第2話 黒猫と最凶の蠱毒

黒猫と最凶の蠱毒 1

 例の妖刀事件から約一週間が経った。裕昌と黒音、上木家を巻き込んだ妖刀は今やすっかり大人しくなり、その姿を現すことは滅多にない。


「何してるんだろうなあ。あいつ」


「刀の姿のままおとなしくしてるんじゃね?」


 ごろーんと寝ころびながら、キャットタワーの猫じゃらしを叩いている黒音。一方で、裕昌はパソコンのキーボードを叩いている。


「家にいるんだから、ちょっとでも顔を出してくれたらいいのに」


「顔を出しても前髪で隠れて表情は見えないけどな」


「そんなこと言わない。関わり持っちゃったから仲良くなりたいんだけどなあ」


 裕昌はキーボードを叩き続けている。

 裕昌的には、自分が五十鈴屋に来いと誘った様なものだと自覚しており、そういうことならば自分が責任をもって関わっていかないと、と考えているのだが。

 黒音が猫じゃらしで遊びながら問う。


「んで、お前はさっきから何をしとるんだ」


「何って、今日うちにアルバイトの面接希望の子が来るからその資料整理だよ、うちの情報とかの。過去のやつとか修正しなきゃいけないし」


 裕昌は手元の履歴書を取り上げる。黒音が遊ぶのを止め、その履歴書をのぞき込んだ。

 写真には大学生と思われる女性が写っている。黒音は内心「女かよ」と不満げな顔をするのだった。裕昌は気づいていない。


「名前は……よ、萬屋菜海よろずやなみ……?」


 難しい苗字だな。絶対に間違えないようにしないと。






午後。名前のインパクトとは対照的に、お淑やかな女子大生が訪ねてきた。ベルト付きのワンピースを身に着け、眼鏡をかけた清楚な女の子。女子との関わりなんぞ、小学生以来無い裕昌から見ても、普通に可愛かった。緊張からかきょろきょろとあたりを見回している。


「今日は来てくれてありがとう。こっち上がって」


「は、はい!」


 裕昌は爽やかな笑顔で案内する。が、人見知り故、緊張で裕昌の心臓は破裂しそうなくらい拍動を繰り返し、口元は引き攣り気味だった。


『落ち着け俺。この子のほうがもっと緊張しているはず。このくらいで死にそうになっててどうする。ここは陰キャ属性を忘れろ。そう、今の俺は愛想のいい好青年』


 そう自分に言い聞かせる。その様子を居間で伺っていた黒音は退屈そうに、くぁ、と欠伸をした。

 欠伸をする黒音を見て、猫は気楽でいいよな、と心の中でぼやく裕昌である。


「そこにどうぞ」


「失礼します……」


 丁度、黒音が丸まっている正面に菜海が腰かける。裕昌はファイルに挟んである資料を広げながら、テンポよく店の説明などを行う。


「じゃあまず、店の説明からしようかな。五十鈴屋は色々雑貨とか扱ってるんだけど、和風な小物を取り寄せたり、ここの店主のじいちゃんとばあちゃんが手作りしていたりするんだ。長期休暇の時とかは海外のお客さんがお土産を買いに来ることもあって……」


 五十鈴屋の説明を、菜海は頷きながら真剣に聞いている。裕昌からみて、真面目そうで仕事にも真剣に取り組んでくれそうな菜海には好印象を持っていた。

 一通り説明を終わらすと、アルバイト確定への面接が始まる。


「ここのアルバイトの条件なんだけど、勤務時間は九時半から十八時で、一応シフトで午前か午後、一日のどれかになるけど、そこは大丈夫?」


「はい、大丈夫です。サークルにも入っていないので平日もお手伝いできます」


「大丈夫、と……。仕事内容は基本レジ打ちと品出し……になると思う」


「はい」


「じゃあ、最後なんだけど……猫アレルギーとか、猫が嫌いとかない?」


「大丈夫です!」


 心なしか、菜海の緊張が少し和らいだ気がする。裕昌は菜海の履歴書にある個人の情報を確認すると、資料やらを一度仕舞った。


「はい、面接はこれで終了です。お疲れ様。じゃあまた後日連絡、と言いたいところなんだけど、実はアルバイトの求人に応募してくれたのが君だけなんだよね……」


 まあこうなるとは思っていたけれど。

 裕昌自身もアルバイト募集を掛けてみた本人であるものの、あまり応募人数には期待していなかった。都会から少し離れており、どちらかと言えば人通りの少ないこの町の小さな雑貨屋に、何十人も申し込みしてくるとは思えなかった。


「早速明日から少し研修って言う形で来てもらいたいんだけど、時間空いてるかな?」


「明日は大学が三限で終わりなので、午後からなら」


 大学終わりに店に寄ってもらうことにし、今日はこれでお開きにする。その前に、裕昌は思い出したように歩く方向を変えた。


「あ、そうだ」


「ぬおっ」


 裕昌は丸まっていた黒音を抱きかかえると菜海に近づいた。


「うちの看板娘の黒音だよ。最近家に来たばっかりなんだけどね」


「そうなんですね。黒音ちゃん、これからよろしくね」


 菜海はあいさつとして人差し指を黒音の鼻の前に近づける。黒音は何処か渋々といった感じで匂いを嗅いであいさつに応じる。


「萬屋さん、猫への接し方慣れてるね」


「実は私も猫を飼ってるんです。元々野良猫の子なんですけど……」


 猫の話題に嬉しそうに微笑む菜海の様子を見て、裕昌は少し安堵した。人見知りにとって共通の話題は最重要と言っても過言ではない。と、裕昌は認識している。

 一方の黒音は、裕昌に抱えられながら先ほどから不機嫌そうに尻尾を揺らしている。

 すると、菜海が辺りをきょろきょろと見渡し始めた。


「?どうしたの?」


「あ、いえ、その……」


 突然返答に歯切れが悪くなった菜海に裕昌も辺りを見回してみる。少し年季の入った木造特有の梁、何の変哲もない時計、机、椅子、箪笥、そして裕昌と菜海と黒音と、その他にイタチの妖と侍の霊が傍を通ったが、関係ないのでそれは除外。


「なにかあるかな……?」


「ち、違うんです、その……」


 菜海は少しの間、何かを言いかけては止めるを繰り返していたが、やがて決心したように、口を開いた。


「あの……。ここ、霊とか、そういうのいませんか……?」


「……………………」


 思いもよらぬ発言に、裕昌と黒音は固まったのだった。




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