第11話 僕のベッドへ?

 図書館でメールを確認する。琴音さんからのメールは『食事はいらない、今夜は遅くなる』そう表示された。


「ふ〜ん、そうなんだ」独り言が漏れる。


 琴音さんはバイクのクラブに入ったらしい、部活が忙しいんだろうと思った。夕食を作らなくていいので僕はおにぎりとカップ麺で夕食を済ませる。


 リビングのソファーに寝そべりパッドで小説を読んでいると、突然メールが届く。


『ヘルプ星七、もうすぐ到着』「えっ、何事?」僕は慌ててマンションの前まで出ていく。


 一台のタクシーが停車し、中から青い顔をした琴音さんがフラフラと降りてきた。


「どうしたんですか?琴音さん」僕は駆け寄る。


 僕を見た琴音さんは少しだけニヤリとすると「助かった」そう言って全身を僕に委ねてきた。僕は必死に支えてエントランスを引きずりエレベーターにのせる。何だこの人は?しかも強烈に酒臭い、まだ未成年だろう。何とか部屋へたどり着きソファーへ寝かせた。


「う〜………気持ち悪い」琴音さんはソファーから落ちて床をのたうち回っている。


「大丈夫ですか」さめた言葉をかけてみる。


「新入部員歓迎コンパで、飲ませてお持ち帰りしようって魂胆が見え見えだったから、勝負してノックアウトしてやったわよ、ハハハ………」


「何やってるんですか、まだ未成年でしょう?お酒は飲んじゃいけないんですよ」


「そんなのわかってるわよ、でも空気読んで飲めってうるさいからさ………」


「そんな事で飲んだんですか?」ただただ呆れ果てる。


「う〜………気持ち悪、星七バケツ!」


「え〜!」僕は慌ててお掃除用のバケツを用意した。


 琴音さんはバケツを見て少し安心したように笑った。そしてそのバケツに飲んだお酒を滝のように吐き出した。


「え〜………」僕はひたすら琴音さんの背中をさすった。


「何だこの人は、信じられない」心の中でドン引きする。


 ほとんど出るものがなくなったようで、琴音さんは肩で息をしている。


「ねえ星七、今日はもう寝るから星七のベッドに連れてって」


「えっ!何言ってるんですか?」


「だから、私のベッドがお酒くさくなるのは嫌なの!だから星七のベッドに行く!」


「え〜………」僕はさらにドン引きした。嘘でしょ?僕のベッドは酒臭くなってもいいの?どういうこと?


「早く!もう限界なんだから!」琴音さんは睨んでいる。


 僕は諦めて僕のベッドへ琴音さんを引きずり運んだ。僕のベッドに横たわった琴音さんは「ふう〜」っとため息をつくと、とんでもないことを言ってきた。


「ねえ、苦しいから服を脱がせて!」とんでもない言葉のミサイルに僕は心が吹き飛ばされる。


「星七!早くってば!」


 心を飛ばされた僕は無心になって琴音さんのブラウスのボタンを一つ一つ外していく。脱がせると程よく豊かな胸を隠すブラが恥ずかしそうに顔を出した。そしてジーンズを引っ張り脱がす。やや見慣れてきたパンツとブラの悪魔になると、掛け布団に潜り込み「おやすみ」と一言。


 僕はまた今夜ソファーで寝るのかと思い、タオルケットを引っ張り出して部屋を出ようとする。


「星七は私のベッドで寝ていいんだよ」優しそうな声が聞こえる。


 何だこの人は、ひどいのか優しいのか全くわからない。琴音さんのベッドで寝れるわけないでしょう、まだソファーの方がよっぽど落ち着くよ。心の中でひっそり反論する。


 ソファーの上でぼんやり天井を眺める。何だろうこの状況は?頭の中にもやが広がっていく。


 琴音さんの服を脱がした時、甘い匂いと香水の匂いが混じって大人の女性を感じた。もっともそれを吹き飛ばすほどのお酒の匂いもしたのだが。僕は初めて女の人の服を脱がせた。その行為は未成年の飲酒よりはるかに罪深い気がする。これまでまぶたの裏に画像が焼き付いていたが、今夜は生々しい動画が脳内のメモリに記録されてしまった。また今夜も眠れないかもしれない、明日が休みで本当に良かった。


 ふと両親の顔が浮かんでくる、一瞬いけないことをしたような後ろめたさを感じた。しかし、誰のせいでこんなことになってるんだと思うと、両親の顔は鏡が割れて落ちていくようにバラバラと砕け散る。


 やがてカーテンの外が明るくなり始め、小鳥の囀りが聞こえ出す。また朝が来てしまった………そう思って愕然となる。しかしその後疲労感が津波のように押し寄せ、僕は眠りにすとんと落ちた。


 ふと目が覚めると目の前に琴音さんの顔がある。


「えっ………夢かな?」何度も瞬きする。


「ごめんね星七、昨日は酔っ払ってたみたい」


「えっ?」僕はソファーから無理やり体を起こす。


「ねえ、なんで私は星七のベッドに寝てたの?」


「え〜!!!何も覚えてないんですか?」


「うん」コクリと頷き優しく微笑んでいる。


 僕はその微笑みにわずかながらも憎しみを覚えた。


「琴音さんは、自分のベッドがお酒くさくなるのは嫌だって強引に僕のベッドへ連れて行かされたんです」ふてくされながら答えた。


「なるほど………よく考えたらそれは正解かもしれないね」頷いている。


 僕は絶句して「鬼、悪魔!」と心の中で呟く。


「だったら星七が私のベッドで寝たら良かったのに」


「そんなことできるわけないでしょう!」


「そうなの?」不思議そうな表情だ。


 あ〜………もうわけがわからない。僕は頭をかきむしる。


「もしまたこんな事があったら、安心して私のベッドで寝ていいんだよ」微笑んだ。


 え〜!またこんな事態になる可能性があるのか?僕は固まって立ち尽くす。


「ちなみに服を脱がせてくれたのは星七?」


「はい、そう命令されたので………」


「そう、じゃあ今度から脱がせた服は、シワにならないようにハンガーに掛けておいてね」笑っている。


「えっ?ポイントはそこなんですか?」僕は琴音さんの脳の中を開けてどんな回路が入っているのか確かめてみたくなった。


 夕方になって何とか落ち着いてくる。琴音さんもやっと食欲が出てきたらしい。


「星七に迷惑をかけちゃったみたいだから、夕食は星七の好きなものを食べに行こうよ」優しそうに微笑んでいる。


 琴音さんは一応迷惑をかけたとは思っているようだ。どうもこの人の思考回路は理解できない。


 その夜はファミレスでハンバーグをご馳走になった。僕は自分が庶民的な人なんだと実感する。

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