黒猫と最凶の蠱毒 8
翌朝。
「おはよう、黒、音……?」
裕昌は黒音がいるはずのキャットタワーに向かった。いつもなら既に起床し、お腹すいたー、と言うのだが。
「……………」
まだベッドでぐっすり眠っている。そういえば、昨日の夜に蠱毒の壺を持ち出していた。何も言わずに帰ってきたということは、解決したのだろう。
そう思い、裕昌は黒音を起こさないように部屋を出た。
「おはようございます」
「おはよう、萬屋さん」
裕昌は挨拶を返した。菜海がやってきた。背にはあの可愛いキャリーバッグを背負っている。
キャリーバッグの中からは、白い雄猫がじとっとこちらを覗いていた。
「不知火もおはよう」
「けっ。朝からご苦労なことだな」
しばし沈黙。裕昌は、今起こった状況を把握するのに時間がかかる。
「?……?……、…………………………!?!?!?!?」
ようやく今何が起こったのかを理解した。
不知火がぼそっと挨拶をしたのだ。
「今、喋っ、て……!?」
「?」
視えない菜海にとっては、不知火の声が聞こえていないため、何のことか分からない。
菜海になんと説明しようかあわてていると、菜海は、ああそういうことか、とにっこり微笑んだ。
「もしかして、不知火が妖でしたか?」
「えっ、いや、そうなんだけど……、萬屋さん、何で分かるの?」
裕昌の慌てふためきようがどこかおかしくて、菜海はくすくすと笑う。
「実は以前からおかしいな、とは思っていたんです」
「というと?」
菜海は満面の笑みで答えた。
「明らかに25歳を超えているし、元気過ぎると思っていたので」
菜海曰く、動物病院に訪れた際、白猫に提示された推定年齢は約7~8歳、もしくはそれ以上。菜海が3歳の頃に拾い、20歳の現在も共に暮らしている。しかもなにも衰える様子もなく、それどころか何も変わることもなかった。。
「そっかー、あなたも妖怪だったのね」
菜海は不知火をキャリーバッグから出し、抱き上げた。妖怪と分かった以上、狭いキャリーバッグに入ってもらう必要もないだろう。
相変わらず、白猫の表情はふてぶてしい。
不知火は菜海の腕から逃れると、いつも黒音が寝ている猫用ベッドへ飛び乗った。
「五十鈴屋に妖怪が増えていく……」
もはや妖怪屋敷と化した五十鈴屋。それはそれで面白いのだが、仕事中に邪魔をされるのだけはごめんだ。
「裕昌とか言ったな」
「え、うん」
「詳しいことは黒猫の小娘にでも聞けばいい」
「はい」
なぜだろう。ものすごく長い年月を生きてきたきがする。言動の端々に貫録がにじみ出ている。おもわず丁寧に返事をする裕昌である。
ふと、時計に目が行った。時刻は10時。そろそろ客足が増えるころだ。
「あ、やべ。萬屋さん、レジお願い!」
「はい!」
裕昌が慌てて不足している商品の品出しをする。そこそこ量があったのだが、見事な早業で15分とかからなかった。するとまたしばらく暇になる。レジに二人座り、談笑していた。そこへ、とてとてと足音が近づく。
「おはよー」
「黒音、おはよう。ご飯どうする?」
「もうちょっと後でいい」
くわあ、と大きく口を開けて欠伸をする。いつもの定位置で寝ようとカウンターを見上げた瞬間、黒音の動きが止まった。
ベッドがあるはずの場所から、見たことのある2つに分かれた白いしっぽが見えている。
黒音は勢いよく跳躍し、カウンターの上に飛び乗った。菜海と裕昌の間から着地する。
「お前―っ!?誰がそのベッドを使っていいと言ったあ!」
「朝からうるせえな」
「なっ!?もういい、ここで決着をつけてやる!」
「ほお。この猫鬼様に勝とうってか。昨日のことを忘れたのか?明らかにお前の負けだ。ということで今日は床で寝るんだな。じゃじゃ馬娘」
「この暴君!猫でなし!」
裕昌がまあまあ、と仲裁に入る。激しい舌戦が繰り広げられていることを菜海は知りもしないだろう。
黒音が懸命に全身の毛を逆立てているが、妖力差も年齢も舌戦も黒音の敗北であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます