小話 4、5、6
小話 黒猫と菜海、二人きり。
裕昌が晴明たちと妖怪退治に赴いている頃。病み上がりの黒音は裕昌の言葉通り、菜海に面倒を見てもらっていた。
昼間にひと眠りしたところ、これが大分体調がよくなった。そんなわけで、一階に降りて菜海と談笑していたのである。視えるようになった菜海とは人間の姿で会うのは初めてだった。
「黒音ちゃん、梅干しのおかゆを作ったのだけれど、食べる?」
「食べる」
そっけない返答に菜海はくすりと笑う。つんけんしているのが如何にも猫らしくて愛おしい。
菜海は鍋からおかゆをすくい上げると茶碗に注ぎ、ほぐした梅肉を混ぜる。
れんげと共に黒音の前に出す。
「熱いから気を付けてね」
「いただきます」
片手だが、手を合わせるときと同じ形にして礼儀正しく一礼する。
ふー、と息を十回ほど吹きかけ、適温まで冷ます。猫舌も困ったものだ。
もぐもぐと無言で、しかし美味しそうに食べる黒音を見て菜海は微笑んだ。
しばらくその時間が続き、ごちそうさまでした、と黒音が言うと菜海はお粗末様でした、と言って茶碗を片付け始めた。洗い物も一段落し、ようやく黒音と菜海は腰を落ち着けて話すことが出来た。
「……菜海は、裕昌のこと好きか?」
唐突な問いに、菜海は目をぱちくりとさせた。意外にもこの黒猫は恋バナ、というやつが好きなのか。
「うーん?ひろ君とは友達として好きって感じだから、黒音ちゃんの思ってる好きとはちょっと違うかも?」
「そうか。……それなら良かった」
ぼそっと呟き、どこか安堵したような黒音。そして何故かうんうん、そうだよな、と一人で納得している。
「黒音ちゃんはひろ君のこと、大好きだものね」
ころころと笑いながら菜海は言う。
それが図星だったのか、黒音の顔がぼん、と真っ赤になる。
「な、な、ち、ちち違うから!別にあたしだって猫と飼い主の関係で好きというか、相棒として好きというか!」
わかりやすい、と菜海は面白そうに笑っている。不知火もこれくらいわかりやすかったら良いのだけれど、と思う菜海だ。
常に不機嫌そうな目をしている白猫は感情を読むのが難しい。だが、基本周りには興味を示さないだけで菜海や裕昌の前では穏やかに見守ることも多くなったし、敢えて厳しくする面も多くなった。そういうときの不知火は心なしか楽しそうなのだが、菜海は本人には言わないでおこうと決めている。
言ってしまったらへそを曲げるに違いない。
「黒音ちゃんはひろ君のどんなところが好き?」
「え、と。や、優しいし、ご飯は美味しいし、変なところで気遣い屋だしネガティブになったりしてめんどくさいところもたまにあるけど、基本は根っからのお人好しだし」
うんうん、と菜海は聞いている。黒音はまんまと菜海に嵌められていることに気が付いて、すかさず話題を変える。
「……そういう菜海は、好きな人とか、恋愛対象の人とかいないのかよ」
「好きな人、か……私ももう二十歳を超えてるけど、好きな人とか、彼氏とか、いたことないのよねー」
それは意外だ。黒音は目を丸くする。菜海は抜きんでて綺麗とまではいかないが、万人受けしそうな柔らかな面立ちをしている。一人二人くらい彼氏がいてもおかしくはないと思っていたのだが。
「ずっと一緒に居たいと思える人がいつか現れるその時まで、気長に待つことにしているの」
菜海らしい返答だ。菜海の瞳はとても穏やかで幸せそうだった。黒音はそんな菜海を少し羨ましく思う。すると、菜海は黒音に興味で輝かせた眼差しを向けて問うた。
「黒音ちゃん。運命の人ってどういう感じ?」
「えっ、あたしに聞かれてもなあ……。あえて言えば、こう心にびびっと来る感じかもな」
「なるほど、心にびびっと……」
「目と目が合ったときに、目を離すことができないっていうのもあるかもしれない」
その時、扉が開いた。扉の前には裕昌たちが立っていた。黒音はいままで裕昌に構ってもらえなかったことを思い出し、ぶー、とふくれっ面になって頬杖をついた。
「おかえりなさい、みんな」
「裕昌遅いぞー」
「ただいま」
黒音の不満このうえなしといった様子に裕昌は苦笑する。菜海は裕昌の後ろにいる晴明と雫に気が付いた。
「あら、御門さんと雫ちゃんもいるのね。おかえりなさい」
晴明と雫は顔を見合わせる。
「た、ただいま……?」
「ただいまー」
困惑する晴明と呑気に雫が手を振った。菜海は平和な日常風景に幸せそうに微笑んだ。
そう、今は白猫がいて、友達がいて、黒猫がいて、妖怪たちがいて、今はそんな日々で十分なのだ。
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