6話 裕昌と鈴鳴の陰陽師

裕昌と鈴鳴の陰陽師 1

 いつも通り裕昌は六時に起き、顔を洗って洗濯物を回し、それから朝食の支度をする。その次に目を覚ますのは黒龍だった。目を覚ますと言っても、刀本体から人間の姿で現れることなのだが。


「おはようございます。主。今日の朝餉はなんですか?」


「今日は店開けるから大層なものは作れないけど……、みそ汁と白ご飯とお漬物と……あ、ほむらに貰ったおかず、まだ余ってたっけ」


 ばこ、と冷蔵庫を開けると、まだタッパーに入ったほむらの手料理が余っている。

 その中に、「肉団子(甘酢和え)」と書かれた入れ物に目が留まる。


「うん、これにしよう」


「……!では、私はごみだけ分別してきますね」


「いつもありがとう」


 任せてください。と言うと黒龍は店の方へ消えていく。少しばかり浮き足立っているのを見て、裕昌は苦笑した。

 どうやら先日のほむらの手料理が随分と気に入ったようだ。

 裕昌は、肉団子を冷蔵庫から出してレンジに入れる。ふと、いつもならこの時間に起きてくるはずの黒音が、まだ降りてきていないことに気が付いた。黒龍と同じ時間に降りてくるはずなのだが。


「黒音―?」


 階段の下から呼びかけてみるが、返事はない。裕昌は念のため自室へ向かう。

 

「黒音?まだ寝てるのか?」


 扉を叩いてそーっと開ける。すると、空っぽになったはずの自分のベッドが不自然に盛り上がっている。

 裕昌は近づいて黒音の様子を見る。人の姿で寝ているのは珍しい。一度起きてベッドに潜ったのだろうか。

 一応起こそうとしないと黒音に文句を言われるため、ゆさゆさと揺らしてみる。


「……んぁ?ひろまさ?」


「もう朝だぞ。っていうか人の姿でどうしたんだ。珍しい」


「……いまおきる」


 口調もどこかたどたどしい。黒音がゆっくり起き上がろうとする。ふと、黒髪の間から見えた肌が、いつもより赤いことに裕昌が気が付く。


「!黒音、ちょっと待て」


 裕昌が黒音を支えて、片手を額に当てる。熱い。息も若干荒くなっている。


「昨日の雨で風邪ひいたのか……、黒音。今日はゆっくり寝てろ」


 そう言えば黒音はいつも肌寒そうな服装をしている。妖は気温に影響されない、と言っていたが、黒音も猫は猫、一応生き物である。その中、俄雨とはいえ打たれ続けていたのだから、風邪をひくのは当たり前と言えば当たり前。


「これくらい、だいじょうぶ、……だから」


「大丈夫なわけないだろう。寝てなさい」


 座っているだけでもふらふらとしている黒音をベッドに寝かし、布団を掛けてなるべく暖かくする。必要なのは氷嚢かタオルと水分補給用の飲み物。あと薬。


「じゃあ、いろいろ取ってくるから」


 裕昌は扉を開けっぱなしにして一回に降りる。そして黒龍を呼んだ。


「黒龍、ちょっとご飯後でもいい?黒音が風邪を引いたみたいで」


「かしこまりました。私は開店の用意をしておきますね」


「頼む」


 裕昌は水で濡らしたタオルとアイシング用の氷嚢を用意し、冷蔵庫からスポーツドリンクと水を取り出す。そして、水仙からもらった風邪薬を取り出す。

 そして、再び黒音の元へ向かった。


「黒音、大丈夫か?どこが辛い?」


「……あたまいたい」


「それだけか?」


 黒音がこくりと小さく頷く。まるで幼子のようだ。裕昌はタオルを黒音の額において、氷嚢を首元に置く。


「風邪薬、飲めるか?」


 黒音はゆっくり横向きになると、裕昌に薬と水を飲ませてもらう。そして、仰向けに戻って夢の中へ旅立っていった。裕昌は黒音が寝たことを確認すると、ひとまず一階へ降りて開店の準備をする。今日は黒龍にほとんど任せることになりそうだ。


「主、お店の準備終わりました


「流石、手際が良いな……」


 付喪神の手際の良さに感嘆する。もう立派な従業員だ。


「じゃあ、朝ごはんにしようか」


「はい」


 二人はいつもより少し遅い、朝食をとった。




「おはようございます」


「おはよう」


 菜海と不知火がやってきた。白猫はぴょんとカウンターに飛び乗ると、いつもの定位置に寝転がる。


「あら?黒音ちゃんは?」


「ちょっと今風邪ひいてて。さっき寝たところ」


 まあ、と菜海が目を丸くする。それを聞いていた不知火はぶん、と尻尾を振った。


「あの小娘が珍しいな」


「昨日ちょっと雨の中色々あって……」


 裕昌は白い狐と姫君の話と結末を教えた。


「そうだったのね……でも、お姫様に会えて良かった……」


「まったく……お前はどうして変なことに巻き込まれるんだ」


「それは俺の方が聞きたいよ」


 不知火の声が聞こえない菜海は一瞬不思議そうな顔をしたが、何かを察したのか、不知火の方を見た。


「もう、不知火ったらまたひろくんに何か言ったの?」


「別に」


 聞こえていないことを承知の上で答え、不知火はぷいっと知らん顔をする。


「不知火曰く、なんで俺がこんなに怪異に巻き込まれるんだー、だってさ」


「おいこら、チクるな」


 菜海は珍しくむっと膨れて不知火を自分の目線まで抱き上げた。


「ひろ君を困らせるような子は、不知火から『猫』って名前にしちゃうわよ」


 裕昌は顔を引きつらせた。いつも穏やかな菜海の口から不穏な言葉が飛び出した。不知火は流石に名前が「猫」になるのは嫌だったらしく、解せぬ、と言わんばかりに尻尾をぶんぶん振っていた。


「不知火のことは置いといて、ひろくん、今日は私が店番するから看病してあげて」


「今日は、って、最近は菜海ちゃんに任せきりな気がするんだけど……」


 裕昌は苦笑する。


「黒音のことは時々様子を見に行くよ。代わりに黒龍にも店番任せるから」


「はい、お任せください」


 菜海の目の前に黒龍が現れる。どうやら視認できるように妖気を調節したらしい。その姿は着物に五十鈴屋のエプロンを付けている。やる気は十二分だ。


「よろしくね、黒龍ちゃん」


 菜海の言葉を区切りに各持ち場に付こうとした時、店の来客を知らせるベルがちりん、と鳴った。扉の前に立っていたのは和装の青年、裕昌と黒龍と不知火の目には、青年とその肩に乗っている、世にも奇妙な生命体も視えていた。

 これは、また怪異の予感。

 裕昌は一応覚悟した。おそらくまた巻き込まれて、黒龍か黒音に頼る羽目になるのだろうと。だがしかし、その青年の口から予想外の言葉が飛び出した。


「五十鈴裕昌……だよね?初めまして、は違うか。一応久しぶりってことになるのかな」


 間。


「…………え、誰?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る