかり話している黒龍だが、二人のきょとんとした目を見て、慌てて自分の成長も話す。
「さ、最近は味というものを勉強中です!主やほむら様が作るものをなるべく理解して食べたいので、まずは基本的な甘味と辛味、苦味、酸味などから徐々に勉強中なのです」
「ほほう〜、ではこのおいなりはどんな味がするかね?黒龍くん」
狐丸がシャーロック・ホームズじみた言い方で黒龍に問う。黒龍は眉間に皺を寄せるほど真剣に考え始めた。
「これは……少しだけ酸味を感じます。いえ甘味ですかね。でも口説くない、角がないと言えばいいのでしょうか……、うまくご飯とお揚げと出汁が合わさって……」
「こら狐丸。黒龍を困らすな。こいつは純粋かつ真面目なんだからな」
烏丸がイチゴアイスを頬張りながら嗜める。はーい、と呑気に返事をする狐丸である。
すると突然、狐丸の耳がぴこーんと立った。
「はっ!親孝行ということは……丸が黒龍のお母さんで、兄やんがお父さん……つまり丸と兄やんは夫婦……!?」
「なんの脈絡もないし、お前と俺が夫婦とか一生有り得ないからな」
冷静に突っ込む烏丸。そのやりとりを黒龍は微笑ましそうに眺めている。その視線に気がついた烏丸は、じとっと黒龍を見た。
「な、なんだ」
「いえ、こうしているとまるで本当の家族のようだなと」
烏丸が照れくさそうにそっぽを向く。狐丸はにやにやと烏丸に視線を送っていた。
「ぶっきらぼうな父親と、お転婆な母親と、素直で可愛い娘、って家族構成がぴったりなのでは!?」
「うるさい。ままごとはごめんだ」
そう言って、烏丸は腕を組んで渋面を作った。狐丸は相変わらずご機嫌だ。わいわいと食卓を囲む様をみて、家族団欒とはこういうものなのだろう、と思う黒龍であった。
昼食後、少々二人の仕事を手伝い、夕方ごろにはやることが無いからもう帰れと烏丸に追い出された。だが、最後まで見送りを欠かさない点で、優しさがにじみ出ているのがわかる。
「ありがとうございました」
「調子はどうだ。刀の性質上、若干折れやすくはなってしまっただろうが……」
「問題ありません。絶好調です」
両腕でガッツポーズを作り、健康であることをアピールする。それなら良し、と烏丸は頷く。狐丸はぴょんと黒龍に飛びつくと、両手で黒龍の頬をもちもちと触る。
「いろんなことをいっぱい経験して、またたくさんお話聞かせてね!丸も兄やんも、いつでもここにいるから!」
「……っ、はい!」
黒龍は満面の笑みで答える。胸の中には本物の心の臓などないはずなのに、温かなもので満たされている気がする。こんな仮初の身体でも、温もりというものに触れることができるのだ。
「裕昌と火夜……黒音にもよろしくな」
「またねー!」
手を大きく振って別れを告げる。親孝行をしに来たというのに、大切なものをもらってしまった。
いつか、もらったものを返せるように。
そこには、両親のような二人と、敬愛する主も含まれているのだった。
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