小話1

小話1 t@cと菜海と『黄昏時の鬼』

 時は平安。たまたま拾った水晶の数珠によって、陰陽師としての素質を開花させた少年/少女は、相棒の妖狐とともに魔を滅する日々を送る。しかしある日、妖怪も人間も次々と神隠しにあう事件が発生した!?それはどうやら時代を越えて発生しているようで―――。

 主人公は相棒と共に仲間を集め、黒幕を暴き出せ!時代を駆ける、和風バトルアクションゲーム!


「というのが、俺が最近気になっているゲーム」


「私もそのゲーム、気になってたんです。グラフィックがとても綺麗で面白そうなんですよね!」


 店番をしている五十鈴裕昌と新人アルバイト生、萬屋菜海が楽しげに語っている。すっかりゲーム好きで意気投合した二人の会話は弾む。ショーケースの上のベッドで丸くなっている黒音と、菜海の膝の上で丸くなっている不知火は、聞きなれない単語にはてなを浮かばせている。


「リリース日は……明日!?」


「明日……学校終わりにパソコンにインストールしなきゃ……」


「二人でも出来るみたいだし、一緒にやってみる?」


「……!はい、お願いします!」


 昼過ぎの五十鈴屋は暇である。客足も少なく、こういうオタクな話がしやすい時間帯だ。

 裕昌は店の仕事がない日はゲーム配信を趣味としている。人見知りな裕昌は、ネットを介してならだれとでも仲良くなれる、所謂ネット弁慶というやつだった。

 一方で菜海はゲーム好き。話を聞くとどうやらFPS系のゲームを得意としているらしい。穏やかな菜海が、銃を乱射しているというギャップには驚いたが。


「じゃあ、明日の仕事終わりとかどう?」


「大丈夫です!徹夜でもなんでも!」


 おお、これは中々なゲーマー。

 裕昌はひそかにガッツポーズをしていた。青春をささげるはずだった中学高校時代、ずっとネット友達としかやり取りをしていない。現実世界の友人、所謂リア友とかいうやつなんていなかった。

 そう、今裕昌は学生時代にできなかった青春を感じていた。これを黒音が聞けば、いや、青春の定義はどこに行った、とツッコミを入れるところだが、本人は気付かないのだった。






「何が何だかわからんが、とりあえず良かったな裕昌」


「うん、良かった。本当に良かった」


 黒音がキャットタワーについた丸いぽんぽんで遊びながら裕昌に声をかける。

 裕昌はというと、インストールの予約を行っていた。


「また俺一人で盛り上がらなきゃいけないところだった……」


 しみじみと明日の彼方を見る。ああ、この世はなんてすばらしいんだろう。この世は理不尽だの、神様なんていないだの、文句を言ってごめんなさい。と、日本にいる八百万の神に謝罪と感謝する裕昌である。

 一方で、ゲームのインストール予約が終わったようだ。これで明日になればゲームができる。PCのアイコンには般若面を付けた青年のイラストが描かれている。そのタイトルは。


「『黄昏時の鬼』……!」


「なんだその物騒な名前のゲームは」


 黒音が思わず突っ込んだ。黄昏時は昼と夜が入れ替わる時間、つまり魑魅魍魎の活動時間の始まりであり、人間と妖怪が出逢う時間。別名を逢魔が時という。その時間に現れる鬼という意味を付けるとは、その鬼は人間を喰うのだろうと黒音は勝手に想像していた。


「怖い内容じゃないよ、ホラゲーじゃあるまいし。ほら、これがあらすじ」


 そう言って裕昌はあらすじの部分を表示し、黒音にノートpcを近づけ見せる。

 黒音はざっとあらすじに目を通した。


「随分ファンタジーな陰陽師だな。水晶で陰陽師としての才能が開花するわけないだろ。陰陽道ってのは、地道に鍛錬して身につくものであって、才能で妖怪退治専門の陰陽師になるのは1割いないくらいだぞ。それでも本人の努力次第」


 裕昌は思った。妖怪自体ファンタジーなんだが、と。しかし、勉強になった。俗世の陰陽師に対しての印象はどちらかと言えばファンタジー寄りだ。なんかこう、すごい力で妖怪を滅する、というイメージが強い。

 裕昌は大学時代、日本文学を専攻していたこともあり、世間よりは陰陽師の実態を知っているつもりだ。

 陰陽師というのは、内裏にある陰陽寮に属する役人のことで、歴、天文、陰陽道の三分野に分かれており、それぞれの学問を究めていたのだと。


「うん。その情報は概ね正しい。が、例外もいるということだ」


「なるほど」


「あたしの時代にはほとんど裏方にまわっていたけどな」


 黒音が生まれたという時代は江戸時代辺りである。江戸時代には陰陽師は世間の裏方にまわり、社会を支えていたという。だが、明治に入ると陰陽寮の廃止が決定し、陰陽師という役職は消えてしまった。現代では一応陰陽師として暗躍している家は幾つかあるが、それもどこまでが本物やら。


「んで、お前はゲームごときにそんなにはしゃいでいるのか」


「黒音も一緒にやる?片手でも出来ると思うけど」


「遠慮しておく。あたしにパソコンを壊されたくないだろ?」


「ば、馬鹿力……」


 あっさり拒否され、しゅんと肩を落とす裕昌。ゲームは人数が多ければ多いほど楽しいのだが。

 パソコンに向かい、インターネットで『黄昏時の鬼』と検索する。どんなキャラクターがいるのだろう。どうやらプレイヤーは主人公になるが、モードによっては自分の好きなキャラクターを動かせるらしい。ストーリーモードとバトルモードがあるらしかった。

 登場キャラクターの欄には、様々な妖怪や人間がいる。


「雪女に天狗、妖狐に化け猫……」


「ほお、神官とか巫女もいるのか」


 どれも可愛いしかっこいい。これは明日がますます楽しみだ。





 翌日。五十鈴屋の営業も滞りなく終わり、いよいよ菜海と共にゲームを楽しむ時間がやってきた。

 新しいゲームを始めるわくわく感は、年をとっても変わらない。娯楽の前では人間は皆、幼いころに戻るのだ。

 二人が同時にゲームを開くと、壮大な和のテイストのBGMが流れ、美しく描かれた風景が映し出されていく。二人から思わず感嘆の声が漏れた。

 ゲームへ誘う案内チュートリアルが始まった。基本的なあらすじと、キャラクターの選択、生年月日などを入力していく。そして、名前を入力する場面まで進んだ。


「名前か……」


「うーん……」


 名前で悩む理由。それは、もしかするとその名前で登場キャラクターたちに呼ばれるかもしれないということ。そして、裕昌に関しては配信で使うかもしれないということだった。


『とりあえず、いつものやつ、と』


 そう思いながら、裕昌はペンネームでありcatのアナグラム、tと@とcを打ち込んだ。菜海も打ち込んでいる。どんな名前にしたのか楽しみだ。

 マルチプレイが解放されるまでストーリーを進めていく。

 黙々と進めていく二人を見て、黒音と不知火は思った。

 別に五十鈴屋でやらなくてもよかったのではないか、と。


「はー!やっとマルチプレイ解放したあ!」


「思ったより長時間かかりましたね……」


 ゲーム開始からここまで約三十分。いよいよ待ちに待ったマルチプレイが出来るのだ。


「じゃあ、フレンド検索で」


「はい」


 と、二人はお互いの15桁の数字からなるプレイヤーコードを交換した。そして、二人の画面には、それぞれの名前が映し出される。

 刹那。二人の動きが完全に止まった。


「ん?」


 突然の静寂に黒音と不知火が首を傾げる。二人は完全に思考回路が停止しているようだった。


「おーい。裕昌―?」


 黒音が裕昌の目の前で器用に後ろ足だけで立ち上がり、右手を振る。

 固まったままの二人の口から、ユーザーネームが出た。


「な、namimi……って……」


「t、@c……」


 がばりと二人同時に顔を見合わせる。


「えええええええええええええええええっっっっ!?!?!?」





 裕昌は希薄な人間関係において、ネット上の友人には一応恵まれてはいた。様々なゲームを配信していくうちに、視聴者でもあり友人でもある人々が増えていったのである。

 その人たちは、マルチプレイの時には度々協力してもらい、あるいは配信時にコメントでやり取りしたり、時にはボイスチャットを繋いで様々なゲームで遊んできた。

 顔や出身地などは全く知らない。知っているのは声と性別くらいである。

 まさかその人物が近くにいるなんて、考えもしなかった。


「namimiって、FPSゲームでよく一緒に遊ぶ、あの!?」


「t@cって、配信してる、あの……」


 裕昌は、遠慮がちにこくりと頷く。菜海は困惑の表情から、みるみるうちに赤くなっていく。


「あわわわわ、あの、私、たっくn……じゃなくて、t@cさんといつも遊んでいただいていて……!すみません!全く気付いていませんでした……!」


「いやこっちこそ!いつもありがとうございます。デイリー助かってます」


 ぺこぺこと頭を下げあう裕昌と菜海。


「そっかー……、そっか……」


 裕昌は自分を落ち着けるように思考をまとめる。

 最初は自分の活動を知られていたという恥ずかしさが勝ったが、徐々にうれしさも込みあがってきた。

 今まで遠くにいた存在だった友人が、今近くにいるのだと。


「そういえば声がnamimiちゃんかも……今気づいた」


「そ、それは裕昌さんも同じです……t@cさんですね」


 お互いに少し気まずい空気が流れる。対して話したこともない同級生に久々に会った時の空気に似ている。

 裕昌が照れ臭そうにこめかみを人差し指で掻きながら、菜海に問う。


「その、良ければなんだけど……菜海ちゃん、って呼んでもいいかな。いままでnamimiちゃんって呼んでたし、そっちの方がしっくりきてて……」


「……はい!大丈夫です!」


「俺のことも、好きなように呼んでくれていいよ。今までずっと、ネット上ではタメだったんだし……」


 ネット上のやり取りでは、裕昌が視聴者にタメでいいと言ったことがある。ネット上だからと言って遠い存在にはなりたくなかったのだ。


「あの……、じゃあ、ひろくん、とかでもいいですか……?」


 菜海は俯いて遠慮がちに呟く。裕昌も、自分で言っておきながら久々に「くん」呼びされることに恥ずかしさを覚えていた。

 

「改めて、よろしく菜海ちゃん」


「こちらこそ……!よろしくお願いします、ひろくん」


 などと挨拶を交わし、二人とも再びゲームに戻った。黒猫のもの言いたげな視線に気づかずに。








「うううううう……」


 黒音が裕昌と菜海の様子を見て、何やらもの言いたげに唸っていた。

 なんだかものすごくもやもやする。

 

「けっ、なんだ黒毛玉。嫉妬か」


「うるさい。嫉妬なんてしてないし。ちょっとあの距離感が気に食わないだけだし」


 それを嫉妬というんだ、と不知火が心の中でぼやいた。



 後の話だが、黒音の機嫌を取るために、裕昌が液状のおやつ『ちゃーる』とマグロを急いで用意したんだとか。

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