黒猫と護りの刀 6

 あの後裕昌は、水仙から傷薬を手渡され、「黒音に自分でやれ」と言っておけ、との伝言を受けた。傷薬を黒龍に持ってもらうように頼み、裕昌は眠ってしまった黒音を抱きかかえた。所謂お姫様抱っこ、という形で。

 一方のあせびは、慣れない戦闘で疲れたのか疲労困憊と言った顔で、その後一言も発することはなく、黙々と怪我を負ったという妖たちの手当てにあたっていた。

 礼を言って、帰路をたどる。その間、裕昌と黒龍はたくさんの言葉を交わした。


「主。……いえ、裕昌様。改めて謝罪と感謝を」


 黒龍が深々と頭を下げる。裕昌は黒音を抱えたまま驚いた。本当なら手を振ってあたふたしていたことだろう。


「いいよ、もう過ぎたことだし、俺何もしてないし。寧ろ謝罪も感謝も言わなきゃいけないのは俺の方だし」


「いいえ。これは私の問題です。頭を下げなければいけないと思うのです」


 黒龍は、少し俯きがちにぽつりぽつりと話す。


「私はあなたを殺して、その体を乗っ取ろうとした挙句、あの翁を殺害しようとまでしました。許して、なんて甘美な言葉は求めません。ただただ、謝りたいのです。本当に申し訳ございませんでした」


 また深く頭を下げる。裕昌はどうしたものかと考える。


「それなのに、裕昌様は、私に手を差し伸べてくださった。消えてしまうしか選択肢のなかった私に。そればかりか、名前まで与えてくださった。裕昌様がいてくださったから、私は今もこうしてお仕えすることができるのです。ありがとうございます」


 黒龍が顔を上げる。泣きそうな笑みを浮かべた顔をしていた。


「……俺も、謝らせて。あの時うちに来る?って言ったのは俺なのに、しばらくほったらかしにしてて。あの時はずっと一緒にいることになるなんて思ってもいなかった。無責任で本当にごめん。なのに、君は黒音が大怪我を負って、どうしようもなくて助けも呼べなかったときに助けてくれた。それだけじゃない。五十鈴屋にいるときもずっと、部屋を片付けてくれたり、雑用をしたり……ありがとう」


 裕昌は、とても優しい笑みを浮かべた。それが黒龍にはとても温かくて、尊いものだと噛み締める。


「でも、今度は確かな思いで。ちゃんと、言わせて」


 裕昌は手を差し出せないが、黒龍をまっすぐ見つめる。


「俺の刀として、これからもよろしくお願いします、黒龍。」


 黒龍はその言葉に、何故敬語なのだろう、なんて疑問を抱きながらもとても喜んだ。素直で、まっすぐで、偽りのないその響きが胸に沁みる。付喪神だから、涙を流すことはできない。けれども、彼女が人間であったなら、泣いていたであろうほどの笑顔で、たった一言、


「はい!」


 と答えた。

 私も、自らの意思でその手を取る。そう決めていたから。


「じゃあ、家に帰ろうか」


「帰りましょう。道案内は任せてください」


 優しい陽に照らされた道を歩いていく。もちろん、黒音の傷口が開かないように気を付けながら。





 と、黒龍との和解を経て、裕昌と黒音と黒龍は家に戻ってきた。店番をしていた菜海と不知火が出迎えてくれ、奥から老夫婦が顔を出す。だが、黒龍と黒音の存在に気が付いているのは不知火のみ。裕昌はすぐに自室へ向かった。 

 黒音をひとまずベッドに寝かせ、黒龍に黒音の看病を頼む。藍色の羽織や傷薬は机の上に置き、今まで店番をしていた菜海と交代し、残りの仕事をこなす。

 午後はいつものように穏やかな日常が流れていた。

 翌朝。問題はここからだった。

 裕昌はいつも通り朝六時に目を覚まし、ふと、自分の横で眠る黒音を確認した。すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。それを聞いて顔を綻ばせた裕昌は、起き上がろうと腕を支えにした、その刹那。


「~~~~~っっっ!?!?!?!?!?」


 経験したことのない激痛が全身を襲った。そのまま裕昌は枕に突っ伏した。

 これはまずい。命に係わるかもしれないほどの激痛。

 裕昌は小さな声で弱弱しく、黒龍の名を呼んだ。


「こ、こくりゅうー」


「おはようございます。主。今日もいいお天気……どうされましたか!?」


 呼び声に一秒足らずで現れた黒龍は、主のただならぬ様子に慌てふためく。

 裕昌は激痛に何とか耐えながら、弱弱しく手招きをした。


「ちょ、ちょっと手を貸してくれ……」


 黒龍が起き上がろうとする裕昌を支える。まあその支えてもらっている箇所も痛むのだが何とか我慢。だが。


「ぎゃあっ!?」


「っ!?敵襲!!?


 今まですやすやと安眠していた黒音が飛び起きる。

 これは無理だ。動こうとすればするほど痛む。何かしただろうか。


「?裕昌、お前何やってるんだ」


「み、見ればわかるだろ……全身が痛いんだけど……」


 黒音が不思議そうに首を傾げる。

 何とか四つん這いになれたものの、生まれたての草食動物のようにぷるぷると小刻みに震えている。

 痛むのは骨ではない。どちらかと言えば身、筋肉が痛む。そこまで考えて、裕昌はん?と何かが引っかかった。

 そこに、窓ガラスがコンコン、と鳴った。


「なんだ朝から……どわっ!」


 黒音がそう言って窓を開けると、勢いよく鳥が飛び込んできた。いや、窓の淵で人の姿に変わる。飛び込んできたのを反射的にかわそうとして失敗した黒音が裕昌の上に重なる。

 裕昌はやっと四つん這いの体勢まで踏ん張れたというのに、呆気なく押しつぶされた。


「おはようございまーす。師匠から言伝でーす」


 窓の淵に座るあせび曰く。


『言い忘れておった。あの藍色の羽織なのじゃがな、身体能力を妖怪化させるということは、そもそも身体に負担をかけるということじゃ。何らかの副作用が出てもおかしくはない。そうじゃなー、強いていうなれば、筋肉痛とか』


 それだけ言うと、あせびは再び飛び去って行った。

 裕昌は「筋肉痛」という言葉に突っ伏した。


『チート級アイテムは、それなりに代償があるってことか……』


 あれを使うのはほどほどにしておこう。そう決心する裕昌であった。


 第3話、第4話完

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