黒猫と最凶の蠱毒 2
想定外の質問に、自分が落ち着く意味を込めて裕昌は菜海に椅子に座ってもらった。
「萬屋さん」
「はいっ!」
菜海は怒られるのだろうかと身構えていたのか、肩をびくりとはね、勢いよく返事をする。
「もしかして……視える?」
色々考えた結果、そう問うことしかできなかった。
「え、と、視えないんですけど、なんか霊感が昔から強いらしくて……」
「じゃあ、あたしの声も聞こえないっていうわけか。おーい。もしもーし」
黒音が菜海の目の前で声をかける。しかし、声は届いていないようだった。
「……あまり俺も他人に言いたくはないんだけど、萬屋さん言ってくれたし言うか。聞いてくれた通り、この家には結構な数の霊とか妖がいます」
「や、やっぱり……」
「そして俺はそれが視えます」
「えっ!?」
菜海は裕昌が視えるということに対して驚きを隠せないようだった。裕昌は机に突っ伏する。
「いいなあ……、俺霊感ないのに視えるから、気配とか全然わからなくて困ってるんだよ……」
裕昌の脳裏によぎるのは妖刀事件のことだ。上木という青年の後ろにいた長い黒髪の女性。それが妖刀の姿であるとも気づかずにうかつに近づいてしまい命が危うかったこと。あの出来事だけは裕昌の中でも一番反省した出来事だった。
怪しいものには近づかない触らない受け入れない。それを学んだ一件だった。
「でも、視えていることが羨ましいです。感じることは出来ても、それがどんな形をしているかわからないので……」
菜海が少しだけ寂しそうに呟く。それがどんな意味を持っているのか裕昌と黒音には分からない。
「視えないと不便なこともあるよね。さっきの発言は軽率だった。ごめん」
自分がいらないと思っている持っているものを、欲しがる人がいる。その気持ちをよく知っている裕昌は、あの時の劣等感というか嫉妬というか、何とも言えない気持ちを思い出し、菜海に謝罪した。菜海自身はそれほど強い感情は抱いていないが。
「ところで、萬屋さんは一人暮らしだよね?飼ってる猫、一匹にして大丈夫?」
「多分大丈夫です。ちょっと変わった猫で、小さいころから私を悪いものから守ってくれるんです」
それでも、長時間猫一匹はその猫も不安だろう。裕昌はちらりと目の前の黒音を見た。視線に気付いた黒音が「ん?」と首を傾げる。普通の猫同士なら中々こんなことは出来ないが、妖の黒音なら、その猫の面倒を見てくれるのではないか。裕昌は黒音に向かって手招きをし、ひそひそと確認を取る。
「なあ黒音、お前、ほかの猫と仲良くできる?面倒見てくれる?」
「………………えぇ…………」
黒音がとても嫌そうな顔をする。ですよねー。と裕昌が苦笑する。
「ま、菜海の猫が心配な気持ちはわからないでもない。面倒見てやるよ。今回はあたしの心の広さに感謝するんだな」
「まじ?ありがとう」
仕方ないと言わんばかりにかりかりと後ろ足で首を掻く。裕昌は黒音にあとで「ちゃーる」をやろうと心に決めた。
「萬屋さん、もし心配だった猫連れてきていいよ。うちで面倒見るし」
「本当ですか?でも、それはさすがに申し訳ないというか……」
「黒音が面倒見てくれるって」
な、と黒音に視線を送る。黒音は返事としてにゃんと一鳴きした。
「じゃあ、また明日。帰り道気を付けてね」
「はい。では失礼します」
遠ざかる菜海の背を身送る。ふと、裕昌の足元を何かが通った。見ると、一匹の白猫が足元を通り過ぎていく。菜海が帰った方向と同じ方角に向かうようだ。
「見慣れない野良猫だな……新入りかな?」
よく五十鈴家の庭に何匹か野良猫が来るが、見慣れない顔だった。今度うちに来たときは挨拶くらいはしようと思う裕昌だった。餌付けはしない。本当に痩せて、うちに助けを求めてきた場合は、自分が保護すると覚悟をもって餌をあげるのだが。
黒音が普通の猫だったら、もっと野良猫や他人の猫には慎重になる。自分の家族に病気や細菌が移ってしまうと、どちらにとっても良いことはない。逆も然り。
黒音曰く、どうやら猫特有の病気や人間の感染症には罹らないらしい。だが、妖の病気という物があるらしく、それには罹るそうだ。あと、普通に風邪くらいはなるらしい。
白猫の姿が消えるまで見ていた裕昌は、店の中へと戻っていく。
「あー……疲れた……」
裕昌がレジの近くにあった椅子に座り、ショーケース型の商品棚に突っ伏した。近くの黒音専用ふかふかベッドに、持ち主がひょいと乗る。
「人との付き合い慣れてそうだったけどな」
「あれは愛想と店員の義務。普段あんなに人と喋らないから精神的に疲れるんだって……」
明らかに疲弊している裕昌を見て黒音は苦笑する。ふと、黒音の耳が微かに足音を捉えた。五十鈴屋へ向かってきている。その足音は店先で止まると、店内をのぞいた。
「裕昌くーん。いるかーい?」
聞き覚えのあるこの声。先日の騒動以来か。顔なじみの近所に住む、上木という男である。妖刀を持ち込んできた本人である。
「上木さん。どうしたんですか?」
「この前はありがとう。助かったよ。これ、お礼のフルーツゼリー。あと突然で悪いんだけど……」
裕昌と黒音は何故か嫌な予感がした。上木が風呂敷に包まれた何かを取り出す。
「これも出てきたんだよね」
それは、壺だった。二人の顔が暗くなった。
その壺、怪しさ満点なのだが。
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