第11のネオン 男の反逆

 11番目は医薬品メーカーのネオン、胃薬の広告だ。


「胃痛・胸やけに……」という、広告の文章に良くありがちな、「…」で余韻を残した大きな文字の下に、緑色に輝く商品名。

 そして、その隣では苦しそうに顔をしかめたスーツ姿の男が、自分のお腹をじっと押さえていた。

 その顔色はまさに真っ青、つまりは青色のネオン管が使われているわけだが。


 早いところ、その胃薬を飲んでしまえば楽になりそうなのに、残酷な広告主は商品名を「サ」から順番に一文字ずつリズミカルに点滅させるだけで、男を救う気はなさそうである。

「胃痛」「胸やけ」の赤い文字も、何だか楽し気にピョンピョンと左右交互に輝いて、これはもはや、胃痛の男を馬鹿にしているようではないか。

 男の青い顔には、もはや単に胃痛の苦しみだけではなくて、そんな広告主への怒りや憎しみさえもがこめられているようにも見えた。


「やってられるか! こんな役回り」

 そんな風に、男の顔がとうとう真っ赤に変わる。ネオン管に封入されたアルゴンガスを変質させてまで、彼は自らの怒りを、通りを行く人々に伝えようとした。そのように見えた。


 だが、一瞬の後、男の姿は夜空から姿を消した。彼の体を構成するネオン管は全て消灯し、残されたのは商品名などの文字だけだった。

 広告主に逆らった男、その存在は冷酷にも消し去られてしまったのだろうか。


 医薬品メーカーに問い合わせれば、「回路の不具合です」という返事が返ってくるだけだろう。

 忍耐強く胃痛に耐え続ける男の姿は、翌晩には夜空によみがえり、二度と広告主に逆らうようなことはなかった。


(明日は第12のネオン「龍のごちそう」を紹介します)

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