第8話 結局人が良い

 翌朝。

 リゲルが眠たい目をこすりながら階段を降りると、もうすでにティアも老人も起きていた。

 テーブルには三人分の朝食が用意されている。

 真っ先にリゲルに気づいた老人が朗らかに笑った。


「おはよう。よく眠れたか?」

「うぅん、微妙」

「おや、枕が合わんかったかのう」

「そうじゃないんだけど……あ、おはよう」


 まさかティアの笑顔がまぶたの裏に残って眠れなかった、なんて言えない。

 思い出したように挨拶するリゲルに老人はもう一度「おはよう」と返してくれた。

 その隣でティアは不機嫌そうな顔をしている。基本的にいつでも機嫌が悪い少女なのだ。


「じゃあなんなのよ」

「え、あー、うーん、あははは」

「なんでわざわざ隣に来るの」


 自然な仕草で隣に座るリゲルにティアの顔がますます歪められる。

 本当に嫌なのか椅子ごと彼から距離を取った。

 そんな行動に昨夜見せてくれた笑顔は都合のいい夢かなにかだったのかと思いながらリゲルは唇を尖らせる。


「別にいいじゃん。ていうか席ここしかないし」


 ティアの向かいにはすでに老人が座っており、彼女の隣を避けようとすると老人の隣しかない。

 しかし朝食の皿はティアの席とその向かい、そして隣に置かれていた。

 つまりどうあがいても一番最後にやってきたリゲルはティアの隣に座る以外の選択肢を選べない。


 まだ文句を言いたげにティアが口を開きかけるが、老人に短く名前を呼ばれ、諦める。

 文句の代わりに鼻を鳴らすと、彼女はそっぽを向いた。

 そんな孫娘に苦笑した老人はリゲルへと水を向ける。


「そうじゃ、おぬし名前は決まったかの?」

「あ、うん! リゲル、ボクの名前はリゲルだよ」

「ほぅ、リゲルか。よい名前じゃなぁ。星と同じ名じゃ」

「星と?」


 笑みをたっぷり含んだ老人の言葉に、リゲルはティアの方を見た。

 ティアは相変わらず自分には関係ないとでもいうように余所を向いている。


 リゲルの位置からでは彼女の表情がほとんど見えなかった。どうしても彼女の顔が見たくて、リゲルは身を乗り出す。

 ティアは思い切り嫌そうに表情を歪めた。


「ちょっと、こっち見ないでよ」

「え~、ティア~」

「うん? どうしたんじゃ?」

「えへへ、この名前ね、ティアがつけてくれたんだ」

「ほぅ!」


 老人の目が丸くなった。

 それから孫娘を見やると、嬉しげに目尻を下げる。


「そうかそうか。ディアが名付けたのか」

「なに」

「いや、ディアがこやつ……リゲルに歩み寄ろうとしておるのが嬉しくてのぉ」

「ちっ、違うし! もう、さっさと朝ご飯食べるわよ!」


 照れ隠しのように怒鳴ったティアはいささか乱暴に手を合わせると、それでも律儀に「いただきます!」と言った。

 それにつられてリゲルと老人も手を合わせる。


「いただきまあす」

「いただきます」


 朝食は焼いたベーコンと目玉焼き、そしてパンケーキとサラダだった。


「そうじゃ、おぬしら今日は二人で町に行っておいで」

「えぇ、なんでこいつと二人でっ」

「そりゃお前、これから一緒に暮らすんじゃから町にも慣れてもらわんと。それに生活していくのに足りんものもあるじゃろう。自分で選んで買っておいで」


 老人に噛みつくティアだったが、あっさりと受け流される。

 ぎゅっと眉間にしわを寄せるティアとは対照的にリゲルは瞳を輝かせた。


「わぁい、ボク行ってみたい!」

「ほれ本人もこう言うておるし」

「う~……っ」


 ティアは唇を噛んで唸る。

 恨めしそうに祖父を睨み付けていたが、やがて諦めるような吐息をついた。


「分かったわよ、朝ごはん食べたらね」


 苛立ちも露に吐き捨てる彼女に、リゲルは両手を振り上げて喜ぶ。


「やった~!」


 ティアはいっそう顔を歪め、ざく、と八つ当たりぎみにベーコンを串刺しにした。

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