裕昌と鈴鳴の陰陽師 6

◇       ◇         ◇


 御門家。表向きは呉服屋、本業は陰陽師。そんな家に久方ぶりの男児として生を受けたのが御門晴明だった。陰陽師として生きることを定められ、晴明自身も疑うことなくその道に進むことを決めた。幼いころから追いかけていた父親のように、強くなりたかったのだ。

 だが、知ってしまった。


「本当なのかしら……?」


「ふん、新手の詐欺にきまっている」


「この現代で妖怪だなんて」


「はるあきくん、へんなのー」


 陰陽師は現代では異物なのだと。妖怪が視える。本当にいるんだ。そう訴えても信じる他人はいなかった。むしろ離れていく人ばかりだった。

 だから、誰よりも賢く、聡く生きようと決めた。誰よりも知識を付け、相手の顔をよく観察し、警戒心を与えず近づく。妖怪退治の証拠は結局意味がないため、依頼主とはお金のやり取りだけ。本当に縋り付いてきた依頼主には優しく接し、速やかに対処する。隙を見せるな。素を見せるな。信用に足る他人など存在しない。家族、式神。それらだけでいい。

 だが、それもそろそろ疲れてきた。己をだまし続け、仮面をかぶった姿。これが本当に、俺がなりたかったものなのか?

 そんな自問自答に、嫌気がさしていた。



◇      ◇      ◇


「いつから気づいてたんだ?」


「違和感は最初からあったよ。まあ、最初の方は俺が人見知り発動して怯えてただけだけど……」


 晴明は苦笑した。


「怖がらせてたのか。ごめん」


 裕昌は一つ呼吸を置くと、晴明の目をまっすぐ見た。


「違和感がわかった理由だけど……多分、晴明がちょっとだけ俺と似てたんだと思う」


「……似てた?」


 うん、と一つ頷く。


「晴明って、すごく努力してきた人なんだなって。努力して陰陽師になって、……でも周りには認めてもらえてないんじゃないかって」


 晴明は何も言わない。裕昌はそれを肯定と捉えて話を続ける。


「俺も昔ある人と同じようになろうとして、すっごく頑張ったことがあって」


 裕昌は苦笑して膝を抱える。


「認められないって、結構精神的に来るんだよなあ……」


 本音だった。晴明にはそう聞こえた。彼は晴明に言ってるのではなく、彼自身の過去を振り返って漏れた想いそのものなのだと。


「晴明の陰陽術?っていうの?凄かった。……ありがとう、助けてくれて」


 別に、あの妖怪を退けたのは依頼があったからで、裕昌を助けたわけではない。結果的に裕昌や他の人間も救ったことになったにすぎない。だというのに、どうしてこんなにも、言葉が耳に残るのだろう。ついこの間のこともだ。それは視えないものを視えるようにしただけの、なんてことないもの。あの時の彼女笑顔はずっと残っている。

 晴明はふ、と困ったように微笑み、弱弱しくつぶやいた。


「……ったく、これじゃあ辞めれないだろ……」


 たった一つの言葉が、たった一度の笑顔が、自分がずっと欲していたものだと気が付く。

 そうか、俺はずっと誰かに認めて欲しかった。頑張った分だけ、誰かに感謝をされたかった。……理解してくれる友人が欲しかった。


「なんだ。もっと早く出会っていれば、お前とはいい友達になれたかもな」


 こんなにも近くにいたのだと思い知らされる。晴明は学生時代の自分を恨んだ。


「?別に今からでも遅くないだろ?」


 裕昌が首を傾げる。その言葉に晴明は目を丸くする。そして、子どものようにくしゃっと笑った。


「……そっか」


「うん」


 




「お、話は終わったみたいだねー」


「お待たせ」


 晴明が手をひらひらと振る。黒龍が裕昌に駆け寄る。


「主」


「うん。ちゃんと友達になれたよ」


 黒龍は主の言葉でようやく顔を綻ばせた。


「はい。流石私の主ですね」


「そんな褒めることでもないと思うけど……」


 裕昌が照れ臭そうに苦笑する。その様子を少し離れた場所で見ていた不知火は、人間は大変だな、と呟いた。

 雫は興味深そうに晴明を眺める。それはとてもわざとらしい笑みだったが。

 

「おやあ?良いことでもあったのかい?」


「なんだその不気味な笑みは……」


「別に?ただ君の余計な力が抜けたようで嬉しいだけだよ」


 晴明は裕昌を一瞥した。晴明は黒龍に褒め殺しにされている裕昌を見て、眩しそうに目を細めた。


「そうかもしれない」


 初めてできた、心を許した友人。その縁に縋ってみるのも悪くないかもしれない、と思う晴明だった。






 五十鈴屋に戻ってきた一行。晴明と雫も何故か家まで付いて来ていた。


「なんで二人ともここまでついて来てるんだよ」


「裕昌たちを呼び出したのは俺達なんだから、最後まで無事かどうか見届けるのが礼儀だろ?それに心配だし」


 この陰陽師はやはり真面目だな、と思う裕昌は、まだ明かりがついている部屋の扉を開けた。


「おかえりなさい、みんな」


「裕昌遅いぞー」


 今には姿勢よく正座した菜海と頬杖をついて不機嫌そうにしている黒音がいた。


「ただいま」


「あら、御門さんと雫ちゃんもいるのね。おかえりなさい」


 晴明と雫は顔を見合わせる。


「た、ただいま……?」


「ただいまー」


 ここは自分の家ではないのだが、一応形式通りの挨拶を交わす。裕昌はあ、そうだ。と言うと二人の横に腰を下ろした。


「改めて紹介するよ。晴明も雫もどうぞ座って」


 黒音は二人と初対面だ。菜海もちゃんと自己紹介を終わらせていない。晴明と雫は裕昌に言われたとおりに腰を下ろす。不知火は白猫の姿で菜海の膝の上に乗った。黒龍は裕昌の後ろで正座する。


「こっちが黒音。紆余曲折あって、視えるようになった原因の一つ」


「こら、なんだその疫病神みたいな紹介は。可愛くて素直で五十鈴屋の看板娘の黒猫又とでも紹介せんか」


「可愛いけどツンデレで態度はでかいし世話が焼ける黒猫又です」


 裕昌の紹介文にぶすー、と黒音がふくれっ面になる。裕昌は仕方がないな、と言わんばかりに黒音の頭を撫でる。


「こっちが俺の刀の付喪神。黒龍」


「よろしくお願いします」


 「俺の刀の」という言葉に黒龍は満足げに微笑む。その笑顔が何処か勝ち誇ったように見えて、また黒音が一段と拗ねた。


「そしてそっちに座っているのが、ここでアルバイトをしてくれていて、俺のゲーム友達」


「萬屋菜海です。改めてよろしくお願いします」


「と、飼い猫の不知火」


「飼い猫……」


 菜海はたおやかに微笑む一方で、不知火が不服そうに尻尾をブンブンと振った。

 これで一通り五十鈴屋に関係する人物の紹介は終わった。次に口を開いたのは雫だった。


「僕は晴明の式神兼保護者の雫だよ。よろしくね。特に黒音は初めまして」


 雫は晴明に視線を送る。次はお前の番だと言うように。晴明はどこか嬉しそうな笑みを浮かべて、少しだけ照れ臭そうに挨拶を交わした。


「俺は御門晴明。陰陽師をしていて、あとそこの、裕昌の友達」



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