第2話 誰かの願いを叶えましょう
ぼろぼろと剥がれ落ちた笑顔の仮面の破片を膝の上でかき集めながら、少女は口元をひくつかせた。
なんだそれ。人間が星になんかなれるわけないだろう。本当に頭がおかしいのか。いや、絶対におかしい。
様々な言葉が言いようのない脱力感と共に彼女の頭の中をぐるぐる巡る。
しかも少女は先ほどまでと違い、その頭の中身を無理やり言葉にして外に追い出すことすらできない。
話くらいなら聞いてやる、と言った手前、一言めで怒鳴り散らすなんてできるわけがなかった。
落ち着こうと必死に深呼吸を繰り返す少女に、少年は不思議そうに首をかしげる。
どうして少女の笑顔が崩れてしまったのかまったく理解していない表情。
「どうかした?」
「……その、『星見習い』ってのはなによ」
お前のせいだ、といちいち噛みつくのも嫌で、少女は気のない口調で先を促した。小さな子どもの妄想かなにかだと思って聞くことにしよう、と内心で決める。
少年は人間の機微に疎いのか、今度も彼女の感情に気づかない。
むしろ少女が自分の話に興味を持ってくれたのだと勘違いして顔をきらめかせる。
「お星さまになるためにかみさまから試験をもらった子どものことだよ。選ばれた人しかなれないんだよ、すごいでしょ」
「あー、はいはい、すごいすごい」
得意げに胸を張る少年を適当に流して、少女は膝の上に頬杖をついた。
「で、その試験内容が誰かの願いを叶えてあげましょう、だとかそういう話?」
「そう! すごい、よく分かるね! 星見習いがお星さまになるためには期間内に誰か一人の願いを叶えなくちゃいけないんだ」
無邪気に褒めてくる少年を冷めた目で一瞥した少女は眉間にしわをよせる。
こんなことで褒められても逆にバカにされているようにしか思えなかった。
「それで、私の願いを叶えてやろうって思ったわけ?」
「別に、そこまで上から目線なわけじゃないんだけど……キミの願いを叶えてあげたいって思ったんだよ」
「なんで」
少女がぎろりと少年を睨みつけた。
くるみ色の目には敵意と猜疑心がたっぷり含まれている。もし少年が『可哀想だったから』などと口にしたら喉笛を食い千切ってやろうと彼女は決心していた。
少年はふいと目をそらす。
しかし、それは決して少女の眼光に怯んだから、というわけではないようだった。
その証拠に頬と耳の先がほんのり赤らんでいる。
奇妙な反応に、少女はますます目を細めた。
「かわいかったから」
「はぁ?」
「キミがかわいかったから、願いを叶えてあげたくなったんだ」
わーっ、恥ずかしい! と両手で顔を覆う少年。
少女はなんと言えばいいのか分からず、「はぁ……」と吐息なのか相づちなのか分からないものをこぼした。
恋する乙女のようにきゃあきゃあ恥ずかしがっている少年は、本当にそんな理由で彼女の前に現れたらしい。
ゆっくりと理解した少女の顔が歪む。嫌悪感をむき出しにした、けれどなんとなく傷ついてもいるような表情。
彼女は苦いものを強引に飲み下したような声音で吐き捨てた。
「また、そういうのか」
「え?」
「別にっ」
うまく聞き取れずに聞き返してくる少年に、少女はそっぽを向く。
膝に手をついて立ち上がると、相変わらず不機嫌そうに彼を見下ろした。
生温く、まとわりつくような風が彼女の黒髪を揺らす。
「……なんでも、叶えてくれるのね?」
「うっ、うん、そうだよ!」
ようやく願いを聞けると思った少年の表情が華やぐ。
少女は静かに髪の毛をおさえた。
ついさっきまでとは百八十度違う、物憂げな雰囲気。
視線を足下に落とした少女は、かすかにため息をついた。
「じゃあ」
話を切り出す以上の意味を持たない言葉が行き場を失って漂う。
ためらうように目を伏せる彼女の次の台詞を、少年は笑顔で待っていた。
沈黙が少しだけ続いて。
少女は改めて不機嫌を顔に貼り付け直した。
「じゃあ、死にたいわ。死なせて」
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