第50話 心がチクっと………

 駅ビルでそいとげと待ち合わせをしている。僕は見慣れた景色が何か変わったような気がした。


「ヤホー!こっちだよ!」手をふっている。


 二人で駅ビルへと入っていった。


「なあヤホー、色々考えたんだけど………ハンカチとかどうかなあ?」


「う〜ん、相手が佳さんだからなあ………普通のものだと………」


「だよなあ………どうしよう、何がいいんだろう?」


「この前卒業式の送辞はもっと傷口をえぐるような話をしたかったと言ってたし」


「マジ………」


「ああ、本音はそうだったらしいよ」


「じゃあハンカチだと当たり前すぎるよな」


「いっそのことパンツ送るとか」僕は冗談を言った。


「それはエグいな………」考え込んでいる。


「よし、見に行こう!」そいとげは歩き出す。


「僕は別に買いたい物があるから違う所を見に行くよ」


「そうか、残念だな」そいとげはファッションコーナーへ消えていった。


「まさか、マジでパンツは買わないよな?」独り言がこぼれ落ちる。


 僕は琴音さんの影響で、あまり下着に抵抗が無くなっている気がする。とりあえず買いたいものを探して駅ビルの中を歩いた。


 リビングで僕は知らず知らずのうちにニヤニヤしている。それを見た琴音さんはしばらく観察した後僕の前にきた。


「茉白ちゃんに絵本はわたせたの?」


「はい………わたせました」思わず笑みがこぼれてしまう。


「それで?」僕の顔を覗き込む。


「………………」


「星七ちん!白状しなさい!」


「え………何をですか?」


「わたした後どうなったかに決まってるでしょう」


「喜んでもらえました」


「どんな喜び方?」


「涙がひとすじ………流れました」僕は思い出して俯く。


「それで?」


「………………」


「そのまま放置したの?」瞳を大きくして覗き込んでくる。


「抱きしめました………」僕は真っ赤になる。


「そう………キスまで行ったのね」


「………………」


「おめでとう星七、やったじゃん」琴音さんは思い切り拍手した。


「………………」


「どうしよう、お酒でも飲む?」琴音さんは考えを巡らしている。


 しばらくして落ち着いた琴音さんはポツリと言った。


「まあファーストキッスは私だからね………」


「う………」僕は我に帰った。


「星七も大人になって行くんだからコーヒーはブラックにしたら?」そう言いながらコーヒーを入れてくれた。


僕は徐に牛乳と砂糖を入れる。



「あのう………琴音さんにもお返しがあるんですけど………」


「えっ、私にもあるの?」不思議そうに見ている。


 僕はさっき駅ビルで買った包みを差し出す。


「開けていいの?」不思議そうに包みを開けている。


 中から薄いブルーのジャージが出てくる。


「え………ジャージ?………なんで?」


「琴音さんのいつものジャージ姿を見ると、心の何処かがチクっとするんです、だからたまには違うジャージを着て欲しいと思ったので………」


「ママから何か聞いたの?」ジロッと睨んだ。


「いえ、何も聞いてません」


「そうなの………」不審そうな表情だ。


「前に酔っ払って帰ってきた時『海斗、どうして私じゃダメなの?』そう言って大粒の涙を流してました。


「うそ!………」琴音さんは固まった。


「僕にはどうする事もできません、でも違うジャージを着てもらえたら心の痛みが少しは消えるかもしれないと思ったんです。いつものジャージを洗濯した時でもいいので、このジャージを着て欲しいんです」


「星七………」固まったままだ。


「僕には琴音さんの思い出を壊すことはできません、でも時々ジャージを見ている表情は寂しそうです。だから少しでも寂しそうな表情を無くしたいと思ったんです」


「星七!ここに来て!」僕を睨んだ。


 僕は恐る恐る近づいた。


「星七のばか!」


 琴音さんは僕を抱きしめる、そして僕の胸に顔を埋めた。僕の胸はじわっと暖かくなる。きっと琴音さんの涙のせいだと思った。琴音さんは一時間程泣き続けた。


 ゆっくりと顔を上げた琴音さんは少し目を腫らしている。僕はそんな琴音さんが愛しく思えた。


「あ〜!スッキリした!このジャージはもう捨てるよ」そう言ってにっこりした。


ジャージを脱いでランデビになった琴音さんはゴミ箱にジャージをポイと捨て、新しいジャージを嬉しそうに着ている。


「あれ?………これちょっと小さくない?」


「あっ!」僕は固まる。


「もう………星七ったら」琴音さんは思い切り笑っている。


 僕は情けない表情で笑った。


「買ったとこ教えて、明日交換してもらうから」


「はい」僕は財布からレシートを引っ張り出してわたす。


「星七ちん、大好きだよ」抱きしめられた。


僕は少し心が温かくなったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る