第63話 赤い網?

 ゴールデンウィークは後半になった。琴音さんは朝からハイテンションだ、予想はしていたがかなり面倒くさい気がした。僕は二泊三日が果てしなく長いと感じている。


「さあ星七ちん、出発よ!」


 2台のバイクはマンションから走り出す。慣れている琴音さんが前を走り誘導してくれた、僕は注意しながら後を付いていけばいいのだ。信号で離れると、少し先で待っていてくれた。


 対向車線を走って来るバイクがピースサインをしてくれている、バイカー同士の相図があるみたいだ。徐々に慣れて来た僕もピースサインを返す。走っている間は軽井沢デートを根掘り葉掘り聞かれた。


 天空カフェへ到着する。今回は名物のチマキと窯焼きランチを食べた、とても美味しかった。その後は川沿いを走りループ橋を渡った、景色と一体になった気がして爽快だ。やがて予約している旅館に到着する、去年と同じ部屋だった。


「一年ぶりだ、懐かしいなあ〜!」


「………………………」僕はすでに恐怖になっている、もしかしたらまた眠れないかもしれない。


「ねえ星七、今夜は貸切風呂を予約してあるから一緒に入るよ」ニヤニヤしている。


「嫌ですよ、そんなの恥ずかしいに決まってるじゃないですか!」眉を細める。


「あら、そうなの?だって昔はいつも一緒にお風呂に入ってたんだから」口を尖らせて斜め上を見ている。


「それは子供の頃の話でしょう、今は………」


「今は何?」


「………………」


「私、星七のお○んちん触った事あるよ」


「え………」


「星七だって、私のを、僕のと違うって不思議そうに見てたじゃん」


「○✖️▪️▲⭐️………………」回路がショートしています、危険な状態です、ウ〜!避難してください!!!


「あれからどう変わったか見せっこする?」


「あわわわわ………」僕の脳は混乱する。


「冗談よ」琴音さんはケラケラ笑っている。


 僕は悔しくてジタバタした。それを見た琴音さんはさらに笑っている。僕は反撃したいがどうする事もできない、悔しさに唇を噛む。


「はい、水着」琴音さんは僕の水着まで用意してくれていた。


「へ………」僕は良いように手のひらで転がされていると思いまた悔しくなった。


 結局二人で貸切風呂に入る。水着の琴音さんは特別に刺激的な訳では無い。それはそうだ、ランデビ琴音の方がインパクトあるに決まっている、だって下着だよ!。そう思うと肩の力が抜けてゆっくりとお湯に浸かった。


 半分露天になっているお風呂から川が見える。僕はお風呂の端に超肘をつけてのんびり川を眺めた。突然背中に二つの圧力を感じた、琴音さんが僕に抱きついてくる。


「茉白ちゃんとの軽井沢は楽しかったんでしょう?だったら私とのツーリングも楽しくしてよ」


「う………十分楽しいです、僕は………」


「私も、もっと楽しくしてよ!」


「どうすれば良いんですか?」


「それは自分で考えなきゃダメよお」


「………………」どうしたら良いんだ?………………もう、どうにでもなれ!


 お風呂から上がり、食事を済ませた。僕はほとんど味が分からなかった、やがて寝ることになる。布団は二つ用意されている。


「ふ〜………………」琴音さんは多めの息をして布団に入る。


 僕は決心して、拳を握った。


「琴音さん!」僕は琴音さんの布団へ徐に入る。


 琴音さんの上に乗り腕立て伏せの状態になって琴音さんの顔を見つめた。琴音さんは我が子を見るような優しい表情になっている。


「星七………壁を越える決心がついたのね………」そう言ってゆっくりと目を閉じた。


「………………………」


 僕は慌てて隣の布団へ避難した。全身にとんでもない汗をかいている。


「あれっ?決心ついたんじゃないの?」不思議そうに僕を見ている。


「そこは慌てて拒絶するとこでしょう?」僕は布団を叩きながら反論する。


「なんで拒絶するの?」


「ふぇ………だって子供とか出来たらどうすんですか!」僕は怒りさえ感じている。


「子供が出来たらママは喜ぶだろうな〜」嬉しそうだ。


「嘘でしょう?」


「なんで嘘をつくの?嘘をつく必要がないでしょう?」


「僕の両親が怒る………かも………しれません………」トーンが落ちてしまう。


「大丈夫よ、福岡に行く途中でうちに寄ってくれたけど、私の両親も星七の両親も早く孫の顔が見たいって言ってたわ」


 僕は布団の上に正座した。


「いい加減なことを言わないでください!また僕をからかっているんでしょう?」


「全然!………」不思議そうな表情だ。


「………………………」僕は血の気が引いていく。


「星七のパパは、琴音さんの魅力ですぐに奴隷になるって言ってたわよ」


「………………」言葉を完全に忘れてしまった。


「私のママは星七と私が結婚して会社を継いでくれたら良いのにって言ってたわ、星七のママもそれは大賛成だって言ってたわよ」ニコニコしている。


「………………………」


「だから、子供が出来ても喜ばれるだけで何も問題ないよ」


『ピシューン』僕の脳を回転させる油圧タービンが止まる、思考能力は完全に停止した。


「星七は壁を乗り越える決心がついたんじゃないの?」不思議そうに僕を覗き込んでくる。


「僕はいっぱいイジられたから、ちょっと脅かしてやりたいと思っただけなんです」項垂れる。


「なんだ………そんな事か………残念」がっかりした表情だ。


琴音さんはゆっくりと起きてテーブルにお茶を入れてくれる。僕は落ち着くためにお茶を啜った。


「もしかして………いつも下着姿でいたのは誘惑してたんですか?」


「まあ………半分はそうかも………私、自分の部屋では何も着てないわ、体に下着の跡が着くのは嫌だし、開放感ないし………でも星七の前で全裸はちょっとまずいかなって思って遠慮してたのよ」


「訳が分かりません!」


「でも星七は下着でさえ視線を逸らすし胸を触ったりしないし、どうしてそんなに真面目なの?」


「え………どうしてって………」僕は考えた。


「僕の心の中に声がするんです、『良い子でいなきゃいけない!』って、もし良い子じゃなくなったら、とっても悲しいことが起きるような気がするんです………」


琴音さんは突然固まった。


「そうだったの………そうだったのね………」琴音さんの大きな瞳から涙が溢れ出す。琴音さんは僕の胸に顔を埋めて肩を震わせた。


「………………………」僕は何が何だかわからない。


しばらくすると琴音さんは顔を上げた。


「あ〜あ、顔がぐしゃぐしゃだ、もう一度お風呂に入ってくるね」タオルを持って行ってしまった。


 僕は布団に入って天井を見つめている。琴音さんのベッドの天蓋が懐かしく思えたこと、そして救急車の中で僕の代わりに命を差し出すと言ったこと、お互いの親が結婚を望んでいる事………いったい7歳の時、何があったんだろう?………。考えても何も出てこない、しかし琴音さんに抱きしめられている時、琴音さんの匂いに安らぎを覚えたことは確かだった。


「もう寝たの?」琴音さんが戻ってきた。


「なんか………眠れません………」


「そう、じゃあこうしたら眠れるかもよ」


 琴音さんは僕の布団へ入ってきて僕を抱きしめた。


「そんなことしたらよけいに眠れませんよ!」


「じゃあ、試しにしばらくじっとしててごらんよ」


 琴音さんは抱きしめて、僕の腰のあたりをポンポンと優しく手を当て続けた。不思議にリラックスしてくる。


「お姉ちゃん………」遠くで声がして、すーっと眠りに落ちた。



「おはよう」目の前に琴音さんの優しい笑顔がある。


「おはよ………ございます………」


「よく眠れたみたいね」僕の頭を撫でている。


「はい………とっても気持ちよく眠れました………」僕は完全に白旗を上げた。


 二人で川沿いの道を散歩する。


「琴音さん、7歳の時何があったんですか?」気になって聞いてみた。


「聞かなくてもきっと思い出すわ、もう少しずつ思い出してるもの………」微笑んでいる。


「そうでしょうか?………」僕は足元の転がっている石をポンと蹴った、転がった石は川へポチャンと音を立てて落ちる。落ちた石を見て何か心に引っかかった。


「星七と私は、あの半年で赤い糸が繋がったのかもしれないな………」


「赤い糸じゃなくて、赤い網で僕を捕獲したんじゃないですか?」反論してみる。


「そうかなあ………星七が赤い網で私の心を捕獲したのかもしれないよ」微笑んでいる。


「もし捕獲したなら放流したかもしれません」


「そうね、放流されたら私は悲しいわ」少し寂しそうな表情になった。

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