黒猫と護りの刀 3
「お茶どうぞ」
「ありがとう」
小さな童の格好をした女の子がてくてくと去っていく。
刀工の大男はあぐらをどかっとかいて、刀の付喪神に何かを要求するように手を出した。
「刀、みせてみろ」
付喪神は、両手の掌を上に向けると、そこに燐光が集まる。そして、そこには刀が現れた。それを大男に渡す。
大男は刀を鞘から抜くと、白銀の刃を光にあて、様々な角度から吟味する。
「ほう、銘のある名刀とまではいかないが、なかなかいい刀だ」
だが、と付け加える。
「刃毀れが少しあるな。堅いものを斬ったか。あとは……存在を歪められてるな?お前」
「存在を歪められてる……?」
裕昌は怪訝な顔をした。どういうことだろう。
「簡単に言うと、この刀は本来、付喪神になるだけの念と年を持っていない。本人も戸惑っているのがその証拠だ」
裕昌は今までの付喪神の言動を思い出した。呪いの刀騒動を経て五十鈴屋にやってきた付喪神は、しばらく姿を現さなかった。たまに裕昌を陰から見ていたり、何をしたいのかよくわからなかった。
それが全て、付喪神となったことへ戸惑いを覚えていものだったとしたら説明がつく。
が、裕昌は一つ引っかかった。
「じゃあ、呪いの刀になった原因て、それ?」
「ああ。たった一つ、この刀にあった無自覚の意思と、それにかかわる縁が何らかの力で、付喪神にならざるを得なくなってしまったんだろうな」
裕昌は刀の付喪神を見る。本当は遠慮がちで、静かで、でも舞うように戦う姿は強くて美しい。呪いの刀の事なんて、もうさっぱり忘れよう。あれは彼女の意志ではなかったのだ。
裕昌は大男を見た。
「生まれ変わるのに、何か用意するものは?」
「まずは刀本体、そして俺と相棒の腕、材料。お前が用意するのは、姿だ」
裕昌はわかった、と頷く。
「名前は?」
「お前がつけたいならそれも必要だな」
大男は真剣なまなざしをする裕昌と付喪神を交互に見る。
「俺の刀で名前を付けられるのは二振り目だ。お前の主となる男に感謝するんだな」
刀の付喪神はぺこりと一礼する。これが奥ゆかしいってやつか、などと呟く大男であった。
「名前を付けるのは二振り目……?」
「そうだ。一振り目は脇差だったがな。まだ幼い女児に作ったらそれはもう、きゃっきゃと喜んでいたな」
ん?脇差?
裕昌はなんとなく、本当に直感だが、その女児が誰なのか分かった気がした。
「おまえもよく知ってる、黒猫又の娘だ。あいつの脇差は俺が作った。確か、『
それだけ言うと、大男はおもむろに立ち上がった。
「さて、そろそろ始めるか。
「あいあいさー」
狐丸、と呼ばれた先ほどの童女が敬礼のポーズをする。
なんで船乗り?と裕昌は疑問に思ったが、突っ込まないことにした。
「
付喪神は首を傾げた。
「むむー、あんまり欲がないですなー」
狐丸がしかめっ面になる。そして、次は裕昌の方を見た。
「じゃあ、人間の兄やんはどう在ってほしい?イメージある?あるなら手握って!」
裕昌は困惑しながら、差し出された狐丸の小さな手を握り返した。
「おおー!じゃあ、想像してねー。具体的によろしく!どんな容姿がいいかなー?どんな女性が好きかなー?」
裕昌は狐丸のおちゃめな口調に乗せられまいと、真剣に考える。危うく狐丸のペースに引きずられると、ギャグ路線とかそっちに走ってしまいそうだ。
まず、容姿。今の姿をベースに、少しずつ変えていく。黒髪はそのままで、でも今の髪型は邪魔そうだ。いっそのことショートカットはどうだろう。前髪も片眼を隠すスタイルは変わらず、ちょっと見やすいように整えて。服は今のままだと寒そうだから、着物とかどうだろう。後は。
「うんうん、なるほど……じゃあ、とっても大切な質問!さっきも言ったけど、この人にどう在ってほしい?」
どう在ってほしい。
「えっと……笑顔でいてほしい、かな」
「りょうかーい!はい、手はなしていいよー」
狐丸は兄やーん、と駆けていく。付喪神は少しだけ恥ずかしそうに、ポツリと裕昌に問うた。
「あの……笑顔、ですか……?」
「うん。きっと、笑顔のほうが似合うと思うんだ。笑ったところ見てみたいなって思って」
そう言って、少し間。裕昌は自分の言った言葉を思い返し、顔を赤らめた。
「べっ、別に口説こうとかしてないから!なんかそう聞こえるけど、本当に本心で……!」
裕昌は慌てふためいて弁明する。自分で言っておきながら、誤解を招きそうな言い回しだったことを後悔する。そんなキャラではないのに。
その様子が少しおかしくて、でも本心なのだ感じて少し嬉しい。
だから、刀の付喪神は、
「……ふふっ……、大丈夫、分かっていますよ」
初めて、笑ったのだ。
裕昌は付喪神の笑顔を、図らずも引き出せたことに対し、少し唖然とした。
今まで見えなかった目や眉、表情が、今は鮮明に分かる。
ほんのわずかに口角が上がっている。
それが裕昌には嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。
「……うん、君の名前決めた」
色々迷った。女の子らしい名前にしようか、美しい名前にしようか。
だが裕昌の中では、「黒」が印象深かった。出会いはトラウマものだったが。
そして、とても強くて、美しくて。自分と、黒音を助けてくれた。
「黒龍」
黒い龍。その名前は決して女性的ではないけれど。黒音の脇差の紅龍の次に名付けられる刀。姉妹刀として一字貰う。龍のように、強くて美しいその戦う姿。
そんな意味と想いを込めて、名を紡ぐ。
「こく、りゅう……」
付喪神、改め黒龍は自分の名前を一文字一文字確認するように呟く。その時、狐丸が顔を出した。
「準備できたよー!さあ、生まれ変わる準備は良ーいー!?」
元気な声が黒龍の気持ちを後押しした気がした。
裕昌も、黒龍も、不思議と高揚しているような感覚に襲われる。
「……行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
裕昌が手を振る。黒龍はその姿での会話の最後に、振り返らずに締めくくった。
「必ず、生まれ変わってきますね」
「多分数時間後に送り届けることができると思うが、もしも何かに巻き込まれたり、助けを呼びたいときは与えた名前を呼ぶと良い。出来るまでに2,3時間はかかるだろうがな。その後なら駆けつけるだろう」
「ありがとうございます。黒龍を宜しくお願いします」
任せろ、と烏丸が深く頷く。裕昌は深々と一礼すると、その場を後にする。小道を歩いていくと、水仙が待っていた。
「ここは初心者には難しい道のつくりをしておる。迷うと一生出れんのじゃ」
「ありがとう」
ふと、裕昌は水仙が何かを持っていることに気が付いた。
「買い物?」
「ん?おお、いかんいかん、忘れておった」
水仙は和紙でできた包みを開いた。その中には、綺麗な藍染めの羽織が畳まれていた。
「すご……、綺麗……」
裕昌の口から思わず感嘆の声が漏れる。
「これもお前のものじゃ」
「俺の!?」
「うむ。奇しくも黒音と縁を結び、見鬼となったお主なら使いこなせるじゃろうて」
裕昌は藍染めの羽織を手に取った。水仙は説明を続ける。
「黒音の髪を1、2本引っこ抜いて編み込んである。その羽織を身に付ければ、人間離れした身体能力を発揮することができる。身体能力を強化……妖怪化するということじゃ」
なるほど、これがあれば妖怪の攻撃を躱せたりするのか。なんて便利な。
「護身刀とこの羽織があれば、お主が万が一大事に巻き込まれても、生き延びる確立が格段に上がるじゃろう」
裕昌は頷くと同時に、もう一つメリットがある、と心の中で呟いた。
黒音が無理をしなくて済むということ。
「ありがとう、おばあさん」
「構わんよ」
裕昌と水仙は、会話をしながら林の中の道を進む。
しばらく山道を歩くと、水仙堂に出た。
「さて、あの生意気娘はおとなしくしておるかの」
二人は黒音が寝ていたはずの場所へ向かう。が、筵はもぬけの殻だった。その横の机には、短冊形の便箋に文字が書かれていた。
『すこし外出してます。あとで黒猫又はぶっ飛ばしときます。 あせび』
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