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見事な金髪になった俺を見て楓ちゃんは爆笑したが、遠城は意外に似合うと無表情で感想を述べた。
「……ほんまに?」
思わず聞くと、遠城は夕飯のコロッケを咀嚼しながら頷いた。
「めちゃくちゃガラは悪なったけどな。お前は元の顔が大人しそうっちゅうか、童顔寄りやからド金髪でもそのスジの人間か? まではいかへん」
「あんま怖ないかな?」
「今着とるよれよれシャツやと金ないパチンカスのフリーターに見えるな」
パチンカス以外はその通りで、目の端には笑いを堪える楓ちゃんの姿が見えた。そんなに笑うことないやん、とは思うけど言わない。楽しそうにしてくれているので充分だ。
風呂場での話は食卓に上っていない。兄のことは遠城も把握しているし、明るい話題でもないから、わざわざ口に出す必要はない。この家を出る日にちだけはそろそろ決めて二人に共有したいが、やるべきことが終えられるまでは、遠城の近くにいたい気持ちがある。そのやるべきことが問題なんだけれどもうやるしかない段階だ、そのために髪もド金髪にしたんだし。
「何一人で百面相しとんねん」
遠城にツッコまれた。そんなに変な顔をしていただろうかと自分の頬を触ってから、
「あのさ遠城、後で遠城の部屋に行ってええ?」
ふと思いついて問い掛けた。楓ちゃんはなぜか喜んだが、遠城は長い溜め息をついた。
「神近……別にそんなん、聞かんでも勝手に来いや」
「えっ、でもすぐ寝るかもしれんやん……」
「日付け変わるくらいまではいつも起きとるわ、知らんのか?」
「いや、わかっとるけど、マナーというか」
「もうええ、来るなら後でな。ちゅうか、ラブホにするか?」
ここで微妙に擦れ違っていると気付いた。楓ちゃんが喜んだ意味もわかり、しかししっぽりやるつもりではないとも言いにくく、まごまごしている間に遠城が察してくれた。
「あー、部屋でええか。楓、覗くなよ」
「覗いたことないやん!」
「一応や、一応」
遠城兄妹のやり取りを見ながら立ち上がり、三人分の空いた皿を流しに持っていった。ついでに皿洗いを始め、背中で二人の会話を聞いていたが、相変わらずぽんぽんと話題が飛ぶし妙な気負いや遠慮はない。
ちょっと自分と照らし合わせてしまう。俺と兄は少しだけ歩み寄れたが、まだこんなに軽快な会話はできない。遠城たちほどの繋がりになるには長い時間がいるだろう。そっちはそっちで、頑張りたい。
皿洗いを終えてもまだ二人は話していた。主に楓ちゃんが、学校や部活であったことや期末試験が最悪だという愚痴などを遠城に聞かせている。
邪魔をしないでおこうと、先に風呂を借りることにした。
「神近、オレの部屋で待ってろ」
遠城の言葉には了解を返した。脱衣場の洗面台に映る自分の金髪は、脱色直後よりは馴染んで見えた。
遠城の部屋に入るのは二回目だった。楓ちゃんを気にして家の中でいちゃついたりはしないからだけど、自室と工場は遠城のテリトリーという意識があって、あまり踏み荒らそうと思わないからでもある。本棚の書籍は相変わらずバイクや車関連だ。SF小説や海外のロックバンドのCDは、下段に固められている。
手持ち無沙汰だったが、机に向かうのも変で、ベッドに座った。身動ぎせずに待っていると足音が聞こえて来て、遠城が現れた。風呂上がりだった。急いで乾かしたのか、髪がまだ少し濡れていた。
慌てて立つが座っていろと言われた。同じ位置に腰を下ろすと、遠城は腕組みをしながら俺の前に立った。
「で、今度はなんの密談やねん。メンヘラ兄貴はメンクリ行き始めた言うてたやろ」
「あ、うん、兄ちゃんはとりあえず大丈夫……やねんけど」
「ほな、なんや」
また変なこと言い出したと言われないかなと思いつつ、
「遠城の私服でさ、一番ガラ悪いやつ貸してくれへん……?」
聞いてみると、案の定なんやこいつという顔をされた。遠城はその顔のまま、俺の隣に腰を下ろした。
「貸すのはええけどサイズ合うかは知らんし、なんでそんなもん要るねん」
「えーと、……今度親……母親に会うんやけど、十年以上振りやし、ナメられんようにガラ悪くしとくほうがええと思って……」
「待てや、情報量おかしいやろ」
それは確かにそうだった。
「えっと……兄ちゃんのふりして親とやり取りしたんやけど、なんとか次の休みに母親と会う予定が立ったから……家に置きっ放しの兄ちゃんの通帳持ってくるように言うて、それを穏便に渡してもらうために見た目をとりあえず強くしたいねんけど……」
と大体の概要を説明すると、大きな溜め息が返ってきた。
「オレが教えた脅し方、親に使うつもりなんか」
「あ、うん、そうやねん。遠城は俺とは付き合うとるし、兄ちゃんとちょっと話したんやから、神近家の系統がめっちゃ気弱なんわかるやろ? 脅したらいけると思うんよな……それにメンクリのことがあるから金も要るし、通帳もらうためには会うしかあらへんねん」
「……まあ、メンヘラ兄貴の通帳なんやから、それは取り上げてええやろうけど」
遠城は立ち上がり、部屋のクローゼットを開けた。ハンガーに吊るされた服は落ち着いた色ばかりでガラの悪さはあまり感じなかったが、取り出された上着を見て撤回した。背面に桜吹雪と芸者の刺繍が施された黒色のスカジャンは、明らかに近付きたくない厳つさだった。
「お前、楓に派手な柄のアロハシャツかなんか、買わされてたやろ。あれの上に着たらええわ」
頷きながら遠城の近くまで行き、差し出されたスカジャンを受け取った。羽織ってみると、遠城はふっと噴き出して笑った。
「え、似合わんかな……?」
「いや、思てたよりガラが悪なった」
「あ、ほんまに? 良かった、せやったらこれ、借りるわ」
「おー、持ってけ持ってけ」
「ありがとうな遠城、寝る前に邪魔してごめんやったで」
借りたスカジャンを抱え込み、自分の部屋に行こうとしたが肩を掴んで引き止められた。
遠城にそのまま引っ張られて、ベッドに座らされて、
「即帰るとかカスやろ」
罵倒されて顎を掴まれた。抵抗する間もなく口に噛み付かれ、ベッドに倒されたところでやっと慌てて押し戻した。
「こ、声とか、漏れるやん……?」
「お前がクソデカい声出さんかったらええだけじゃボケ」
「い、いや、それどっちかというと俺の台詞のような」
「カス親から通帳強奪し終わったら出て行くんやろ、せやったら家におる間に触っといた方がええやんけ」
驚いて覗いた目は真剣だった。家を出ても別れるわけじゃない、とは、言っても意味がなかった。就寝時にいつも近くにいるような生活ではなくなるのだから、顔を合わせる頻度は今よりもずっと少なくなる。
遠城の体に手を回して引き寄せた。そのまま強く抱き締めると、遠慮なく伸し掛かられて首筋に鼻先が掠った。長い髪が頬や口元に絡む。黒色の波の合間に過ぎった耳にキスを落とすと熱を帯びた目で見上げてきた。
本当はこの先も一緒に住んでいたいんだけど、そうすると俺は遠城にこうやって甘え続ける。そんな自分を俺はめちゃくちゃ嫌いになると思う。
遠城はそれを知っているから、止めない。
止めないけど寂しいんだってことは、充分わかっているつもりだ。
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