黒猫と最凶の蠱毒 3

 上木が帰って約ニ十分が経過した。裕昌と黒音は、持ち込まれた壺を凝視しながら、先ほどの会話を思い出していた。




「いやあ、本当に刀の件は助かったよ。祖父も礼を言っていてね。それと何故か、何かあった時は裕昌君を頼ると良いって言われたんだけど……」


「は、はあ……」


 俺を頼ってどうするんだと言わんばかりに、裕昌の笑顔が引きつる。多分、黒音のことを指しているのだろうが。上木家の老父は黒音が視えていた。もちろんあの戦いも視えていたし、本人も口外はしないと言っていた。

 しかし、厄介事を持ち込んでくるとは想定外なのだが。


「これ、結構年代ものっぽくて」


「売るのはどうですか?」


「それがね……」


 裕昌が何とか五十鈴屋で預かることを避けようとするが、上木は言葉を濁した。そして風呂敷の結び目を解く。

 それを見た裕昌と黒音は、げ、と呻いた。

 壺の蓋は縄でがちがちに固定されており、簡単に開けることが出来そうにない。そして、いかにもなお札、加えて、共に括り付けられている木簡に崩し字でなにか書いてある。


「え、と……あ、あけるべからず?」


 こういう時、大学で崩し字の講義を取っておいてよかったと思う裕昌だ。


「開けるなってことは、中に何か入ってるんじゃないのか?」


「お札が貼ってあるんだけど……」


「親戚の家から出てきたらしくてね。ということで預かってほしいんだ」




「五十鈴屋は何でも屋じゃないんだぞ!」


 今までの会話を思い出し、憤慨する裕昌。黒音は相変わらず壺をじっと見つめている。


「黒音、これ何?」


「わからん。ただ、この符が陰陽師によるものだとは分かった」


 何かの文字が書かれたこの符、霊力の気配がある。しかもかなり最近のものだろう。わからない、と口にはしたものの、黒音の中では一つの答えが浮かんでいた。


「憶測だが、少しだけ心当たりがある」


「ずばり、先生それは」


 裕昌のボケに乗るように、うむ、と黒音が仰々しく頷く。そしてわざとしゃがれた声で続ける。


「この符は何かを封じるための物、開けるなと書かれた木簡、そして壺。わしはこれを『蠱毒』とみた」


 蠱毒。と裕昌が繰り返す。よくアニメや漫画の類でも取り扱われる内容だ。大昔、中国や日本で行われていた呪法の一つである。有名な「犬神」の呪法などと並ぶメジャーな呪法だ。


「蛇とか蜘蛛とか百足とか、生き物を壺の中に詰めて互いに食わせる。最後に残った一匹には強力な呪いの力が宿り、それを使って様々な方法で相手を呪う、質の悪い呪いだな」


「呪いたい相手の家の下に埋めたり、その毒を食事に入れたり?」


「そそ。あと四つ辻に埋めてその上を通る相手を呪うパターンとかな」


 裕昌がうげえ、と呻く。なんでそんなものが現代に残ってるんだ、と言わんばかりに顔をゆがめた。


「多分、最近見つかって陰陽師にどうすれば聞きに行ったんだろうな」


 その際、施されたものがこの縄と霊符だろうと黒音は推測した。ふと、黒音は思い出したように裕昌を見た。


「そういえばお前、怪しいものとかには近づかない触らない関わらないって決めたんじゃなかったのか?」


「………俺経由して持ち込まれたのは気になるじゃん?やっぱり」


 掌を鮮やかに返す裕昌を、黒音は半眼で見つめる。


「い、一応危険なものかそうでないものかは、聞いてからと思って……」


 裕昌の目が泳ぐ。確かに先日の件で反省はした。だが、どうしても好奇心というものと、避けることにはまず知ることから、ということも相まって思わず聞いてしまった。


「じゃあ、夜は前と同じように近づくなよ。今日は早く寝ろ」


「うん。わかった」


 裕昌はひとまず壺を邪魔にならないところに置く。


「ご飯にしようか。何がいい?」


「もちろんマグロ」


「もちろんそれ以外」








 人間達が寝静まったその夜、黒音は人の姿を取り、壺の前でうんうん唸っていた。それもこれも、壺の正体が蠱毒とわかったのはいいが、対処法については全く聞いたことがなかったのだ。


「呪われた家とか人は、陰陽師に頼んで呪い返しをしてもらうんだろうけどなあ。その残骸だろうな、これ」


 呪い返しは、名の通り、呪法を行っている術者のもとに呪いを返す方法である。しかし、黒音の持っている知識はそこまでだ。蠱毒の壺そのものをどうこうする話は聞いたことがなかった。そもそも、黒音が妖として生きた時代は、蠱毒という呪法が衰退していた時期なのだ。

 黒音の首が真横にかくんと折れる。


「うーん」


 黒音がここまで悩む理由のもう一つに、この壺の中身が関係していた。

 それは、蛇がいるかもしれないということ。

 黒音は大の蛇嫌いである。触るのももちろん、視界に入ることすら許さない。蛇が嫌いすぎて、同じような形のきゅうりまで嫌いになってしまった始末だ。

 開けた途端、猛毒でさらに呪いの念がこもった蛇がしゅるしゅると出てくることだけは何としてでも避けたい。


『お、黒猫が悩んでるぜ』


『ど、どうしたの……?』


『良ければお力になりますよ』


 おなじみの五十鈴屋に居つく妖怪たちが黒音の周りに集まってくる。鼬の妖が黒音の背後から壺をのぞき込む。


『げ、これ蠱毒じゃねえか』


「お前たち、これの対処法知ってるか」


 黒音はダメもとで妖たちに問う。妖たちは首を横に振った。


『知ってるわけねえだろ。蠱毒の解毒はそもそも公に知られてないんだよ』


 まあそうだよな、と黒音は肩を落とす。ここに居る妖たちは長くて黒音と同じか、それより若い妖たちだ。


『だったら……この封印を施した陰陽師を探すのはいかがです?』


 そう提案したのは若い侍の霊だ。黒音の表情が僅かに陰る。


「陰陽師、ねえ……」


 だが、すぐにいつもの調子に戻る。


「どっちみち、対処法がわからないから一応封印を施したんだろ。だったらこっちで考えるほうが早い気がする。」


 そう言うと、黒音は壺を風呂敷で包みなおした。


「というわけで、お前ら間違っても開けるんじゃねえぞ。この五十鈴屋自体が呪われた場所になっちまうからな」


『ひ、ひえ……』


 このくらい言っておかないと、何をしでかすかわからない妖どもだからな、と心の中でぼやいた。




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