第11話 血筋のもの

 わいわいと言い合いながらパンをトレーに乗せていく二人を微笑ましげに見ていたマーサが、ふと口を開いた。


「そうだディア。アルフは元気かい?」

「元気よ。こんな得体のしれないのと一緒に暮らそうとするくらいには」

「本当にディアは素直じゃないね」

「それどういう意味?」


 眉間にしわを寄せるティアにマーサは「はははっ」と軽やかな笑い声を上げる。

 トングでパンを挟んだまま振り返ったリゲルが首を傾けた。


「アルフって? ティアの友達?」

「おじいちゃんよ。おじいちゃん、アルフレッド・ノーマって名前なの」

「ほえー……」


 興味があるのかないのか分からないような間抜けた声をこぼすリゲルを冷たく一瞥して、ティアはわずらわしげなため息をつく。

 あごに手を当てたマーサが半ば感心したように言った。


「一緒に暮らしてるってのに、アルフの名前も知らなかったのかい。あんたは逆になにを知ってるんだい?」

「その言い方は酷くない!? 知ってるよ、人の願いの叶え方とか!」

「まだ言ってるの?」


 ティアの目が苛立たしげに細められる。マーサがいぶかしげな顔をした。


「願いを叶えるって?」

「知らない。なんかずっと言ってる」


 マーサの問いかけにそう言い捨てると、これ以上の質問も言葉も禁じるようにぷいとそっぽを向いた。リゲルからトレーとトングを奪い取る。

「あぁっ」と残念そうな悲鳴が上がるが、当然のように黙殺された。


「マーサさん、お会計お願いします」

「はいはい」


 傍から見ると仲のいい友人同士にしか見えない二人に苦笑しつつ、マーサがカウンターに入る。

 彼女が代金を計算したりパンを袋に詰めたりするのを興味深そうに見ていたリゲルがふと口を開いた。


「そういえば、マーサ姐さんも『ディア』って呼ぶんだね」

「ん? あぁ。ディアがアルフのとこに越してきてからの仲だからねぇ」


 羨ましいかい、と意地悪く笑うマーサにリゲルは深く頷く。


「すっごく羨ましい。呼び方だけじゃなくておじいさんと仲良さそうなのも羨ましい」

「あはは、あんたは本当に素直だねぇ。ま、あたしは昔アルフの近所に住んでたから、その縁で今もよろしくやってるだけさね」

「おじいさん、町の方に住んでたことあるの?」

「あぁ。息子……ディアの父親が独り立ちするまではね。子どもと年が近かったからか、あの頃のアルフもあたしには比較的優しかったよ」

「比較的?」


 リゲルは首をかしげた。


「昔はディアよりへんくつな人嫌いだったんだよ。ずっと研究にばっかりかまけててね。厳しい家の子なんか近寄るなって言われたほどだ。息子が出てってからは丸くなったけどさ」

「ティ、ティアより」


 ごくりと喉を鳴らして自分を振り向いてくるリゲルに、ティアはぐっと眉間にしわを寄せる。


「なに」

「や、なんにもな〜い……」


 一つから笑いをしたリゲルは、ふ、とため息をついた。


「あーあ、ほんとに羨ましい。ボクだってディアって呼びたい。おじいさんとは多分すぐにもっと仲良くなれるけどさ」

「ディアも昔のアルフと同じで人嫌いだし、その上素直じゃないからねぇ。呼ばせてくれないだろ」

「うん、嫌だって言われる。ボク人間じゃないし許してくれればいいのに」


 またもや不可思議なことを言うリゲルにマーサが眉をひそめた。

 彼女がなにか言うより早く、ティアが口を挟む。


「そうやって変なこと言うやつになんでそんな風に呼ばれなきゃいけないのよ」

「だってほんとのことなんだもん〜〜」

「誰が信じるのよそんなこと」

「まぁまぁ、ディアもそう頭ごなしに否定するもんじゃないよ。リゲルにとっちゃ本当に本当のことなのかもしれないよ?」

「でもそれに付き合ってやる義理はないわ」


 どこまでもつれない態度のティアに、リゲルが唇を尖らせた。

 呆れたような笑みを浮かべ、マーサは腰に手を当てる。


「まったく、仕方ないね。そうだ、二人とも、好きなパンをお選びよ。オマケしてあげよう」


 リゲルの顔がぱっと輝いた。


「いいの!?」


 逆に、ティアの表情は曇る。


「いいの?」


 対照的な二人の反応にマーサは笑って頷いた。


「あぁ、構わないよ。リゲルにはお近づきの印、ディアには友達ができた記念にね。でも一人一つずつだよ」

「友達じゃない!」

「はいはい、さっさと選びな」


 あっさりと受け流され、ティアは不満気に目をそらした。

 なにも気にせず、リゲルが彼女を呼ぶ。


「ねぇティア、早く選ぼーよー!」

「あぁもう、うっさいわね。言われなくても分かってるわよ」


 ぱっと二つに結んだ黒い髪が尻尾のように揺れた。

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