裕昌と鈴鳴の陰陽師 2
再会の言葉を放った青年は、全く裕昌の記憶になかった。
だが、フルネームを知っているということは近所か、役所の人か、それとも。
「残念、覚えてないか。中学も高校も一応同じだし、クラスも数回一緒だったんだけどな」
「え、と、俺、その頃ほとんど学校に行ってなかったと思うんだけど」
裕昌は希薄になった学生時代を懸命に思い出す。愛猫つむぎの死から色々なことが重なって引きこもりと化した当時の裕昌には、友人はほとんどいなかった。クラスメイトの顔なんてそれこそ覚えていない。だが、目の前の同い年くらいの青年は中学だけではなく高校も同じだという。
何故この青年は不登校だった自分の顔を覚えているのだろう。
「何故覚えているのかって顔をしてるな」
「うっ、悟かなにかなのか……?」
「はは、悟ほどではないけどある程度他人の考えていることはわかるよ。俺にとって君の存在は結構衝撃的だったし」
そんなにインパクトのある人物でもない気がするのだが。
青年は後ろの黒龍と不知火、そしてぐるっとあたりを見回した。
「周りに妖怪を大量に連れていたんだ。忘れるわけないだろう?その時見かけた奴らも結構ここに居るんだな」
「……」
裕昌はとうとう言葉がでなくなった。学生時代から妖怪を連れていた?当時の奴らがここに居る?いやいやちょっと待て。それが分かるってことはーーーー。すると、ぐるぐると思考を回転させている裕昌の代わりに口を開いたのは不知火だった。
「それで、方士が一体何の用だ」
方士、という言葉に裕昌が目を丸くする。青年は肩をすくめた。
「へえ、鋭いな。。……いや、千年も生きていれば俺が何者かくらいお見通しってわけか」
不知火の瞳が剣呑に煌めく。黒龍もどこか警戒している。一触即発な雰囲気をやわらげたのは、奇妙な生命体だった。
「これ、そこの二人、そんなに警戒しなくてもいいよ。まずは自己紹介といこうじゃないか」
青年の肩でぴょんぴょんと弾んでいる丸い水色の生物(?)が声を発する。その姿はまるで。
「……………スライム?」
「失礼な、水滴だよ」
裕昌のつぶやきが水滴の生き物に拾われる。
一応仕事の一貫できたし、ちゃんとしておくか、と晴明が独りごつ。一つ、咳払いをする。
「初めまして。私は陰陽師を生業としている
丁寧な所作で挨拶をする晴明。水滴の生き物はくるりと一回転すると、晴明の背後に人の姿となって表れた。
「やあ。僕は
雫は水色の髪を左右でかずら結いのようにし、後ろの方は降ろしている。蓮の花飾りを左右につけており、その服装は十二単と言っても過言ではない和装。だが、見た目は天女を思わせる。
「せいめい……?はるあき、じゃなくて?」
「せいめい、は勝手に雫が読んでる愛称みたいなものだから気にしなくて良いよ」
「だって、かの有名な大陰陽師、安倍晴明と同じ漢字だし、そっちの方が覚えやすかったんだよねー」
けらけらと笑いながら雫が続ける。
「それで、裕昌だったかな?君は晴明の事、思い出せたかい?」
「……いや、全く」
申し訳なさそうに、裕昌は顔を背ける。どう足掻いても御門晴明という人物を思い出せない。
「くくく……晴明、どうやらお前の片想いだったようだね……」
雫が喉で笑いを必死に押し殺している。晴明はじと、と雫を睨む。
菜海と黒龍は一連のやり取りに置いてけぼりにされ、不知火は興味が無いようだった。
「そ、そんなに学生時代妖怪とか引き連れてたかなあ?」
「うん、かなりね」
◇ ◇ ◇
五十鈴裕昌中学生。諸事情で精神的にまだダメージを受けていた裕昌は、学校に行かなくなった。勉強自体は嫌いではなく、高校には行く意思があったため内申が確保できるくらいには行っていたが、それでも裕昌の姿を見た者は数少なかっただろう。中学も高校も公立であったため、エスカレーター式とかではない、普通の学校だ。
晴明曰く、裕昌と同じクラスになったのは中学二年と、高校一年の頃。なんでも、久方ぶりに登校して、教室の隅で突っ伏していたところを目撃されたらしい。
晴明は学校でただ一人の見鬼の持ち主だったそうだ。ただ突っ伏しているように見えていた裕昌の周りには小妖怪たちがわらわらと集まっていたらしい。それこそ、肩や背中や頭に乗り、下手をすれば押しつぶされそうなくらい。
陰陽師として修行をしていた晴明にとっては、そんなに妖怪を乗せて潰れないのか、という感嘆とともに、視えないのに妖怪に好かれるなんて苦労するんだろうなあ、とか思っていた。
◇ ◇ ◇
「こんな感じ」
「
裕昌は遠くの方で固まっている小妖怪たちを睨んだ。
小妖怪たちはぴゃー、と蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
以前本人たちの口から聞いたことがあるが、他人の証言もあったとは。
「妖怪たちが集まったのは、君の精神的影響もあるだろうね。妖怪っていうのは闇を好むものがほとんどだよ」
雫が解説を入れる。病むと碌なことがないな、と思う裕昌だ。それまで傍観していた黒龍が口を開く。
「蠱毒の事件の時、壺に結界が張られていました。あれはあなたの仕業ですか」
「ああ。あれ結構苦労して結界張ったのに、誰だよ解いたやつは」
晴明がじろっと不知火を見る。不知火はふんと斜に構えてふんぞり返った。
「出直してこい小童。この猫鬼様にかかれば、あんなもの紙切れも同然よ」
見事に不知火に敗北した晴明を見て、雫があははは、と笑い転げている。
蠱毒騒ぎの時、裕昌が受け取った時には封印が施されていると黒音が言っていた。しかし、いつの間にか不知火がそれを破り、蠱毒を自分の力にしようとしたのだ。
「とりあえず、いろいろ分かったけど何用で?」
裕昌が本題に戻す。このままだと永遠に脱線したまま戻ってこない気がした。いったいこの陰陽師は何をしにここに来たんだろうか。
晴明は改めて裕昌に向き直った。
「ちょっと、協力してほしいんだ」
ああ、やっぱり巻き込まれるんだ。
そう思って裕昌は遠い目をした。
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