10
「え、遠城の好きなところ……」
遠城の目を見つめながら考える。感覚としてはいつの間にか好きだった、が近い。だから改めてどこなのか聞かれると困った。
でもじっと待っている遠城にどこかわからないとは言えないし、なんなら事後なのにそんな答えをすればカスの上塗りどころかカスの役満だと思う。
「お……怒らんといてや?」
一応そう前置きし、
「え、笑顔……が、好き……」
答えた瞬間に思いっ切り噴き出された。
「なっ、なんで笑うねん」
「いや……っふ、ははっ、なんやその、童貞みたいな答えは……、あっはっは!」
「せやけど、だって、笑ってもらうと嬉しいっちゅうか、うわー遠城ってこんな笑うんや、って思って……それからめっちゃ気になってきて、色々心配してくれて優しいし、行動力あるから頼れるし、工場ちゃんと運営しとってめっちゃ尊敬するし、あとは」
妹思いとか物をはっきり言えてすごいし俺とはほんまに住んでる世界違うし、まで言えそうだったけど掌で口を塞がれた。言葉を止めると直ぐに離してもらえたが、遠城はばつの悪そうな顔をしていて、明らかに照れているとわかった。
そういう、感情がふっと浮かぶ瞬間も好きだ。言いかけるけど堪えて、とりあえず好きだとだけ言い添えた。遠城は納得したように何度か頷いた。
「めちゃくちゃ好かれとんのは理解したわ。……まあ、ヤッとるだけでわかるけど」
「え」
「そらお前、なんぼなんでもオレに対してあんな必死な顔する奴、ただのセフレにはおらへんかったわ」
遠城は呆れたように言ってから、浴衣をばさりと羽織り直した。
「シャワー浴びて来る。お前は?」
「あ、えっと、大浴場行くん……?」
「寝惚けてんのか、前も後ろもどろどろで公共の場なんか行かれへんわボケ」
当然の返答にですよね……と同意する。遠城は立ち上がり、部屋にある小さな浴室へと歩いていった。
ちょっと悩みつつ、セックスのあとだしふらついたりしないか心配で後を追った。脱衣所を覗くと遠城はちょうど浴衣を脱ぎ落としたところで、ふとこっちを向いた。
「一緒に入るんか?」
「え、あ、そう……いうわけでも」
「もう一回したいんやったら、それでもええけど」
予想外の返しにまごついた。遠城は溜め息混じりに笑い、まあ来いや、と言いながら俺の腕を掴んで引いた。
脱衣所の壁に押し付けられ、困惑している間にキスされた。中途半端に着たままだった浴衣の隙間に手が忍び込んでくる。肋骨の並びを擽るように撫でられて、手付きの躊躇いのなさには場数が見えた。こんな部分ですら遠城は俺とまったく違う。
緩んでいた帯を解かれる。唇が離れると玉になった唾液が糸を引きながら一粒落ちた。遠城は目を細めて笑みを浮かべ、されるがまま棒立ちの俺を見下ろした。
「したいわけちゃうんか」
問われて、咄嗟に腕が伸びた。肩に引っ掛かっているだけの浴衣を脱ぎ落とし、腰を抱いて引き寄せた。遠城の太腿に当たった中心部は半分くらい固まっていた。
自分が浮かれているのがよくわかった。汚れるからと寝室に連れ戻され、抱き合った瞬間に引っくり返されて上に乗られた。ローションを足す動きがやっぱり手慣れていた。初めて及んだラブホテルでの一幕が脳裏を過って、入り込んだ直後に無意識に手を伸ばしていた。
腰を掴んで揺すると、咎めるように締め付けられた。遠城は後ろ手をついて俺を睨み、肩にかかる髪を邪魔そうに払い除けた。はからずも煽られる形になって興奮が増した。下から突き上げる動きに合わせて、長い髪が生き物のように跳ねた。
途中で膝を立て、ほぼ無理やり体を起こした。傾いだ体をなんとか両手で支えながら、体勢を入れ替えて布団の上に組み敷いた。反動で抜けたが直ぐに繋げた。びくりと震えた体の、その反応が嬉しくて奥まで、もっと深いところまでと押し付けた。
小刻みな痙攣が伝わった。遠城、と呼んだ自分の声が情けなく震えていた。遠城、遠城。縋り付きながら繰り返して、踵に背中を蹴られた途端にはっとした。でも離れようとすれば両手が巻き付いてきた。間近で覗いた顔の、息を荒げている様子に目眩を覚えて、理性の弱さを自覚した。
「んな、死にたそうな顔、すんな……」
突き付けられて視界が揺れた。あとちょっとで、泣いていた。
遠城のことが好きだって思う自分のことが俺は大嫌いなのかもしれなかった。
ぐずぐずのまま眠って、早朝にシャワーを浴びてから、遠城と二人で館内の浴場に向かった。どれがいいか聞かれたが、今日は遠城が選んでくれと言い、遠城は檜風呂へ向かった。
早朝だからか、館内の遠い位置にあるからか、人は誰もいなかった。
「人おらんと思って選んだ」
遠城は呟き、長い黒髪をぐるりとお団子にしてから浴室の扉を開けた。檜の独特な香りが湯けむりの中に充満していた。
朝食の時間を確認し合ってから、並んで湯に浸かった。遠城は視線をふっと外へ投げた。地上を見下ろせる位置の大浴場だから、俺の位置からは山や建物の頭だけが見えた。空は少し曇っていた。
「外見るの、好きなん」
昨日は答えてもらえなかった質問を投げた。遠城はこっちに視線を移し、肩まで湯に浸かりながら息を吐いた。
悩むような素振りに見えたけど、遠城は話し始めた。
「母親も父親も、行方不明でな」
漏らす程度の言葉は大きく響いた。行方不明、と間抜けなおうむ返しをした俺の声も反響した。
「そうや、おらん。……探しとるってわけちゃうけど、どの辺におるんやろな、とは思う。それで、あんま行かん土地に来たときは、なんとなく外見てまうねん」
「それ、いつから……」
「母親は俺が中学くらいの時、父親は楓が生まれた直後」
「……か、楓ちゃんいくつやっけ?」
脳内計算が合わずに聞くと、遠城はなぜか笑った。
「お前、わりと頭回るよな」
「え、いや、」
「楓はなあ、簡単に言うたら親父の後妻の子供やねん」
「えっと……遠城のお母さんがおらんようになってから、お父さんが再婚して、楓ちゃんが生まれて……で、後妻さんもおらん……よな?」
遠城は無言で肯定し、浴槽に凭れながら目を閉じた。
楓ちゃんの話しぶりや兄妹の二人暮らしという点で、ある程度複雑な家庭だろうと思ってはいたが、予想よりも入り組んでいる。部外者の俺があまり立ち入るものでもない。
そうは思うけど、天宮さんを思い出す。冬司くんが話すんやったらちゃんと聞いてあげなあかん。言われた言葉が蘇り、俺は考えるより先に口を開いていた。
「遠城は、ほんまに偉いな」
月並み過ぎる感想だったが、遠城はゆっくり目を開いた。
「……まあ、そこそこ大変やったわ。親父おらんようなって、あの工場もしばらく閉めたし。その間は職場と保育園往復して、ほぼ子持ちの動きやったわ。オレ何しとんのやろと思う日も、あるにはあった」
「いやでもお前そん時はまだ二十歳とかちゃうん。遠城は独り立ちしとったとしても楓ちゃんは赤ちゃんで、そんなん置いてどっかいくお父さん何考えてんねん」
ほとんど無意識に捲し立ててしまった。遠城が、驚いた顔で俺を見つめていた。
「ごめん、言い過ぎた」
反射で謝ると、
「謝るな言うたやんけ」
反射で怒られ、
「親父は、楓が自分の子かわからんと思てたんちゃうか」
と、続いた。
俺は思わず口を閉じたが、遠城は冷ややかな無表情だった。
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