第14話 開放感ですか?

 最近琴音さんは帰りが遅い日が多くなった、アルバイトが忙しいらしい。僕は夕食を作る日が少なくなって少しほっとしている。

  

 今日も駅カフェで茉白ちゃんと話してきた。彼女の両親とも仕事をしていて帰りが遅いらしい。それを良いことに、最近二人で夜になるまで話をしている事もしばしばだ。


 琴音さんから遅くなるというメールが届くと僕は図書館で「今日も両親は遅くなるのか………」とため息混じりに漏らす。それは茉白ちゃんへ『駅カフェに寄って行かない?』という誘いの意思表示なのだ。茉白ちゃんもその言葉を聞くと『今日も駅カフェだねって」と返してくれる。


 僕は茉白ちゃんと本の話をするのがとても楽しい。今日も幸せな時間を過ごし帰ってきた。


 マンションの前へ来ると、一台の車が停車して琴音さんが降りて来た。


「玲司さんありがとう!」そう言って手を振っている。


 僕は思わず立ち止まる。


「あれっ、星七は今帰ってきたの?」琴音さんが僕に気がついた。


「はい」


琴音さんはニヤッとして僕を見てくる。


「茉白ちゃんと一緒だったでしょう?」詰め寄ってきた。


「えっと、あのう………」しどろもどろで答える。


「ふ〜ん、星七ちんは分かりやすいねえ、このこの」肩を突いてきた。


 エントランスを抜けエレベーターの中になってもずっと肩を突いてくる。なんだこの人は?リビングへ入りソファーにどかっと腰掛けた。


「琴音さんこそ彼氏ができたんじゃないですか?玲司さんって聞こえましたけど?」反論しようと試みる。


「あら?もしかしてヤキモチを焼いてくれるの?カワイイー!」ソファーに座った僕の頭を撫でる。


「別にヤキモチを焼く理由がないですけど」反論してみる。


「いいのよ照れなくても、あの人はアルバイト先の人よ、安心して」笑っている。


 なんだこの人は、人の話を全く聞かないんだ。まあいつもの事だけどね。


「ねえ星七、お風呂に入りたい!」


 琴音さんの一言で僕は日常業務へさっと戻った。お風呂の準備ができると琴音さんはまたパンツとブラの悪魔へ変身し、お風呂へ向かう。


 またまぶたの裏に一枚の画像が増える。今日はブルーだ………。


 このランジェリーデビルめと心の中で呟く、しかし最近はランジェリーという響きに恥ずかしさを感じてしまう。そこで『ランデビ』と呼ぶことにしている。ランデビ琴音!それがこっそりつけたニックネームだ。そう思うと何故か口角が上がった。


 しかし、そのランデビ琴音さんを他の人が見るのは嫌だと思った。何故だろう?不可解だ………。


 お風呂から出てきたランデビ琴音さんは相変わらず髪をバスタオルで拭いている。しばらくするとドライヤーで髪を乾かしにお風呂場へ行く。なんで髪を乾かして服を着てから出てこないんだろう?不思議でしょうがない。


「あのう………なんで髪を乾かして服を着てから出てこないんですか?」勇気を出して聞いてみた。


「だって、開放感がないじゃん!」少し頬を膨らした。


「へ〜………そうなんですか………」なんと僕は琴音さんの開放感のために変態にさせられようとしているのか。なんとなく怒りがムクっと心の奥に湧き上がってくる。


「星七もパンツだけでリビングへ来てみなよ、とっても開放感があって、家に帰って来たって感じがするから」


「えっ………」言葉をなくす。


 頭の中に下着姿の琴音さんと僕がリビングのソファーで向き合っている映像がぼんやり浮かぶ。僕はその映像を必死にかき消す。それはもう完全に変態の世界だ、僕が足を踏み入れては決していけない場所なのだ。僕は恐怖に怯えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る