第13話 才能って?
また淡々と過ぎる日常が戻ってきた。僕は何となく授業を受けて放課後は図書館で過ごす。勿論茉白ちゃんがいると嬉しいのだが。
僕は返却された本をあるべき場所へ戻し、貸し出しカードを確認して整理する。一通り終わったのでパッドを出して読みかけだった小説を読み始めた。
「えっ!星七くんそのパッド君の?」
突然声がしたので顔を上げると太田先輩、いや亜斗夢先輩だ。横には真凜先輩もいる。別のところで作業していた茉白ちゃんもやってきた。
「あっ、はい………」
「すごいじゃん星七くん、いいなあそのパッド、俺も欲しいんだけど高くて買えないんだよなあ」
「えっ?」ラノベ作家の亜斗夢先輩なら余裕で買えるんじゃないの?素朴な疑問が湧く。
「星七くん凄い!」茉白ちゃんまでパッドを覗き込んだ。
「あっ、これはこの前の誕生日にプレゼントされたんです」僕は恥ずかしそうに頭をかく。
「いいなあ………」亜斗夢先輩は本当に羨ましそうだ。
僕はふと思い出して鞄から亜斗夢先輩の書いたラノベの本を2冊引っ張り出す。
「そうだってね、星七くんは亜斗夢のファンだってね、雪村先輩から聞いたよ」少し嬉しそうだ。
「えっ?まるで亜斗夢さんは別の人みたいな言い方ですね」不思議そうに先輩を見る。
亜斗夢先輩は真凜さんと顔を見合わせて少しだけ笑った。
「もしサインが欲しいなら喜んでするけど?」
「本当ですか?超嬉しいです!」僕は両手で表彰状を手渡すように本を差し出す。
亜斗夢先輩は慣れた手つきでサラサラとサインしてくれた。
「ありがとうございます!僕は宝物にして大切に保存します」思わず本音が出てしまう。
それを見ていた茉白ちゃんも「私もいいですか?」そう言って鞄から本を取り出した。
「勿論だよ」先輩はにっこりしてまたサラサラとサインしてくれた。
しばらく和んでいると、突然亜斗夢先輩は眉を寄せた。
「あっ真凜、ストーリーが降りて来た!」そう言ってマリン先輩の袖を引っ張る。
「そう、じゃあ今日は誰もいないし、奥の席を借りようかな」そう言ってパソコンを出し二人で奥の席へと移動した。
僕と茉白ちゃんは不思議そうに二人を見ている。
亜斗夢先輩は急に話し出す。
「ラミー、お前の魔法はもう力がなくなって来ている」話した後今度は向きを変える。
「司教様、どうしたらいいんでしょう?」切なそうな表情だ。
「ラミー、あの山にある薬草をとってくるんだ、今はそれしか方法が思いつかない」項垂れている。
「そうですか………分かりました、私は薬草を取りに行って来ます!」唇を噛みしめている。
亜斗夢先輩はまるで一人芝居のように登場人物になりきって話を進めていく。真凜さんはその言葉を追いかけるようにパチパチとパソコンへ取り込んでいる。
僕の目の前で、これから出版される本のストーリーが展開されていく。僕は読んでいた本の未来を少しだけ見ることができた。そして衝撃的なその光景に震えた。才能ってこういうことなんだと思った。
夕方僕と茉白ちゃんは駅ビルのカフェへ来ていた。
「亜斗夢先輩と真凜先輩ってすごいですね」僕は少し興奮気味に話しだす。
「だよねえ………」茉白ちゃんも興奮気味だ。
「イトコの佳ちゃんから聞いたんだけど、太田先輩は思いついたらあんなふうに喋るんだって、そして真凜先輩はそれを読みやすくていい感じの文章に仕上げていくみたいよ。だからペンネームの亜斗夢は二人の共同の名前らしいよ」
「そうなんだ、だから亜斗夢の名前をまるで他人のような感じで言ってたんだね」僕はさっきの疑問が解消した。
「でも、パットくらい余裕で買えそうだと思うんだけど………」
茉白ちゃんは少しだけ表情を曇らせ、小さめの声で話し始める。
「亜斗夢先輩のお父さんが病気なんだって、だからお母さんのパートと彼の収入が生活を支えてるみたい」
「えっ!そうなの?」僕はゆっくりと頷く。
「そうみたいよ………」茉白ちゃんの唇に少しだけ力が入った。
「僕はあの才能を目の当たりにして凄く羨ましかった、 そしてなんでも買えるほどリッチなんだと思っていたけど、現実って色々あるんだねえ………」
「そうだね、それぞれの家庭に色んな事情があるんだろうね」茉白ちゃんは少しだけ微笑んだ。
僕は今の自分が幸せなのかもしれないと思った瞬間、パンツとブラの悪魔、ランデビ琴音が頭の中をトコトコと歩いて通る。慌てて妄想をかき消した。
「僕は本が好きだから、心のどこかで文章を書いてみたいと思ってたんだ。だから文芸部に入ろうと思ってたんだけど、亜斗夢先輩を見たら、そんな考えは吹っ飛んじゃったよ」情けなさそうに笑った。
「そうなの?でも文章を書く方法はたくさんあると思うし、必要とされる文章も様々なジャンルがあると思うよ。私も将来は文章に関わる仕事がしたいと思ってるの、まだ私たちは高校生になったばかりだし、ゆっくり考えればいいんじゃない?」優しく微笑んでいる。
やっぱり茉白ちゃんは天使だ!神々しささえ感じるよ。僕は心の中で茉白ちゃんに手を合わせて拝む。しかしそれをかき乱すようにまたランデビ琴音がトコトコと脳内を歩き回る。あ〜………僕はもう変態の入り口に立っているのかもしれない。こんな可愛い茉白ちゃんと話しているのに………………。僕の顔は赤くなっていくのを感じる。
「星七くんどうしたの?」茉白ちゃんは不思議そうに顔を覗き込む。
「いや、その、文章の仕事をしたいなんて恥ずかしいことを言ってしまったので………」必死に誤魔化す。
「そうなんだ、大丈夫よ私も同じだから」優しい笑顔だ。
違うんです!茉白ちゃんは僕みたいによこしまな人間じゃあないです!心の中で叫ぶ。
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