第17のネオン 遠い温泉

 12月、何もかもが凍り付きそうな厳寒の中、「スクルージ街」の玄関口である駅の前に立った旅人は、通りにずらりと並んだ24のネオンに目をみはった。

 なんだ、廃墟のような町と聞いていたけれど、大した賑わいぶりじゃないか。


 ちゃんとホテルだってあるようだし、泊まるにも不便はなさそうだ。

 それに、と彼は通りの向こうにある一つのネオンに目をとめた。

 そこでは一人の男が、湯気の上がるお湯に浸かって、気持ちよさそうな顔をしていた。

 円いお風呂から上がる白い湯気は、次第に形を変えて、やがて「湯」という文字に変わる。どうやらこの通りには、温泉があるらしい。


 凍り付いた路面を、滑って転んだりしないように気を付けながら、旅人は通りを急いだ。

 この冷え切った体を、一刻も早くお湯に放り込みたい。思いっきり手足を伸ばせば、命も伸びるような気がするだろう。


 しかし、通りを進む彼は、一つの事実に気づいて、嫌な予感を感じ始めていた。

 確かにネオンはにぎやかだが、その足元のビルの多くは、ほとんど廃墟も同然だったのだ。ちゃんと営業していたホテルと、料理店などのいくつかのお店を除けば、どの広告も、今のこの町とは関係のなさそうな内容ばかりなのだ。


 嫌な予感は当たった。

 鉄骨のやぐらの上に載った温泉のネオンの近くに、お風呂などなかった。黒々と闇に沈む建物が、静かに並ぶばかりだ。

 その温泉があるらしい、「ヘルスセンター」とやらの場所さえも、何一つわからないのだった。


 余計に冷え切った体を抱えて、彼は通りを引き返す。

 再び駅に戻り、この淋しすぎる町を去ることにするかどうか、考えながら。


(明日は第18のネオン「希望のフライト」を紹介します)

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