小話2、3
小話 黒猫と鈴鳴怪道の食事処
雷獣騒ぎも落ち着き、鈴鳴怪道は賑わいが戻っていた。そんな雑踏の中を裕昌と黒音と黒龍は歩いている。
「うわあ。人がいっぱいだ……人じゃないけど」
「はい。すごいです……!」
あちこちに屋台や古民家風の様々な店が立ち並んでいる。食べ歩きやお土産物屋、ちょっとした舞台が並ぶ様は、京都の清水坂を思わせる。
坂道をうまく利用し、一つ一つの看板がよく見える。多分全員妖怪や半妖や異能者なのだろう、人型の妖怪や人間は、多くが着物に身を包んでいるが、ちらほらと普通の洋服も見かける。そういう点では、裕昌が悪目立ちする、ということはなかった。
さて、少しばかり浮かれながら歩いている裕昌と黒龍だったが、黒音はというと。
「あらー、火夜ちゃん。大きくなったねえ」
「火夜ちゃん、おかえりなさーい」
「まあ、彼氏かしら」
顔見知りのおばさまに声をかけられては、軽く手を振り、恥ずかしくなってそっぽを向く、ということを繰り返している。黒音本人は、可愛がられるような年ごろでもないのだが、と埒もないことを考えていた。
「ったく、全然変わらんな、あの人たちは……」
「黒音、大人気だな」
裕昌が黒音の髪をわしわしと撫でた。黒音は解せぬ、と言わんばかりに目を据わらせている。
しばらく歩くと、目的地が見えた。
「あそこが、あたしが育った家」
一回りどころか二回りほど大きい、その屋敷と言っても過言ではない建物の前に看板が出ている。『食事処―燐―』と書いてあった。
「ただいまー」
黒音ががらがら、と戸を開ける。中は騒がしかった。食事を楽しむ客で賑わっている。それはおしゃれなカフェやレストランとは違い、どこか大衆食堂や居酒屋の雰囲気を思わせる。家族やグループの隔たりなく、誰もが世間話で盛り上がり、料理に舌鼓を打っている。
その中からテーブルの間を縫って、一人の女性がやってきた。紅い瞳と髪に猫耳、片手にはお盆を抱え、着物の上にエプロンを身に着けている。袖は邪魔にならないようにたすき掛けをしている。
その猫耳の女性は黒音を見つけると、眉を吊り上げてずかずかとこちらに近づいて来る。たいそう御立腹のようだ。女性は黒音の前までやってくると、腰に手を当てて憤慨した。
「あんたねえ!今まで連絡もなしにどこほっつき歩いていたんだい!?」
その大音声に思わず顔をしかめる黒音と、裕昌と黒龍は驚きのあまり目を丸くしていた。
中の客も、静まり返っている。黒音は鼓膜が無事なことを確認しながら、ぶっきらぼうに答えた。
「そんなのあたしの勝手じゃんか」
「こっちはすっごく心配してたんだよ!百年も連絡よこさない奴がどこにいるのさ!」
う、と黒音はだんだんばつが悪そうな顔をして縮こまっていく。
「それは悪かったけどさ……」
「は?」
「うっ…………………ごめんなさい……」
女性の圧に押し負けて素直に謝る黒音。裕昌は呆気に取られていた。あのいつも強気で態度がでかい黒音が、こんなに小さくなって謝っているのを見たことがない。
女性は仕方がないと言わんばかりにふんす、と鼻息を鳴らす。一部始終を見ていた客が再び賑わいを取り戻す。
「いやあ、やっぱりほむらは怖いねえ」
「あっはっは、久々に懐かしいものを見たよ」
「ほむらと火夜の喧嘩なんて、ここ最近見てなかったからなあ」
「さすが、男同士の喧嘩を拳一発でおさめたほむらだな」
やいのやいのと妖怪たちが騒ぐ。女性、基いほむらは笑顔で振り返る。
「あんたら、それ以上言うとこの店から追い出すよ」
「お、怖い怖い」
もはやこの流れはいつもの事らしい。客たちは再び料理と会話を楽しむことにした。
「大声出して悪かったね。あんたたちは火夜の友達かい?」
ほむらが裕昌と黒龍を見て、微笑む。先ほどの鬼の形相の人物とは大違いの笑みだ。
「初めまして。黒、……火夜の一応飼い主の五十鈴裕昌です。ただの人間です」
「私は裕昌様にお仕えしております、黒龍と申します」
「よろしくね。あたしはほむら。ここで五百年くらいは飲食業をしてるんだ。種族は化け猫だよ」
「この前話した、姉さんがこの人」
なるほど、と裕昌は納得する。以前黒音から聞いた、育ての親ならぬ育ての姉、というのはほむらの事だったのか。
「ほら、あがっていきな。二階でゆっくり話したいし」
ほむらはそう言うと、厨房の方を向いて叫んだ。
「
裕昌一行とほむらは、今までのことを話していた。黒音との出会い。今は火夜ではなく、黒音という名前で呼んでいること、今まで巻き込まれた怪事件の話。
「へえ、黒音、ねえ……あんた、いい名前貰ったね」
「だろ」
黒音はなぜか誇らしげだ。
「そういえば火夜、その腕どうしたの」
あ、と黒音が顔を引きつらせる。連絡もなしに飛び出した結果がこれだ。
「え?黒音、言ってなかったのか?」
裕昌が驚いて尋ねる。黒音は言いにくそうに、しかし仕方なく大蛇との戦いの件を話した。
それを聞いたほむらは大きなため息をついた。
「だから関わるなっていったのに、まったくこの子は……」
「心配かけたくなかったんだよ……」
「ばか。生死がわからないほど心配なことはないんだよ」
「だからごめんって……」
裕昌はほむらと黒音の二人を見て、微笑んだ。この二人、本当に仲が良いのだと。あんなに怒るのも、黒音が大切な家族だからなのだ。
あんなに怒られたこともなかったな。と裕昌は少しだけ羨ましく思った。
「さて、火夜の里帰りに付き合ってもらったお礼として、全員うちでご飯食べて行きな」
「え、いいんですか?」
「もちろん。まかないだと思ってくれればいいよ。黒龍だっけ、あんた食べれる?」
「はい。刀の付喪神ですが、人間の姿を借りているので食べることは出来ます。必要がないだけで」
黒龍は本来刀の付喪神であるため、食事を必要としない。が、主の裕昌としては様々なものを体験して欲しかった。これはいい機会だ。本格的な料理というものがどういうものか知ることができるだろう。ちなみに、初めて食べたものは裕昌が作った焼き鳥風丼だった。
「じゃ、三人分だね。自分でいうのもなんだけど、うちの料理は美味しいから楽しみにしててよ」
裕昌たちは客席に案内された。テーブル席と座敷席、個室などが用意されているが、今回は座敷席だった。裕昌は椅子で育った世代なのだが、五十鈴屋に居候してきてからはほとんど正座で過ごしている。最初のうちは10分も経たずに足の感覚が無くなっていたのだが、今では慣れたものだ。
「おまたせー。『ほむらのまかないコース』だよ」
ほむらがそれぞれの前に置いたのは白いご飯とみそ汁と漬物、マグロと鯛の刺身が乗った盆一セット。それに加えて、どん、と真ん中に置いたのは、
「カ、カワハギの煮つけ!?!?」
だった。
まかないと言えるレベルを余裕で超えている。
「あとでデザートも持ってくるから」
そう言ってほむらは仕事に戻っていった。ひとまず、裕昌と黒音と黒龍は同時に手を合わせた。
「いただきます」
箸を取って、煮つけを自分の分だけ取り皿に乗せる。タレもかけるのを忘れずに。タレが絡んだふわふわの身を口に入れた。
「お、美味しい……!」
裕昌は感動した。自分で煮つけを作った時とは味が違う。甘辛いタレも美味だが、カワハギ本来の味が感じられる丁度良い濃さ。中まで染み込んでおり、箸でつかめる柔らかさだが、口に入れた途端ほろほろと崩れていく。これがまた白いご飯と合うのだ。
「うん。やっぱりほむ姉の煮つけは美味い。さすが得意料理」
黒音がうんうん、と頷きながら味わっている。そして、マグロの刺身を食べてこれ以上ないほど幸せそうな笑みを浮かべるのだった。
「黒龍はどう?美味しい?」
「はい。味についてはよくわかっていないのですが……、でも、この料理には丁寧に心を込めて作ってくださったというのがよくわかるので、とても美味しいです!」
裕昌は苦笑した。味はまだわからないかー、と少し残念に思うのだが、その裏に込められた手間や思いを汲み取ってくれるのは、料理を作る側としてはとてもうれしい。
黒龍がやってきてまだ数日しか経っていないが、彼女は食べられるものなら何でも食べることがわかっている。毒があるものや、腐っているものなど、根本的に食べてはいけないものは判別がつくのだが、苦いゴーヤ、甘すぎるお菓子、少し匂いの強い食べ物、など、人間でも好みが分かれたり、積極的に食べようとは思わないものも、あまり気にせず食べるのだ。
本人曰く、味はするが、味の区別がよくわかっていないのだそう。
「これも甘辛い、という味ですか……みたらし団子の甘辛いとはまた違う味なのですね……」
黒龍が難しい顔をして、もぐもぐと食べ進める。裕昌は、黒龍の勉強のため、いろんな料理が作れるようにならないとな、と思うのであった。また今度ほむらにコツを教えてもらおう。
すべての品を食べ終えて、一同は大満足だった。まかないとは言えないほど豪華なもので、お金を払わなければいけないような気がする裕昌だ。
そこに、ほむらが再び盆に何かを乗せて運んできた。
「はい、食後のデザート。これはまだ新メニューの試作品だから、良ければ評価してもらいたいなと思って」
こと、と置いたのはプリンだった。だが、普通のものとは違い、カラメル部分に焦げ目がついている。
「焼きプリン、ならぬ、焦がしプリンにしてみた。カラメルの部分を炙って、飴みたいにしてあるんだ」
「評価って、緊張するな……いただきます」
はむ、と三人同時に一口。
「美味しい!」
「そうかい?それなら良かった」
思わず子供のようにはしゃぐ裕昌だ。黒龍もそのとろける舌触りを楽しんでいるのか、美味しそうに頬張っている。
「焦がしプリン」と称したデザートは、カラメル部分が飴のようにパリパリとした触感になっており、ほんのり苦い。それは優しい甘さが特徴的なプリンの部分とよく合うように作られていた。
黒音はというと、先ほどから幸せそうにもぐもぐと口を動かし続けている。よほど、ほむらの手料理が好きなのだろう。
「あんたは相変わらず美味しそうに食べるね」
「!べ、別に、ただ美味しいから顔が緩むだけだし……」
ほむらがにんまりと笑うと、黒音は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「ゆっくりしてって。帰るとき、また一言頂戴」
そう言うと、ほむらは手を振って再び仕事に戻っていった。裕昌と黒龍は、しばらくプリンを楽しんだ。いち早く食べ終えた黒音は、おもむろに立ち上がった。
「ちょっと店の手伝いしてくる」
そういうと、ほむらの後を追いかけていった。裕昌が座っている場所からは、少しだけ店内の様子が見える。黒音がほむらが持ちきれない分を運んで手伝いをしている。その際には、様々な客から声をかけられては、面倒臭そうに、しかし嬉しそうに対応していた。
裕昌はそんな黒音の姿を見て、あれが自分に出会う前の黒音の姿なのだと思うと、少しだけ嬉しく、寂しい気持ちになった。理由はわからない。
「そろそろ帰ろうか」
「そうですね」
裕昌と黒龍は席を立った。
ほむらに一言声をかけに行く。
「ごちそうさまでした」
「もう帰るの?ちょっと待ってて」
ほむらがどこかに消えていく。再び姿を現したときには、中ぐらいの保冷バッグを持っていた。
「明日の朝とか、昼ご飯にこれ食べな」
「え、いいんですか?ありがとうございます」
中には唐揚げや、煮つけや、おひたし、煮っころがしなども入っていた。
なんか、祖母の家に来たときみたいだ。と裕昌は思った。幼少期、祖母が健在だったときは、実家に泊まっていた最終日にこうして保冷バッグに手料理を詰めて帰らされたものだ。
「火夜―、裕昌帰るって」
「わかったー」
そう言って、回収していた皿や箸などを厨房の方へ持っていく姿が見える。片付けを終えたのか、足早にこちらへやってくる。
「黒音はもうちょっとここに居てもいいんだぞ」
「なんだよ、黒龍と二人きりになりたいからってそれはないだろ」
「そんなこと言ってないだろっ!」
裕昌は思わずツッコんだ。ふてくされたように黒音がぶー、と頬を膨らます。
「黒音、違いますよ。主は家族水入らず、久々の団欒を楽しんでほしいんだと思います。その間は私が主を独占させていただく予定ですが」
「そうか、やっぱり裕昌は優しいな……って何ぃ!?最後のは聞き捨てならん!」
黒龍がやけにきらきらとした笑顔で黒音を見ている。一方の黒音は絶対に裕昌と帰る!と言い張るのだった。
「あははは!火夜良かったねえ、気が合う友人が出来て」
ほむらが目に涙を浮かべるほど笑っている。黒音は渋面を作る。
「ちっくしょー、ほむ姉の前でこんなやり取りしたくなかった……」
「いいじゃん。火夜が楽しそうで安心したよ」
ぐぬぬ、とどこか納得がいかない様子の黒音。
「またいつでも帰ってきな」
「……うん。それじゃ」
「お世話になりました」
一行は歩き出した。途中で裕昌と黒音が手を振り、黒龍が一礼する。それに負けないくらい、大きくほむらが手を振り返す。
「まったく。人間好きは健在、か……」
そう呟くと肩に手を当て、一息ついた。
「そろそろ痛んできたな。宵助にでも薬塗ってもらうか」
癒えない傷は痛み止めを塗らないと仕事にならないほど疼く。黒猫の少女が大蛇討伐に乗り出したのも、この傷が一因だ。
ほむらは、久々に会った黒猫の妹分の顔を思い出す。昔より顔つきが大分柔らかくなったな、と思う。いい顔になっていた。
ほむらは踵を返して店に戻る。痛むはずの傷は、今日は少し軽い気がした。
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